<アラム戦線の現況と地球連合軍の平和維持活動について>
西アジア地域の民族・宗教などの因による紛争、これを総じて「アラム戦線」と呼ぶ。
そして私は先月から、その「ブラッディ・アラム」にいる。
(中略)
総暦46年、地球圏に月面を含み7箇所の拠を構える、現在の地球連合軍が発足した。
この強大なる平和維持軍の力により、地球上における紛争は、200年でそのほとんどが鎮圧されていった。
だが、ここ「アラム戦線」は、地球連合軍が各地で実績をあげることに反比するかのように、この200年でその範囲と規模が徐々に拡大していった。
これはなぜか。
地球連合軍・第一戦略室(現在は地球連合軍・第一軍参謀部)が総暦215年、民間に公表したところによると、戦場の減少に伴い戦闘要員(傭兵など)の需要が低下、これにより行き場を失った戦闘兵が、戦場を求めて
「アラム」に流入し続けている、とのことである。
これでは、現在の「アラム戦線」は地球連合軍の平和維持活動による産物、という感は否めず、また暗に地球連合軍自体がそれを認めてしまった、ということにもなろう。
だが、地球上で残り少なくなった紛争地域で、これほどの戦場は有史以来でも類を見ない。
これは概して、公表のとおり、戦闘のプロと呼ばれる「傭兵」がここに集結している事の表れでもあろう。
また、軍需産業の最後の砦となっている分、この地域の戦闘兵器は凄まじく高レベルであり、この「アラム戦線」が現在の科学技術の発展の一端を担っているという説は、あながちそうであるとも言える。
ただ、ここは激しすぎるのだ。
事実「アラム戦線」に参加している顔触れは、誰も名の効く傭兵か、はたまた超一級のテロリスト達ばかりだ。
「勲章兵士の機動兵器も、数十秒後に鉄屑だ。」
と、地球連合軍・アラム前線基地の出入り商人が言っていたが、この戦場における地球連合軍の任務達成率と兵士の生還率は、彼の言う通り恐ろしく数字が低い。
ゆえに、数多の勇敢な兵士達ですらも任務を辞退、果ては脱走者さえ現れる始末で、未だに地球連合軍による「アラム戦線」鎮圧の兆しが見えないのも、納得がいくところではある。
(中略)
多数の兵士の血と、巨大な機動兵器の残骸が土壌となりつつあるこの「ブラッディ・アラム」で、なぜ争いは未だ覚めやらぬのか。
それは、これから死線へ赴くであろう兵士達と行動を共にすることで、私にも見えるのかもしれない。
(American news station ジャン・デニム・シンクレア 著)
上記は、世界的に有名な戦争ジャーナリストの、アリサの兄が書いた記事である。
授業中はいつだって爆睡、の偉王だってこの内容程度のことぐらいなら、一応知っている。
むしろこの仕官学校の生徒であるなら、「アラム戦線」を知らない者など誰もいる筈がない。
そしてそこに配属になった。
それの理由が「実技テストが良いから」だけでは、偉王も納得できる筈がなかった。
「ちっ、よりによって……。」
偉王は憤りを隠せず、思わず机を拳で殴る。
だがそれにビクッと反応したアリサが、偉王をすぐに冷静にさせた。
「なあアリサ……配属予定は、いつなんだ?」
それを誤魔化すかのように、偉王は、話を前に進めてみた。
すくなくともそれで、今の気分が紛れるかもしれないと思ったのだ。
「……帰省休暇が明けてすぐ……みたい。」
「へぇ、休みはもらえるんだな。」
だが、そのように皮肉混じりで言うくらい、偉王の態度はぶっきらぼうになっていた。
そして自分の嫌な言い草に、はっと気付いた時には少し遅かった。
アリサは目に涙をためて、言葉に詰まっているのか、黙ってうつむいている。
「わ、わりぃ。別にアリサを責めてるんじゃないんだぜ?」
(まずい……泣かせちまった……)
偉王は、そう言って笑顔をつくることで、周囲からの冷たい視線に何とかフォローを入れたつもりだった。
「……偉王。あ、あのね……。」
だがそう言ったアリサは、まだそのあとのセリフが続かないらしく、また涙目でうつむくのだった。
(もし万が一、偉王の身に何かあったら)
それがアリサの頭をよぎった。
涙目になったのは偉王のせいだけではない。
(もし偉王が帰って来なかったら……)
そんなことは、アリサには言えなかった。
「し、しかしよく考えりゃ、しばらく学校には来なくていいってことだよなぁ。」
だから今アリサにできることは、眼鏡をはずし涙をふき取って、その偉王の言葉に笑顔で頷くことだけだ。
「うん、そうだね。」
「だろ?そう考えりゃさ、俺としては大いに喜ぶべきだよな、アリサ?」
偉王はなんとか雰囲気を明るくしようと、冗談で言ったつもりだった。
だがアリサは。
「……そう……だね。」
またも偉王が予想だにしなかった展開。
彼女は、この偉王が罪悪感を抱く位の、とても悲しそうな表情になってしまったのだった。
今より丁度16年前、総暦229年11月。
アリサこと、アリス・リオ・シンクレアは、当時生後7ヶ月。
そして11月5日。
偉王も忘れもしないその日。
その日アリサは、まだ見覚えもしていない両親を、事故で永遠に失ってしまったのだ。
当時彼女には、身元引受人となる親族がいないとされていた。
その為、地球連合軍指定の児童保護士である、偉王の叔父・三島大輔(ミシマ・ダイスケ)の家に預けられたのである。
そしてその北海道の自然に囲まれた、人里離れた大きなログハウスで、そこに同じく預けられていた偉王と、アリサはその時初めて出会った。
以来アリサは、それから同じ屋根の下、彼と一緒に成長していくこととなる。
当時6歳だった偉王は、彼女の面倒をよくみて、むしろ彼女の兄と言うよりは親であるかのようでもあった。
(朝おきたら、偉王にお着替えを手伝ってもらう)
(国営バスに乗って市内に行き、降りたら手をつないで、幼稚園まで送ってもらう)
(夕方には迎えに来てもらって、またバスに乗って帰り、家につくまで手をつないで歌を唄う)
(ご飯を食べたら一緒にお風呂に入り、そして寝る前には必ず偉王に絵本を読んでもらう)
アリサが物心つくころには、すでにこれが当たり前の生活となっていた。
だから、当時の彼女が偉王の居ない生活を考えることなど、全くなかった。
だが、アリサがミシマ家に来てから5年の月日が過ぎたころ、偉王が実家へ帰る日がやってきた。
その日は雨だったのを、アリサは覚えている。
いつもなら幼稚園に傘を持って迎えに来てくれる偉王が、今日はミシマ叔父さんだった。
「……ねえ、偉王おにいちゃんは?」
そう尋ねてみたが、叔父さんはバツが悪そうに笑い、
「ちょっとね、お出かけしてるんだ。」
とアリサに優しく言ってくれた。
だからアリサも我慢した。
だがそれから一週間たっても、偉王は帰ってこなかった。
そして偉王にもう会えなくなったのを知ったのは、それからすぐのことだった。
その日は雪だったのを、アリサは覚えている。
外に出ると、自分の膝ぐらいまで積もっていた。
今日と明日はお休みだから、アリサは偉王と雪だるま作りがしたくて仕方なかった。
「ねえ!偉王おにいちゃん、今日帰って来るの?」
居ても立ってもいられなくて、外から、叔父さんと叔母さんに大声で尋ねてみた。
が、叔父さん達は顔を見合わせるだけで、返事は貰えなかった。
「……ねえ、偉王おにいちゃんは?」
だからもう一度、叔父さん達に大きな声で尋ねてみた。
「……あのね、アリサちゃん……」
叔母さんが庭に出てきて、悲しそうな顔でアリサにそう言った。
その後、叔母さんが何と言ったのか、アリサは良く覚えていない。
その後、自分がどうなったのか、それもよく覚えていない。
ただ、泣いた。
がむしゃらに、泣き続けた。
そして我に返ったとき、兄のジャンと共に偉王の家の前に居た。
それから5歳のアリサは、今度は偉王の家に預けられた。
そしてまた2人は、いつでも一緒になった。
同じベッドに寝ることだって珍しくなかったし、アリサが小学生になるまでまた一緒に風呂にも入っていた。
(もちろんこんなことは、クラスメイト(男)は知る余地もない)
アリサは両親が居ないこと、両眼が蒼いこと、ハーフの顔立ちであることからも、よく同級生達に苛められた。
その度、当時中学生の偉王が小学校に乱入してきては、校長室で暴れまくったものである。
アリサはそんな彼が大好きで、成長するにつれ、自分は偉王の役に立ちたい、と思うようになった。
偉王は昔から、あんまり頭を使うことが好きではない。
何事もあまり深く考えず、すぐ決断しては、すぐ失敗をしている。
今乗っているバイクに関しても、ブレーキが全く効かないのに乗り回しては、でかい図体をよく全身血だらけにしてアリサの寮に治療にくる。
だからアリサは、いつしか彼の廻りにある事象を自分が紡ぎ併せ、それを判りやすい形にして偉王に伝えることでサポートとする、ということを思いついた。
つまり情報収集をし、偉王の代わりにいろいろ考察して、最終決断は彼に下してもらうという、地球連合軍的に言えば、彼の「参謀」と言ったところか。
そして事実、それからの偉王は負傷率が極端に減ったり、テストの成績も、及第点ギリギリまでになった。
なんとついには、偉王は不可能と言われるこの大学の編入試験にさえも、合格してしまったのだ。
もちろん偉王は実技点のみで合格したようなものだが、元はと言えば、普通大学に通っていた偉王が、
「……アリサ、月に行きたい。」
などと言うから、彼女が一つの方法を掲示しただけのことだったのだ。
だがまさか本当に受験しにいって、しかもまさか本当に合格するとは。
これはアリサの予想の範疇内にも全くなかったし、偉王も合格を断るつもりはないらしかったので、まだ中学生だったアリサには、彼を追いかけることも引き止めることも出来ず、この時は離れ離れになるのを我慢せざるを得なかったのだ。
そしてそれより一年半が過ぎた現在。
今年の四月に新設された、この士官大学の付属高校の超難関試験に見事合格して、アリサは月にやってきた。
彼女はもとより優秀であるし、また世界的に有名な戦争ジャーナリスト、年の離れた彼女の兄・ジャンが、月イチで送ってくる手紙の中で、情報収集のイロハをすこしずつ教えていた賜物だと偉王は思う。
そして本人も兄の影響でメディアに興味を覚えたのか、現在は情報通信科に通っているのだ。
だから偉王は、アリサが軍人予備生になったのは別として、これは良いことだ、とここに来るのに反対しなかった。
だが偉王はやはりダメダメ君であったから、彼を追っかけてきたなど全く気付かず、
「この学校はエスカレーター式だからさ、入っちまえばこっちのもんだよ。」
と、一年ぶりに再会した彼女にこう言っただけなのである。
ということでまた報われないアリサではあるが、成績は保ちつつ、偉王のサポートに徹底しまくっている今日この頃である。
それはもちろん、偉王にとっては迷惑ではなく、むしろとても嬉しいことだ。
彼女はある時期になると必ず「テスト内容」という、よく字を見ればとんでもない情報なんかも引っさげ、偉王だけでなくクラスメイトにも益を与えることがある。
「アリサ、それはいけないことなんだ!」
などとは、自分の悪事を棚上げしてしまうことになるから、いまだに言えない偉王だが。
だが彼は、毎回テスト情報を漏洩してもらっていても、それを見ようとはしない。
彼の成績ではそのうち除籍されるのでは、とアリサは本気で心配しているからやっているのだが、プライドが許さないらしい。
(だがその割には、それをクラスメイトの取引ネタにする、やっぱり悪役ヤローである)
クラスメイトにも他言無用と言う約束だがその評判は実に高く、偉王のクラスは常に学年トップを誇っている。
(おかげで偉王はいつもクラス最下位、アリサの不安は募るばかりだ)
だからこそアリサはクラスの女子にもとても可愛がられ、偉王は男子によくからかわれてしまうのだが。
だがそれをもちろん知っているアリサは、皆の前では、幼馴染としての対応にとどめている。
この学校は全寮制だが、基本的には自由だ。
だから二人とも今は寮に住んでいるが、彼も彼女も別に、市内に部屋を借りて暮らそうかとも思う。
もちろん「一緒に暮らす」という意味でだ。
ただ偉王とアリサの間には「妹」と「恋人」といったような、互いの位置付けにズレがある。
まあ何にせよ、アリサが一体何処から情報を仕入れているのか、偉王は知らない。
こればかりは偉王でも、アリサは教えることが出来ないらしい。
大体、高校生が大学のテスト問題を提供するという事態から想像してもアレなので、偉王もそれを思うと尋ねようとはしないが。
だがテストの事象も証明する通り、今までアリサの情報に間違いは無かった、という事は確かだ。
偉王は21歳、現在大学3年生。
ここは6年制大学だ。
だが、自分が卒業してどこかに配属されても、なんとなく平和に生きていけるのではと思っていた。
そう安心しきっているところに、自分が、まだ3年生の身で激戦地区に行くことになろうとは。
だが一応、戦場に召集される年齢は満たしている。
それに自分は地球連合軍・月面士官学校の学生なのだ。
これは任務だ。
自分に与えられた使命だ。
(でも……いきなり最前線か)
それでも、半ば強制的に突きつけられた自分の未来には、偉王はとまどった。
だが辞退するのは逃げるみたいで、プライドが許さない。
(…………)
こんな風に色々考えると、慣れないからか、やっぱり頭が空回りしてパンクしそうだ。
だがアリサは、どうしたら偉王が理解し、決断できるか。
廊下を走りながら、おそらくそれだけを一生懸命考えて。
昔からおっちょこちょいだが、チビッコなアリサには、スチールバケツをへこます力は無い。
そんなことを考えて目の前の少女を見ていたら、自身も気付かない程度だが、唇の端がふっと上がったのだった。
まだあどけなさの残るこの6歳年下の少女に心配されるのは、偉王には心苦しくも、やはり嬉しいものなのだ。
それから約三時間半。
帰省休暇の話と、アリサが作った、なんとなく中身が偏った弁当なども交え、長話もようやく終わろうとしていた。
「……よし、帰るか。」
これから先の不安と、そして不満も抱きつつ、アリサを防衛大学高等部・女子寮に送ろうとした偉王だった。
しかし、まだ足が痛いらしい彼女は、立ちあがるのも結構辛そうだった。
「……保健室、行かないのか?」
だがアリサは、また小さく首を横に振る。
だから偉王は、彼女を女子寮の部屋までおぶっていくことにした。
(もちろん、嫌がっても無理矢理に……な)
さすがに、寮までのお姫様だっこは世間の目が厳しい、ということを今回学んだらしい。
幸いにも話し込んだせいか、周りには特に親しい生徒しか居ない。
そんなだから偉王は自分から背中を向けてくれたのだろう、とアリサは思った。
(でも、その割にとても不機嫌そうにしているのは……気のせい?)
自分からおぶってくれるといったのに。
と背中に乗った後、彼の首に回した手を、きゅっと締めるアリサだった。
「おいコラ……苦しいだろ。」
「あれ?……どうかしたの、偉王?」
アリサが小悪魔的に笑う。
「ほほぅ……?」
偉王もそれにあわせて不敵に笑う。
そして直後、アリサのお尻をさわさわっと撫でる。
「きゃっ!?」
するとアリサは一瞬の悲鳴。
そして顔を真っ赤にして、再度偉王の首をキュッと締める。
偉王はそれに対抗し、アリサのお尻をサワサワッとまた撫でる。
それでアリサも、偉王の首をギュッと締める!
だが偉王はそれに対抗!……する前にアリサに首を締められた。
アリサはまた首をギュッと締める!
だが偉王はそれに対抗!……したいけど、なんかだいぶ余裕がなくなってきた。
アリサはもっと首をギュッッと締めつける!
締める、締める……まだ締め続けるかっ!?
そして……偉王はアリサを乗せたまま、廊下でぶっ倒れた。
「そ、そうだ。さっきのやつ、剣児にはもう言ったのか?」
30秒後、意識を取り戻し、教室から法学部の玄関に向かう途中。
まさかこんなチビッコにやられるとは思ってもみなかった偉王だったが、廊下でふと思い出した様にそう言った。
そんな彼に少しズレ落ちたアリサは、背負いなおされる。
そしてまだ申し訳なさそうな声で、
「……ううん、まだ……。」
と小さく呟く。
すると偉王は急に、クルリと方向転換した。
「ど、どうしたの?」
アリサは尋ねる。、
「俺は説明は嫌いだ。……だからお前を、このまま剣児のとこに連れてく。」
と偉王は言った。
(……怒ってないから、べつに気にすんなよ)
そう言いたいのだということが、偉王を良く知るアリサにはすぐに解かった。
だから、相変わらず申し訳なさそうではあるが、偉王の体にしがみつく手も少し落ち着き、頷いて返事をした声にも、もう戸惑いはなくなったのだ。
(やっと、首が楽になったぜ……)
そして偉王は歩きながら、廊下の大きな窓から、ふと上を見上げる。
地下から月面上へとふっくらはみ出した、人口1000万人を保護している巨大なエアドーム。
それが地球の空となんら変わりない、鮮やかな夕焼け色に染まり始めてきている。
アリサによると、この天候プログラムは日本人のエンジニアが作ったらしい。
そのせいか四季を感じさせるほどの、ある程度の気候変化がここには存在している。
(……そういや、ここは軍人の学校なんだよな)
偉王はそれを見ていると、でかい図体で柄でもないが、少し切ない気持ちになる。
だが、背中に乗るアリサも、同じ方向を向いていた。
「土曜の夕方か……この時間に剣児がいるとしたら、文学部の研究室だな。」
それに気付いた瞬間、背中の少女を気にしつつも、だんだんと歩く速度を早めていった。
(……アリサが悲しそうだった)
この事実は、偉王を、この素晴らしいはずの場所から移動させるのに十分な理由だった。
(感傷的な気持ちになるとしたら、きっと……この夕焼けのせいだ)
早歩きになりながらも、心の中で、自分にそう言い聞かせ続けた。
廊下の窓から差し込む赤い光。
そしてアリサの黒髪は、空と同じ夕焼け色に輝く。
彼女の美しいあの蒼い瞳も、あの空と同じ色に染まっているはずだ。
だが今の偉王には、なんだかその眼をみることは出来ない。
自分の背中で「今」を噛み締める、アリサ。
彼女の心に少し触れた気がして、そして自分の今の心も少し見透かされてしまったような。
そんな気がして、どうしようもなかったからだ。 |