2.幻のコクレン、横利根のラッキ−

   1988年8月13日の未明、水郷大橋の袂で、私は、茫然と利根川の濁流を眺めていた。そこには、今年の異状冷夏を象徴する光景があった。例年なら、日照り続きで、利根川の水は動かず、悠々と佇んでいるはずであった。

 ところが、目の前の川の流れは、河川敷きぎりぎりまで増水し、矢のように速く流れ、巨大な流木がゴウゴウと音を立てて、次から次へと流れていく。

試しに水温を測ると、僅か22度しか無い。例年なら30度を超えて、湯のように暖かいのに、今年は思わず身震いするほど冷たい。 ここ数年来、盆休みの利根川釣行は、私の年中行事として定着してきた。岐阜の片田舎に住む私にとって、遥かなる大魚達は、大いなる夢であった。そして、利根川は、いつもそのたびに期待に答えてくれた。

 しかし、今回は………?

今回の私のタ−ゲットは、最近、その巨体で良く知られるようになった青魚である。

 今年は既に、150cmを超える超大物が、何本もこの一帯で上がっている。

 しかし、草魚.レンギョと違って、絶対数も少なく、専門の釣技も確立されているわけではないから、鯉釣りの方法であわよくば、(いや青魚だから「青欲張り」と我々の間では呼んでいる)という作戦である。

 今村、川尻、新八間、八間、神崎、六角、向州、今回の釣行に際して、これだけのポイントを候補地として挙げて来た。いずれも、青魚の実績のあるポイントである。

 しかし、この濁流では、とても本流では竿を出すところか、身体の安全さえも危ぶまれる。結局、3年前、草針で草魚を大釣りした横利根吐き出しへ入ることにした。

 さすがに、こちらも1m程は増水しているが、流れはなく、流木も無い。水温を測ると、25度と本流より3度も高い。

 これなら安心して竿は振れるし、おそらく魚の群れも、本流から避難して、多く入ってきているはずである。

 水の浸かったアシの際を見ると、少し先端をかじった跡も見え、何やら大物の群れも確認できた。草魚か?鯉か?

 そこで、早速、草針とネリエサを半々でセットして、岸際の駈け上がりを狙って、順番に打ち込んだ。

 アタリは、以外に早く来た。ネリエサを付けた、一番上流の竿の鈴が、かすかに鳴ったかと思うと、激しく絞り込まれて、リ−ルのクリックが悲鳴をあげだした。

 真正直な、重々しい引きを、最後まで見せて抵抗したのは、73cmと最初の獲物にしては充分なサイズの野鯉であった。

 しかし、この後は、2日間で50〜60cmのサイズの鯉が5匹来ただけで、青魚はおろか、草魚のアタリさえも無かった。

 そこで、15日は朝食もそこそこに、レンギョ釣りの支度をして、横利根の中へ向かった。国道の交差点迄行くと、2叟の舟が並んで、リ−ル竿を振っているのが目に付いた。 約束通り、栃木の佐藤氏が中高生3人を伴って、誘導ウキでレンギョを狙っていた。

 声を掛けると、既に90cmの大型が1匹釣れているとのこと。そこで、私も早速中島屋で舟を借りて、佐藤氏の上流30m程の所に舟を付けた。

 このポイントは、以前ポプラ前と呼ばれていたところで、中島屋からベロ迄の約中間に位置し、大きくカ−ブしているところである。水深は、岸から5m程は浅いカケアガリとなり、その先が急に落ち込んで、沖合は6〜7mある。対岸までの距離は、50m程と比較的狭く、ヘラ鮒釣りの舟が多い。

 さて、誘導ウキを使用したレンギョ釣りの方法に就いては、本誌でも度々紹介されているから、敢えて説明するまでも無いであろうから、私の仕掛けだけを紹介すると、竿は5.25mの軽量振り出し石鯛竿に、中型両軸受けリ−ル。道糸はテトロン編み糸40ポンド100m、先糸ナイロン10号60cm、錘は中通しナツメ型3号、ハリスはケブラ−10号移動式2本針、針はソイ19号。そして、佐藤氏より拝借した手製の誘導ウキ。

 さて、8時頃より、ピンポン玉大のマッシュポテトの餌を付けて、1.2mのタナで寄せ打ちを始めると、15分もしない内に、もうアタリが出始めた。何回か空アワセが続いたあと、フワフワという前触れのあとのツンをアワセルと、待望のガツンというショックが伝わってきた。そして、それに続く下へ下へと引き込む、レンギョ特有の重い引きが、連続して締め込んで来る。 

 やはり、レンギョの手応えは、鯉や草魚と較べると、一段と重くて強いようである。充分、強烈な手応えを楽しんだあと、手カギで取り込んだ型は、85cmの良型のハクレン。 しかし、ここの舟は竹棹2本を、水底に差し込んで固定する方法なのだが、これが中々難しく、レンギョの強い引きで棹が抜けてしまい、舟を固定するのに、又かなり水を掻き回してしまった。

 それなのに15分もすると、又アタリ。しかし、少々強引すぎて、竹棹に絡まれてバラシ。

 その後暫くアタリが無く、やはりバラシがまずかったかと悔やみながら、エサを打ち続けていたが、中々はっきりとしたアタリが出ない。

 そこで、マッシュポテトを少し固く作り直し、大きめに針に付けて打ち込むと、レンギョ特有のダイナミックな前触れが出だした。 数回、空アワセの後、ボディ迄持ち上げるような、ダイナミックな前触れのあとの、ツンのアタリをアワセルと、ズシッとした重量感に続いて、重々しく柔らかい手応えが響いてきた。先程強引に引き合って失敗しているので、今回は慎重に竿を操作して、少し沖で引き合うようにしたところ、だんだん、だんだんと引きが強くなる。5分も立つと、腹に当てた竿尻の所が痛くなり、イスの代わりにしているク−ラ−に竿尻を当てて、両手で竿を立てているのがやっとである。

 始めのうちは、余りたいした奴ではないなと思っていたのが、だんだん大型への期待に替わってくる。強烈な重い手応えは、10分立っても変わらず、右へ左へと位置は換えるが、中々姿を現さない。

 そこで、もうそろそろ限界だと思い、腕に力を入れて、精一杯リ−ルを巻き上げると、大きな黒い魚体と、巨大な口を開けた頭が、水面に現れた。

 「でかい! 1mは楽にあるぞ! 記録更新か!」

 期待に胸が高鳴る。しびれる腕を堪えながら、激闘15分、ようやく手カギで取り込んだ獲物は、ずしりと重く、今まで最大の獲物である。

 しかし、今まで釣り上げたハクレンに較べて、体色が黒く、頭部が大きく、口も馬鹿でかい。

 「もしや、コクレンでは……?!!」

という思いが、頭をかすめる。

 しかし、「まさか……?」という気持ちが先に立ち、そのままロ−プをエラに通して舟に繋ぐ。

 昼食のあと、佐藤氏に見せると、

『高橋さん、これはコクレンですよ。見てください、このでかい頭と口を。それに、黒い斑紋があるでしょう。これは、間違い無く純粋のコクレンですよ。』と、太鼓判を押してくれる。 

 何と、やはり、まさかのコクレンだったのか!! 

 利根川に来て今日で三日目、青魚はおろか草魚のアタリすら無く、鯉の型もじり貧になって、数時間前までしょぼくれていたのが嘘のようである。

 この後、90cmと95cmのハクレンの手応えも味わって、充分に満足。

 中島屋で検量の結果、コクレンは全長108cm、体重16.2kgの大型。

 本流での青欲張り作戦は、今回も失敗に終わったが、思いもかけぬ幻のコクレンに出会えるとは、何という幸運!何という幸せ!

 やはり、利根川は夢の釣り場であった。

尚、今回の釣行にあたり、いつも変わらぬ友情と、暖かいお世話を戴いた、淡水大魚研の佐藤氏、佐原野鯉会の佐々木氏、坂本氏、そして漁師の柳田氏には、この場をを御借りして感謝の意を表したい。