地震の前触れ?雪の長良川で初鯉1b1a
そのドラマは雪から始まった。
1月15日、成人の日の朝、私は凍りそうな車内でいつもより遅い目覚めを迎えた。外はやはり一面の銀世界であった。
14日夕方前より降り始めた雪は、夜の間沈黙を保っていたが、夜明けと共に降り始めたのであろう、長良川の対岸の柳の列は、まるで満開の桜のように白く煙って見えた。
私はまずガスコンロに火を入れて湯を沸かすと、ゆっくりと熱いコ−ヒ−を喉に流し込み、おもむろに車外に出た。
昨日の昼下がりから出している竿にはまだ一度のアタリも無く、それを証明するかのように、竿はびっしりと雪で覆われ白く輝いていた。
水面を見ると、満潮から既に30a程下げており、流木が勢いよく下流へ流れて行く。このポイントは、長良川の河口より15 程上流に当たり、干満の差が大潮時で1.5bもある汽水域である。
昨年、問題となっている河口堰が完成して、既に湛水実験が数回行われ、12月に様子を見たときには、堰が閉められて水の動きは無く、釣友の竿にアタリは無いという返事であった。
ところが、湛水実験は年末までには終了し、長良川は正月前よりいつもの状態に戻っていた。
年末にこのポイントを通りかかった所、大きなモジリと泡付けに出会い、1月8日に下見がてら竿を出し、ポイントの地形を把握。そして、今回の連休が2回目の挑戦であった。 ポイントへは、14日の午後に到着。用水の吐き出しの上手から、吐き出しの前を狙って竿を出す。
干潮のそこりからまだ程無いようで、足元のテトラがまだ水面に少し頭を覗かせ、上げ潮になってゆっくり逆流している。時折コイらしきモジリが川面に波紋を広げ、水位が上がるにつれて吐き出しに近寄ってくる。
今回の私のエサと仕掛けは、上にコマセ団子を付け、下に食わせの干しイモを付けた、いつもの移動式Y字型ハリスであるが、針を少し小さくしている。真冬で活性が低下していると見て、いつものソイ針19号から16号へと小さくし、ハリスもケプラ−ト10号から6号へと細くしている。
しかし、それなのに一向にアタリは出ない。夕方が近づくと、予想に反して雪となり、吹雪となった。夜になり、雪は止んだが、下げ潮に変わっても穂先は微動だにしない。やはり、急激な冷え込みで食い渋っているのか、それともまだあまり釣り人が入っていないためにエサ慣れしていないのか、いろいろな疑問が頭をよぎる。
そして、アタリの無いまま遅い朝を迎えたのである。8時にエサ交換して暫くすると、吐き出しの水門が開いて、湯気を上げた水が勢いよく本流に向け流れ始めた。
積雪は既に10aに達し、なお激しく降り続いている。やはり、雪のせいでアタリが無いのか?一瞬、不安が頭をよぎる。
『いや、そんな筈は無い。今まで、雪の降る日は、結構よい思い出が多い。快晴無風の天気より雪の日のほうが大物がよく釣れたじゃないか。』と、思い直す。
11時頃、少し雪が小降りになった時を見計らい、気晴らしに辺りを散策する。車内に戻る前に穂先を見ると、一番下流の穂先が他に較べて少し曲がっている。ゴミかそれとも流れのせいかと思いながらも、車内に入っても気に掛かり、暫く見ているとそのうちピクピクというジャミアタリのような前触れが出始めた。それが暫く続いた後、ゆっくり穂先が締め込まれ、逆転するリ−ルのクリック音が連続して聞こえて来た。
『ヨシッ、来た!』
上着を取ると勢いよく車を飛び出し、雪で滑らないように斜面を慎重に降りて、20b程離れた竿のそばまで行くと、まだクリックがゆっくりと鳴り響いている。
アワセ切れをしないように、軽くアワセをくれる。
『ズシッ!』
心地よい重みが、両腕にのしかかる。獲物は、既に下流のテトラに沿って50b以上糸を引き出していた。このまま下手に寄せると、テトラに潜られる恐れがある。少し様子を見るつもりで、ゆっくりリ−ルを巻き始めると、いきなり手応えが軽くなった。
『バレタカ!』と、一瞬ヒヤリとさせられたが、糸を巻くと獲物が勢いよくテトラに沿って上流へ走っているのである。
『もしかして、小型か?それともニゴイか?』と、不安がよぎったが、それは途中から大型への期待へと変化した。
どんどん上流へ走る獲物は、吐き出しの正面を越えてさらに上流へ走るにつれて、それまでの巻き取るだけの手応えから、糸を送り出す手応えへと一変したのである。
獲物は、テトラに沿って20b程上った所で反転して向きを変えた。その瞬間、赤っぽい魚体が水面に巨大な渦を描いた。
『デカイ!90aはあるぞ。』
そう思うと、竿を操作する手が急に慎重になる。いつもより、仕掛けを細く小さくしてあるのを思い出したのである。針掛かりが心配であった。この時期の活性は低く、平均に掛かりの浅い事が多い。魚がこちらを向いて首を振ったとたん外れた事が、今までに何度もある。
『とにかく、慎重に寄せることだ。』と、自らに言い聞かせ、ドラッグを緩めて沖へ走らせる。
さすがに大型である。この真冬だというのに、何回やり取りを繰り返しただろう。最後まで白い腹を見せる事無く、粘り強く重い手応えを返してくる。獲物が巨大な口を突き出して水面に浮いた時を見計らい、掛かりの無い水路の中に引き込んで、針掛かりを確かめる。針は、ガッチリと下唇の横の厚い肉に埋まっていた。それでも、数回息を吸わせて身動きしなくなった所で、タモを取りにバックする。とにかく、焦りは禁物である。獲物が十分に弱って動かないのを確認して、そっとタモに導くと、おとなしくタモに収まった。竿を放り出し、両手でワクを持って持ち上げようとすると非常に重い。引きずるようにして、安全な陸の上まで運び、雪の上に横たえると予想以上に大きい。
『ひょっとすると……?』
心に期待感がみなぎってくる。車内から、仕入れて間も無い1.5bのスケ−ルを持ち出して、慎重にあてがうと、1bを越えている。(正確には1b1a、17.2 であった)
『ヤッタ−!まさか、今年の初物がメ−タ−オ−バ−とは!』
2週間程前に、当会の山田会員がやはり初物で1b5aという超大物を上げているが、まさか私にも来るとは、予想もしなかった事である。
さて、前回1bを上げてから、記録を1a更新するのに、5年の歳月が掛かった事になる。次に記録を更新するのは、何年先になるのであろうか。
それにしても、濃尾地方では今年一番の大雪となったこの日、私にも一番の大鯉が釣れたというのは、不思議な巡り合わせと言えるだろう。
『大物は荒れた時に来る。』という言葉が証明された一発であった。
なお、この2日後の未明、あの未曾有の大災害となった阪神台震災が起きました。
5千人を超えた犠牲者の方には、心からご冥福をお祈り申し上げます。
合掌…