(おやぁ……?)
偉王のクラスメイト達の視線は、その瞬間、教室の入り口近辺に集中した。
教室のドアがゆっくり開いて、さっき飛び出していった筈の偉王が戻ってきた。
彼は、な・ぜ・か、その腕に「ジョシコウセー」なるものを抱きかかえている。
それだけでもアレなのに。
なんと!その抱きかかえ方が「お姫様抱っこ」ではないか!
その瞬間、教室に居るクラスメイトは凍り付いてしまった。
もちろん彼らの反応がどうだこうだなど、偉王が考えている筈もなかった。
アリサはよくこの教室、法学部の講義棟・305号室に来る。
だからこの二人が幼馴染であることぐらい、クラスメイトも既に知っている。
また、偉王がケダモノの如く教室を飛び出したのは、廊下でバケツの轟音がしたからだ。
だから二人がこんな格好で教室に入ってきても、誰だって理解できるだろう、と偉王は安心しきっていた。
(……だが、そんなことは関係ないんだよぉっ!)
(許すまじきは、御堂偉王っ!)
(殿中でござるっ!殿中でござるっ!) ←?
そして「全艦一斉砲撃!」という見解に、無言で団結したクラスメイト達(男)だった。
二人を迎え撃つは、飛び交う口笛と黄色い悲鳴(男)、そしてブーイングの嵐。
「うがっ!」
だが偉王は鋭い眼光でそれらに対抗し、クラスメイト達(男)をひるませる。
実のところ、こんな冷やかしがあっても、偉王は全く気にしていない。
なぜなら現在、彼の「スーパー・コンピューター的頭脳」(一部欠陥)は、
(アリサが心配、アリサが心配、アリサが……)
とまあ、処理能力の実に95%以上が奪われていたからである。
「ぁ……その……。」
だが、そのアリサはといえば。
これまた、もとの白い肌が分からなくなるくらい、もう耳まで真っ赤になっている。
果たして、16歳という多感な時期にこんな試練を与えられたといっても、将来何の役に立つのだろうか?
でもアリサだって、まんざら嫌というわけではない。
恥ずかしいけど、少し嬉しいような。
なんとなく、そんな気もする。
「おらおら、どけぇ〜い!」
それに偉王は、同級生をホントに蹴飛ばしながらガンガン突き進んでいく。
だから、涙目になったアリサからも笑みがこぼれて、彼女も少しは開き直れそうだった。
でも偉王を「スルリ」とかわして自分に向かってくる様な、何かこう、生温かい視線を感じる。
(あぁっ……ス、スカートが……偉王!)
それはもうとにかく、彼女にとっても、おもいっきりギリギリ。のラインだった。
だからアリサはすぐさま顔を上げて、だが必死に目線のみで、一生懸命それを偉王に訴えたのだ。
……そこには、自分が物心つく前から見慣れている、一人の青年の顔がある。
世に言う「美男子」とか、女子が騒ぐような「美形」というわけではない。
日本生まれの日本育ちだが、彼の肌は少々「浅黒」く且つ、やっぱり「ガタイが良い」。
また、かなりのレベルで「目つきが悪い」。
アリサは幼馴染だから、それでも何とも思わない。
だが、初対面の人間なら少し警戒するかもしれない、なんとなくな「悪役顔」をしている。
(というより悪役顔……かな?)
加えて性格も……アリサは全く気にしてないが、言われてみれば、なんとなく。
そう、なんとな〜くだが、「良くない」気もする。
でも身長145.6センチのアリサを片腕でひょいと持ち上げる、力持ちさんだ。
別にマッチョではない。
また、アリサの体重が軽すぎるわけでもない。
だが彼自身、「馬鹿力」が自分のウリであると公言している。
(アリサを抱えたままクラスメイトを蹴飛ばしても、バランスは全然崩さない)
それにアリサは、偉王の魅力なんてものは、誰よりも一番知ってるつもりだ。
悪役顔で性格も悪かろうが、彼の顔がすぐそこにあれば、やはり顔が赤くなってしまう。
だから、さっきからずっと偉王の手が自分に触れているのも、気になって気になって仕方ない。
というわけで暫定的ではあるが、スカートのことに気付いてもらえそうにない彼女は、このことは自分も気付かなかった、ということにしようと決心した。
たとえ今、偉王が気付いたとしても、また危害が及ぶのはクラスメイト(男)に違いない。
心優しい彼女は、現在進行形で偉王に蹴飛ばされて、それはちょっと可哀相だと思ったのだ。
だからそれに耐えようと、眼鏡を外し、偉王の方に顔をそむけようと、彼の腕の中でモジモジしてみたりする。
その可愛らしい一部始終で、クラスメイト(男)の視線が、更に生温かくなるとも知らず。
まあ現在のスカート事情からすればそうもなろうが、実のところそれを抜きにしても、このクラスで、彼女は密かに人気がある。
彼女は容姿のみならず、内面に於いても、男性にとってある種の理想像でもあるらしい。
「掃除・洗濯何でもこなし、容姿端麗、メシも美味い。」
クラスメイトの何人かは、アリサをぶっきらぼうに扱う偉王に対して、しばしば彼女の素晴らしさを熱く語る。
これはその一人がよく言う台詞の、一部抜粋である。
「そんなにアリサがいいんなら、なんでお前がアタックしないんだ?」
そしてその都度、必ず偉王はこう言うが、返事が返ってきたためしがない。
他のクラスメイトと同じく、決まって都合が悪そうに笑うだけだ。
そう。
どんなに理想であっても、どんなに彼女を想っていても。
これまでもこれからも、クラスメイトでアリサに近づこうとする者は、誰も居ないだろう。
(彼女はどんなときでも、偉王のそばに居る時がいちばん輝いてる)
(そんな彼女に、俺は惚れたんだ。だからこそ偉王と彼女の間には、到底入り込めない)
(大体、偉王に勝てるのは、テストの点数と授業中の起床時間ぐらいだよ)
(それに偉王は、悪い人間じゃない。だからそんなことで、あいつとの友情を壊したくはない)
(乱暴だし、だらしないし、ホントどうしょうもないやつなんだけどね)
そして、そんな偉王がいたからこそ、今のアリサがいる。
クラスメイト達はそれをよく解かっている、おそらく本人たちよりも。
それゆえこんな風に、ずっと仲良くやっていけるのだ。
……だがその当人は。
アリサを抱きかかえ、目線は己が行く先を鋭く睨み。
クラスメイトを蹴散らしながら歩く、凛々しいその横顔。
だがそれは、かりそめの姿。
(いやぁ、こ、こいつ、成長したなぁぁぁぁ……!)
気を緩めれば、一気にニヤける顔をつくろっていただけ。
やっぱり、根本からどうしようもない奴なのであった。
教室に入ってからの偉王とアリサは、窓際の彼の席に並んで座った。
クラスメイトに借りた「応急救護スプレー」で、アリサの足の痛みも楽になった。
だが。
「な、なにぃっ!俺と剣児が!」
どうやら落ち着いたということで、誰にも言えない「超A級情報」の話を始めたのだ。
そんな内緒の話を始めた直後なのに、緊張覚めやらぬ(先程の)偉王は大声を出してしまった。
「……!わ、わりぃ。」
急に大声を上げ席を立ちあがった、と思ったら今度は急に大人しく座った。
偉王はデカイ図体で、彼から見ればこの状態でもチビッコなアリサに、申し訳なさそうに何度も謝る。
そんな「ちぐはぐ」な彼に、彼女は優しく微笑んだ。
その後は落ち着いて話を聞いた偉王だったが、先程の動揺は、彼の性格も災いして表情から隠しきれない。
もう見るからに、ソワソワしている。
「そわそわ、そわそわ……。」
アリサは、眼鏡の奥にの透き通るような蒼い瞳で、そんな彼をみつめている。
「……やっぱ、ホントなんだよな?」
「情報によれば、学校長先生から直接連絡がくる、って。」
そしてアリサは、眼鏡のずれを直し、そう言った。
彼女は机の上で起動させていたPC「モヴァ」を閉じて、胸ポケットにしまいこむ。
アリサの16歳の誕生日のお祝いに、バイトした金で偉王が贈った。
比較的新しいタイプの高性能PCだが、あれから半年は経つ。
だがそのメモサイズのPCはとても使い込まれ、それでいてすごく綺麗だ。
これも、物を大事にするアリサの性格だからだが、偉王は素直に嬉しく思っている。
「でもさ……なんで俺と剣児が?」
やっぱりまだ「超A級」に納得いかないらしく、でかい図体でソワソワしている。
「多分、いつもの実技……だと思う。」
そして反対に、体の小さいアリサは落ち着いて結論付けた。
この月面士官大学には年に3回、学部別の筆記試験と、全学部共通の戦闘実技試験がある。
士官学校に来るくらいの人間なのだから、行く行くは軍人になるつもりの人間ばかりだ。
だから銃の使い方や戦闘術、各種専門を除く有人兵器(人型ロボット等)の操作方法も学ばねばならない。
だが、その実戦シミュレーター試験だけは、実技試験方法の中で、唯一変りダネだった。
まず各学年の全クラスで、機動兵器のシミュレーターによる勝ち抜き大会を行う。
そして、その順位と戦闘記録を踏まえて、試験官が点数として認定する。
つまりクラスが皆ライバルで、勝つほど評価も良くなっていくという寸法だ。
だがそれだけで終わりではない。
優勝した者はクラスの代表として、さらに学部内同学年の、他のクラスの代表と戦う。
そしてそれに勝てば、今度はその学部の学年代表として、他学部代表と戦う。
つまり最終的に、大学内で学年ごとの計4名のチャンピオンが生まれるわけである。
よって段階も「壱万点が満点」という、ふざけた試験評価である。
また、一見ある種の校内行事のようだが、
「戦いの場において、言い訳は通用しない」
「戦場では、生き残った者だけに未来がある」
「飛び交う策略、そして裏切り」
「芽生える友情、育まれる愛」
この4つのスローガンが、士官学校を卒業してエリート軍人になったとき、必ず役に立つらしいのだ。
そして思い返せば前回の試験で、偉王は法学部3年の部で優勝している。
また先程会話に上った親友の「剣児」こと、樫村剣児(カシムラケンジ)は、文学部3年の部にて優勝。
お互い行き着くところまで昇り詰め、「前回も」2人の対面する舞台は大学内の決勝戦となった。
(あの時はお互い決定打がなくて、延長3回まで続いたっけ)
そして、その延長3回・開始30秒後。
偉王のゼロ距離から発射したグレネードが、剣児の操縦席を粉砕。
と同時に剣児も偉王の操縦席を破壊、という両者相打ちだった。
(結果は戦闘内容の評価で、剣児の勝ちになったけどさ)
偉王はこの月面大学に2年生の春に編入してきた。
だがそれまでも、それ以降も、2人は互い以外の相手に負けた事が無い。
戦績は偉王の3勝2敗、剣児の2勝3敗である。
そして2人の激戦に試験官が下す内容評価点は、大学全体でもダントツ。
また、戦闘内容は3D映像化してリアルタイムで放映されたから、二人は学内でも結構な有名人なのだ。
偉王にとっては、まさしく期間限定の王様気分である。
加えて剣児の場合は、筆記試験も優秀である。
いうまでもなく、偉王は超々低空飛行(たまに撃墜)だが。
「それでね、偉王。その配属先なんだけど……聞いても驚かないでね?」
アリサに言われて、状況をそれなりに深く考えていた偉王だったが、彼女の声でふと我に返った。
「いや、もう驚いてる。」
そして頭を少し掻くと、素直に今の心情を白状した。
アリサは微笑む。
だが急に引き締まった表情になると、その表情とは裏腹に、気の抜けたような声で小さく呟いた。
「……偉王と剣児先輩の配属先は、アラム戦線。」
それを聞いた偉王の表情が凍りつく。
「ブラッディ・アラム……?」
偉王は聞き返す。だがアリサは黙ったままだ。
「……おいおい、嘘だろ?」
そう言った偉王に対して、アリサは悲しそうな顔で、ゆっくり、首を横に振るだけだった。 |