4.初めての利根川 1981.8.14〜16

 今年の野鯉の成果は、鯉釣りを始めて最低で、5月に横山ダムで釣り上げた65cmが最大と、ひどいスランプです。この調子では、メーターオーバーは夢のまた夢です。

そこで、永年の夢であった利根川ヘ思いきって出発する事にましした。小西氏の近著では、始めてレンギョ釣りをした小学生の子供でも、レンギョの大物を十数匹釣り上げた記事が紹介されています。利根川では、他に草魚や青魚の超大型の記事も雑誌で良く見かけるようになりました。青魚や草魚は無理としても、レンギョなら1匹位、何とかなるかもしれない。そんな思いで決めたのです。

予定は、盆休みを中心とした数日間としました。その間、テントを張って野宿をしながら釣るのです。

あらかじめ、おんぽろジムニーに荷物を積んでおき、仕事を終えて夕食を取ると、矢も楯も堪らず自宅を出発しました。とにかく、連休の渋滞を避けなければならない。何とか東京を夜が明ける前に通過したいと思い、こんなに早く出かけたのです。

利根川までの道は、渋滞も無く、思ったより空いていて、佐原の水郷大橋の袂に到着したのは、早朝の5時頃でした。とりあえず、本で紹介されている水郷大橋付近のポイントを見て周り、最後に一番下流の草林に落ち付きました。草林のポイントは上流に乱杭が並び、下流には長大なテトラが延々と続き、多数のヘラ鮒狙いの釣人が並んでいました。暫く様子を見ていると、一人の釣人の竿が大きく曲がり、相当な大物が掛かっているように見えました。そこで、応援しようと近付いて行くと、水面に銀色の巨体がしぶきを上げたのです。レンギョです。ところが、釣人は竿を私のほうに寝かせて、予想もしない事を頼んだのです。

『兄ちゃん、一寸道糸を持ってくれんか。』

初め、私にはそれが何の事か理解できず、佇んでいますと、

 『レンコウや!竿が傷むから、早くハリスを切ってくれ!』

と、釣人は叫びました。

 利根川では、レンギョは招かれざる外道だったのです。しかし私には、逆にこの事は、レンギョがそれ程沢山棲息している事の証明に感じられて、意を強くしました。

 そこで、その釣人の上手で竿を出す事にして、仕掛けを取り出すと、又その釣人が言いました。

 『兄ちゃんは、そんなリールで何を釣るつもりかい?』

 『レンギョを釣りに来たのですが…』と、答えると、

『レンコウなんか寄せられたら、ヘラが逃げる。向こうへ行ってやってくれ。』

と、険もほろほろに追い払われました。

 そこで、止む無く100m程上流の乱杭の間に移動し、ようやく落ちついたのです。

とりあえず、ぶっ込み仕掛けを3セット用意し、寄せ打ちを繰り返すと、テントを張って仮眠を取る事にしました。午後3時頃、暑さで目が覚め、遊動ウキでレンギョを狙う事にしましたが、ジャミアタリ一つ出ずにその日は暮れました。

 翌朝もレンギョを狙ってウキ釣りを行い、水深3m程の底を少し切ったタナを狙って、10数回寄せ打ちを繰り返すと、ようやくアタリが出ました。ピクピクという前触れの後、ツンというアタリが出るのですが、何回アワセをしても、針にのりません。1時間程して、ググーと入る大きなアタリを合わせるとようやく、30cm程の小型の鯉が掛かりました。利根川の初釣果です。

 それから1時間、同じような大きなアタリを合わせると、今度は重い手応えが返って来ました。暫くその場でモゾモゾしていたのですが、その後グーと沖へ走ろうとする。ドラッグを緩めて慎重に遣り取りを繰り返し弱るのを待つ事、約10分、水面に顔を見せたのは待望のレンギョでした。

 『でかい!70cmは、あるぞ!』

初めてのレンギョに、思わず声が出る。

 それにしても、初めて見るレンギョは、異様な面構えに見えました。大きな頭に大きな口。そして、下の方に付いた目。慎重に自作のギャフを口の中に指し込むと、一気に引き抜き、逃げられないように堤防の中段まで運び上げました。初めて釣り上げたレンギョのサイズは、82cm、4.8kg。産卵直後のためか、ほっそりと痩せていました。しかし、待望の1匹です。夢にまで見た、利根川の大物です。そして、私の最大記録の更新でした。飽く事無く、暫くはレンギョに見とれていました。

 三日目は、未明に目が覚め、角イモを付けたぶっ込みの竿を見ますと、竿尻を流木で抑えておいた筈なのに、1本無くなっているのです。辺りを見まわすと、Y字型の竿掛けにリールが引掛かり、竿先が水面に突き刺さっているのが見えました。竿を手に取りますと、乱杭に糸が絡んでいるようですが、何か重い手応えが伝わってきました。

 『まだ、付いている! 大物だ! 草魚か! 鯉か!』

期待で胸が打ち震えるのを感じ、竿を立てジワジワト獲物が寄るのを待っていますと、徐々にではあるが杭から魚が出てくるのを感じました。

 5分ほどすると、重々しく伝わっていた手応えが、いきなりグイグイと沖へ走り出しました。

 『やった! 抜けたぞ!』

ドラッグを緩めると、魚を走らせて乱杭から離して持ちこたえます。2、3度遣り取りを繰り返すと、獲物は遂に水面にその背鰭を現しました。夜明けの薄明に浮かび上がったその姿は、いかにも浮上した潜水艦のように大きく見えました。

 『でかいぞ!草魚かな?』

はやる心を何とか抑えて、慎重に慎重に寄せに掛かる事にしました。しかし、20分程して足下に浮かび上がった姿は、三尺のレンギョであったのです。しかも、その口には、何と、大きなラセン付きの吸い込み仕掛けが大オモリと一緒に付いていたのでした。

 私の仕掛けは、Y字型ハリスにイモの角切りです。レンギョが食い付く筈が無いのでした。どうやら、誰かの仕掛けを引き千切って逃げている内に、運悪く私の仕掛けに掛かったようです。とんだハプニングでした。

 このあと、ウキ釣りで、70cm台のレンギョを1匹追加。初めての利根川釣行は、レンギョ3匹に小型の鯉数匹と、当時の私には大釣果。意気揚揚と、帰途に就いたのです。

 そして、これがきっかけで、淡水大魚研究会に入会することになるのですが、それからは、それまでのスランプが信じられない程の幸運の連続で、忘れられない思い出が山ほど貯まったのです。