生物を保護する法律・条約

この文章は北大自然保護研究会の例会の、第一回冬の勉強会として発表されたものです

 生物は今最大の危機を迎えている。例えば、種の絶滅速度は、1600〜1900年では0.25種/年であったが、1900〜1960年では1種/年、1960〜1975年では1000種/年となっており、これは予想だが1975〜2000年では40000種/年になるとされている。このような急速な大量絶滅を防ぐ上で、法律・条約の存在を欠かす事はできない。そこでこれkら6回(予定)に分けて生物を保護する法律・条約について論じ、ともに学びたいと思う。

 第一回の今回は、生物を保護する法律・条約にどういったものがあるかを挙げ、それらの概要を説明する。2回目からは個別の法に関して本格的な内容について説明する。

国内の生物を保護する条約

種の保存法 自然公園法 自然環境保全法
鳥獣保護法 文化財保護法 森林法

日本が各国と結んでいる、生物を守るための条約

ワシントン条約 ラムサール条約
世界遺産条約 渡り鳥条約

種の保存法

目的:絶滅しそうな野生動植物を保護する事でよい自然環境を維持する。そしてその自然を国民の生活に役立てる。
主な内容:生物多様性の危機を受けて採択された生物多様性条約を批准した事で成立した法律で、希少種の保護がメイン。絶滅の危機に瀕する動植物を保護するため、「国内希少野生動植物種」「国際希少野生動植物種」「特別国内希少野生動植物種」を定め、その種に対し様々な面から規制をかけ、種の保護に努める。詳しくは再来週

自然公園法

目的:優れた自然の風景地を保全するとともに、その自然の利用を進めて、国民の利益とする。
主な内容:ある一定面積の自然を保護するが、その対象となる自然は優れた景勝地。生態や学術性はあまり重視されない。その自然の保全と適正な利用を図るために、国(環境庁長官)が国立公園」「国定公園」、都道府県(知事)が「都道府県立自然公園」を定めることができる。詳しくは、国立公園の回で。

自然環境保全法

目的:特に保全を必要とする自然環境を保全する事で、現在と将来の国民がその優れた自然を享受できるようにする。
主な内容:自然環境の保全を前面に打ち出している法律。国、地方自治体に自然環境の保全を図る上で果たす役割を明示。また、特に重要な自然環境は国が定めるものとしては「原生自然環境保全地域」「自然環境保全地域」、都道府県が定めるものとしては「都道府県自然環境保全地域」を指定し、保護をする。特に原生自然環境保全地域では厳重な保護がなされる。詳しくは来週

鳥獣保護法

目的:適正な狩猟、有害獣の駆除を行わせる事で生活環境の改善や農林水産業の振興を図る。
主な内容:生物の保護というよりは、狩猟をどう継続的に進めていくかということがメイン。狩猟全般に関する規則を明記。生物の保護という点では、

文化財保護法(天然記念物)

天然記念物についてのみここでは論じる。文化財保護法そのものには触れない。またここで扱う天然記念物は国が指定するものに関してである。都道府県などが定める天然記念物は都道府県に問い合わせられたい。

主な内容:文化財保護法では、文化財を「有形文化財」「無形文化財」「民族文化財」「記念物」及び「伝統建造物群」と定義し、これらの文化財のうち、重要なものを重要文化財、史跡名勝天然記念物として国が指定し、重点的な保護の対象としている。一般にここで論じようとする「天然記念物」は、上記の「記念物」に含まれ、それは以下の3つに分けられる。

それぞれには、その中でも特に重要なものに関して「特別」をつけられたものがある。天然記念物はこの中の3番目にあたる。その内訳は、下の図のようになっている。()はそれぞれの天然記念物のうちの特別天然記念物数である。

分類 件数
動物 191(21)
植物 534(30)
地質・鉱物 211(20)
天然保護区域 23(4)
合計 959(75)

これらの天然記念物は、文化庁長官が所有者に対しその変更・改変・輸出などを制限し、また管理上の助言、修理などのための国庫補助を与えることで保護されている。ただし指定にあたっては、やはり文化財保護法であるから、純粋な学術性の高さのみでは指定されない。かなりの社会的関心の高さが必要とされている。それが、北海道で言うとナキウサギなどの学術上は希少な動物などがいまだに指定されない理由だろう。

特別天然記念物の例:タンチョウ・マリも・屋久島スギ原生林
天然記念物の例:エゾシマフクロウ・クマゲラ

森林法(保安林)

ここでは保安林制度についてのみ述べる。森林法そのものには触れない。

主な内容:森林法において、農林水産大臣が、水源涵養・災害の防備・生活環境の保全等の公益的目的を達成するために必要があると感じるときは森林を保安林として指定する。保安林では、木や竹の伐採・損傷、家畜を保安林内に放す事、落ち葉などを取る事、その他土地の形を変えてしまう行為が知事の許可無しでは行えなくなる。ただし、これらの許可は特に木材生産のための伐採のためには安易に許可が下りるため、あまり自然の保全に役立つとはいえない。

ワシントン条約

目的:過度の生物の商取引を規制し、生物の保護に努める。
主な内容:正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」という。絶滅の危機に瀕する動植物をリストアップし、さらに危機の度合いに応じて附属書T、附属書U、附属書Vにランク分けする。それぞれのランクにおける規制は以下のとおり。

附属書T:生物やその体の一部、その加工品などの輸出入に関しては、商業目的の場合許可されない。それ以外の目的の場合、輸出する場合輸出許可書が(ただし輸出許可書を得るには輸入国の輸入許可書をもらっていることが絶対条件)、輸入する場合は輸出許可書と輸入許可書が必要。許可書の発行に際しては、その輸出入がその生物種の存在を脅かさない事、その生物の入手経路が適切である事(野生のものを捕獲・採取したものは不可)、またその生物が生きている場合輸送の安全性・輸入後の飼育、管理設備が整っている事などが条件となる。 指定種例):アジアアロワナ・ライオンタマリン・ゾウ・ゴリラ・ジャイアントパンダ・トラ・タイマイなど

附属書U:商業目的の輸出入でも許可は降りる。輸出入には輸出許可証(この場合輸入許可書は必要ない)のみがあればよい。許可書を得るための条件は附属書Tとほぼ同じ。 指定種例)ワニ・ホッキョクグマ・コビトカバ・カメレオン・コハクチョウ・ラン・サボテン・サンゴなど

附属書V:商業目的の輸出入可。輸出入に関しては輸出許可証のみが必要。許可書を得るための条件は、附属書Tの条件のうち、その輸出入がその生物種の存在を脅かさない事、が抜けたもの。 指定種例)セイウチ(カナダ)・アジアスイギュウ(ネパール)・カバ(ガーナ)・コアリクイ(グァテマラ)など。

附属書TとUの改正は条約参加国の多数決で、附属書Vの改正は各国ごとに行う(種名の後ろに国名が入っているのはそのため)。ワシントン条約の問題は、条約参加国に留保が認められている点である。例えば附属書Tのある種に関して留保をすると、その種の輸出入に関しては、附属書Tの規制を受けずにすむ。そしてこの留保には、何ら制限がない。例えば日本は捕鯨の再開を強く望む国の一つであるが、日本が現在保留している種は6種あり、すべてクジラ(マッコウクジラ・イワシクジラ・ナガスクジラ・ミンククジラ・ツチクジラ・ニタリクジラ)である。指定された種の拘束力はかなり高いが、留保という逃げ道が用意されている点が問題である。

ラムサール条約

目的:湿原は様々な面から貴重な存在であり、この破壊は非常に問題であるから、特に水鳥の生息地としての湿原を保全する。
主な内容:正式名称は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」という。条約参加国がこの条約に基づき保全されるべき湿原を提出し、これが条約国会議で認められればその湿原は登録される。登録された湿原に関しては保全のための様々な調査や助言が国際的に与えられる。また登録されていない湿原でも、きちんと管理・保全する義務を条約国に課す。ただしこの条約自体は具体的な保全対策などは示しておらず、どちらかというと湿原を保全するという理念を世界的に宣言した事に意味がある。つまり具体的な保全対策は各国に任されるということである。

登録地例:ウトナイ湖(北海道)

世界遺産条約(自然遺産)

目的:文化遺産や自然遺産の破壊は、世界のすべての国民の遺産の破壊であるから、これを防ぐため、経済的・学術的・技術的にその遺産を有する国を支援する
主な内容:世界遺産を「文化遺産」と「自然遺産」に分けている。「自然遺産」は

  1. 特徴的なもので観賞上や学術的に非常に価値のある自然
  2. 地質学や地形学上特殊な自然や、絶滅の危機に瀕している動植物の生息地で学術上または保存する事に非常に価値のある自然
  3. 風景地で区域が明確に定められているもので学術上や保存上、または景観上で非常に価値のある自然

としている。そして各国が自国に存在する自然遺産を挙げて世界自然遺産委員会に提出し、委員会の定める基準に適合すれば「世界遺産一覧表」に記載される。一般に言われる世界遺産、とはこの一覧表に載っているものを指す。この条約の批准国は、国内に自然遺産の保全・維持のための機関の設置・政策の実施などが義務付けられる。またこの一覧表、またはそれに準ずる自然遺産は必要であるときは国際的援助を受けることができる。ただしこの条約もラムサール条約同様、世界遺産を保全するという宣言をした意味の方が大きい。

日本の自然遺産例:白神山地・屋久島

渡り鳥条約
(日本と対アメリカ、オーストラリア、中国、ロシア)

目的:絶滅のおそれのある鳥類、またはその2国間を渡る鳥に関する情報交換を行い、鳥類の保全を図る
主な内容:これまでの条約と異なり、基本的に2国間でのみ有効な条約である。対アメリカ・オーストラリア・ロシアの内容はほとんど同じである。内容は、

対象となる鳥類数は対アメリカが190種、対ロシアが287種、対オーストラリアが76種である。

なお中国に関しては上記の内容から絶滅のおそれのある鳥類、を抜いたものである。対象となる鳥類数は227種である。

発表者より補足〜ワシントン条約の附属書Uのランについて〜

北海道以外の人は知らないかもしれないので、これに関するニュースをここで一応触れておく。

最近、北海道の研究機関「北海道環境科学研究センター」の男性職員が、このワシントン条約の附属書Uに記載されているランを個人輸入し、販売していたことが発覚した。上記のとおり附属書Uの場合はきちんとした手続きを踏めば商業目的の輸出入も可能である。当初この男性職員は、きちんとした手続きにのっとって輸入したと話していたが、後にこの男性職員が販売のために書いたとされる売込み文書の中に、「野生のものを山採りしてきたものです」という一文があったことが発覚した。これは許可書を得るための条件、その生物種の入手経路が適切である事、に違反する日本人は外国人よりもこのような園芸栽培において、野生種を好む傾向があるとされており、これはその性質をついてより売り込もうとするためのものであったと思われる。なお当男性職員はこの文書は自分で書いたものではないとしたが、この文書の発見の翌日自殺しており真偽の程は定かではない。

 というような事があった。これがもし真実であるとすれば、極めて残念な事である。と同時に、法律・条約の有効性の限界を感じる。今まで好きなように自然を扱ってきた我々人類であるが、これからはこのような考えであってはならない。法律・条約などは必要であるが、それ以上にいまだにこのような自然を扱う人間に対し、我々も何か行動をしなければならないように思う。

発表後の討論

Q.ラムサール条約の、ラムサールって何?

A.地名

Q.危機を知らせる、または有名にする事は保護につながるのか?

A.難しいところ。答えはないとしか言いようがない。例えばある高山植物種が園芸栽培の目的で盗掘を受けつづけ、絶滅の危機に瀕しているとしよう。この種は山草マニアの間ではかなり有名なものであるが、一般にはあまり知られていないとする。すると、この種をそのまま放置しておけば山草家の盗掘により絶滅してしまうかもしれない。そこで何らかの方法で世間一般にこの種の存在と危機的状況を知らせるとしよう。すると社会的関心が高まり、保護の動きが起きるかもしれない。それはいい事だが、一方で、その種の存在を知って、ぜひ自分でも欲しい!と思うような人が現れるかもしれない。また、絶滅する前に取りはしなくても見てみたいと思う人は急増するだろう。そのように人が急増する事で生育環境が悪化し、一気に絶滅へと追いやられる可能性もある。その状況状況に応じて、当事者が考えていかなくてはならない。

参考資料

生物多様性センター展示
生物多様性センターのホームページ(http://www.biodic.go.jp)
環境庁のホームページ(http://www.eic.or.jp/eanet/)
文化庁のホームページ(http://www.bunka.go.jp)
通産省のホームページ(http://www.mofa.go.jp)
林野庁のホームページ(http://www.rinya.maff.go.jp)
大雪山国立公園生態観察ガイドブック〜自然への扉〜(1996) 北大自然保護研究会
絶滅のおそれのある野生動植物種の国内取引管理(1995) 環境庁野生生物保護行政研究会

文 H.I

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