五行推命学研究所
五行図による安田式四柱推命学(五行推命)に関する情報サイト


小室哲哉氏の命式

 ミュージシャン、作曲家、プロデュサーとして数々の ヒット曲を生み出した小室哲哉氏の命式を例題として取り上げて見ました。
 小室氏の命式を取り上げた理由は、生時が確認されていることと、生時の重要性を知る為の例としては 最適だと思われるからです。生時不明で三柱で見た場合と、生時を加えて四柱で見た場合を比較しながら、 五行推命学的観点から命理を解明して行きます。先日、披露宴が中継されましたが、KEIKOさんとの相性を 云々するのは野暮なので、今回はやめておきます。


【命式について】

★小室氏は何故、巨富を成し得たか?

 小室氏の命式を三柱で見ると図1のようになりますが、この命式は何と言うことは無い普通の人の四柱で、正財・比肩で品のよさもあり、印星の干合2つ(火△△)と日干戊申の性情から小器用なところはありますが、これだけでは決して大財を得ることの出来る命式とはなり得ません。四柱の表は比肩と正財が尅し合い、五行も3つの比肩星(土●●●)がで2つの財星(水●●)を尅し、財を生み出す食傷が1つ(金●)しかなく、比肩を抑える官星(木)が1つもないので、財を流す比肩星を抑制することが出来ません。十二運も病・絶・墓と弱く、美栄を張る割りに財を生み出す力がありません。印星の干合2つ(火△△)と日干戊申で趣味的才能は認められ、ブランド志向であったり、いいものを持ちたいというところがあります。財運も食べるのには困らない程度となり、官星が無いためにサラリーマンとしても地位名誉が上がりません。


 ところが小室氏は資料から生時は「午後5時5分」と分かっていますので、上記の三柱の生時に「辛酉傷官死」 を加えると、図2のようになります。この金(食傷)の専旺干支である「辛酉」が加わることによって、先ず、四柱の表は逆乱してはいますが、 一応、四柱の表の星が、比肩→傷官→正財と生じ合う横の並びとなり、五行図を見ても、比肩星を漏気して、財を生み出す食傷が3つ(金●●●) となり、やはり土(比肩)→金(傷官)→水(正財)と生じ合う五行の形となっています。この四柱は所謂「傷官生財格」に変身して、中国の古書 にある「金看板」を掲げることが出来る命式となります。これはかの松下幸之助と同類の四柱となります。このような「傷官生財」の形となれば、 官星は却って必要ありません。なまじ官星が強いと、傷官と尅し合ってしまい、武家の商法となってしまいます。性格的にもプライドが邪魔して、 すぐカチンときたり、商売人には不適格となりますし、トラブルが発生しやすくなります。
 また、四柱の横の並びだけでなく、縦に柱毎四柱を見ても、年柱(戊戌)・月柱(癸亥)共に天干・地支が同一五行で比和となり五行の尅があ りません、日柱は天干戊(土)を地支申(金)が金生水と生じる柱となり、更に前述のように時柱も辛酉と専旺干支となり天干・地支ともに金と なり、やはり尅がありません。このようにどの柱を見ても、上下の相尅がありません。また、4つの十二支も、多少逆乱しているようでもありま すが申(日)→酉(時)→戌(年)→亥(月)と並び連珠となっています。このように横で見ても縦で見ても尅がない四柱は、一度運気の波が押 し寄せると、その波に上手く乗ることが出来る四柱となります。
 そして、小室氏の才能は傷官の力に負う所が大きく、独特の感受性と感性の鋭さによる賜物と言えるでしょう。しかも、旺相を嫌う傷官ですが、 この時柱の傷官は十二運が死(休囚)となっていることによって、傷官独特の刑傷刑罰や事故運等の凶意が少なくなり、専旺干支であることによ って力量のある星となって、灰汁(あく)が抜かれて味を出しています。また、傷官に印星(火△△)が絡み合い、一種の「印綬傷官格」となっ てもいます。四柱の十二運が旺相していれば、実業界(外的世界)で活躍できますが、十二運が死病絶墓と休囚していますので、どちらかという と内面的世界、即ち学問芸能の世界でこそ、彼の才能と運気を発揮することが出来るのです。
 ただ、難点と言えば、比肩と傷官が強く、このような五行の配当となっている四柱の人は、才能で人を惹きつけることができるカリスマ性は持 ち得ても、品が良くスマートでサッパリしたところがあり、時として周囲に冷たさを感じさせる言葉の響きがあるので、人を惹きつけるような人 間的魅力と温かみには欠けてしまう点が難点と言えるでしょうか…。(その点も本人の心がけと、苦労を肥しにする努力次第でしょうが)
 このような命理によって、@抜群の才能、A傷官が財を生じる作用、B相尅が少なく相生が多い四柱命理組織によって、小室氏は巨財を築ける 命理の持ち主となっています。(その上に本人の努力があったことは勿論です。)  
 上記の論より、如何に生時が大切かが分かります。同じ日に生れても、生時の違いによって、一方は乞食、一方は社長ということもあり得るの です。このように小室氏の命式にとって、食傷と財星が最も良い星であり、印星がこれに次ぎます。問題となるのは才能と成財の元である「傷官」 を傷つける官殺です。「傷官十干記」(傷官十式)の原則から見ても、日干土(戊己)の傷官(辛庚)は「官去って吉」という原則がありますので、五行にも食傷が3つ(金●●●)ある命式にとって、官星が出現すると傷官と尅し合い凶作用を起こしてしまいます。これらが、小室氏の命理のポイントとなります。
 この命理の原則から小室氏の大運を見ると、29歳(1989年)〜44歳(2001年)までが運気(特に財運)のピークと言えます。(流年まで考慮するとピークは1997年迄でしょう。) 45歳(2002年)から大運が偏官に変わりますので運気に翳りが出てきます。実際、2002年7月、前年に香港で設立した会社の株が暴落し、69億円の損失を蒙ったことが報道されています。
 今年(2002年)の流年・壬午は妻を意味する財星ですから、妻を娶るには決して悪い時期ではありません。逆に、運気に翳りが出てきたからこそ、良きパートナーが必要かも知れませんが…。但し、偏財が帝旺羊刃となっていますので、財が羊刃によって尅され、財の損失がありますし、帝旺の勢いで地味婚流行の時流に逆行するような派手な披露宴を企画するに至ったものと、(命理的には)考えられます。