偉王がアリサから前線配属の話を聞いた後といえば、特に何もなく、そしてまた次の土曜の放課後が訪れた。
だが今日の土曜の放課後は、教室の雰囲気がちょっと違っている。
「総12名の大学生のアラム戦線配属という連合議会決議により、本日16:00、臨時統合集会を行う。よって今から名を呼ばれた者がその該当生徒であるとし、指示があるまでは教室で待機するように。」
実はつい先ほど、このような放送があった。そしてその名を呼ばれた生徒の中には、かの「御堂偉王」も居たのだ。
教室内の生徒達は、同級生のアラム戦線配属、という大二ュースに大きく息を呑んでいた。
これは偉王の戦闘能力の優秀さにより決定されたことだ、とその場の誰もが気付いてはいた。
が、正直なところその有能な者だからこその末路が墓場、あるいは地獄とわかっているから、その中に自分の名前が無かったという事だけで大いに「生」の喜びを見出せた。
無論、偉王に対して誉め言葉は言えず、からかうような雰囲気でもない。
そんな生徒達の居る教室に参上したクリス教諭(彼女は偉王の担任である)だったから、普段にもまして、
「……面倒くせぇから、俺、帰る。」
という偉王の言葉により、泡を吹いて失神してしまったのだ。(そして現在は保健室にて療養中)だが、例えどんな状況でももちろん戦場には絶対に行くつもりで、単に『集会』はめんどくさそうだから出たくないだけだ。
というかむしろ、絶対に出てやるつもりはない、と仁義なき戦いをすべく男気満々の偉王だった。
だがそれも束の間、我に返ったクリス教諭は、最終兵器を連れて偉王の前に立ち塞がった!
「偉王ッ!先生を困らせちゃ駄目でしょっ!」
クラス中の誰もが無言になったアリサのその一喝、で、偉王は素直に集会に参加することを誓った。
そして脱走しないように、偉王の教室の、偉王の席の隣にアリサ(怒バージョン)が居るから、今日の土曜の放課後は同級生にとっても最悪だった。
…そして時間は過ぎて、臨時統合集会になった。
「おいおい、スゲーな。」
偉王は自分を取り巻く環境をそう漏らしたが、このようなことは一般席で参加しても解った。
そのくらい、つまり大学で一番大きい講義室に300人もの軍の上級官僚が集まるという、とてもお高い、もといお堅い集会であった。
生徒席から「偉王が思い留まってくれて良かった」と、アリサは本当に心の底からそう思った。
アリサの席からは確認できないが、地球の放送局も来ていて、どうやらこの様子を地球でも放映するらしい。
そのせいか参加する一般人と学生は身分証提示の義務があり、入室を許可されたのは素行や経歴の良い者ばかりのような気がしないでもない。
もちろん偉王の幼馴染みのこの少女「アリサ・シンクレア」はその中にきちんと加えられる。
しかし格式張ったものであるのは勿論、教官の世辞をうんざりするほど聞かされるだけだから、終始目をキラキラさせていたアリサ(とほか一部の、ほんとに一部の集会マニア)を除き、殆どの生徒は閉会時にぐったりしていた。
「この苦労も、編集テープを見る地球の人々には解かるまい。」
後に参加者の一人が語った台詞だが、これこそまさしく、撮影スタッフと会場の人々の心が一体になった言葉である。
とにかく5時間にも及ぶ「議会」もやっと閉会にこぎつけ、そこには更なる待機(居残り)指示を出された選抜大学生の12名が、一気に静かになった会場に残るだけであった。
「おや?何名か足りない……。」
シンと静まり返った講義室で一人の高官の声がそう響いた時、アラム派遣生の一人=御堂偉王は、既にここより脱出していた。
「全く、いい加減にしろってんだ!」
閉鎖された空間に5時間も居たことが無いから、いい加減嫌気が差した偉王はそう愚痴を言った。
幸いにもテレビ局のクルーが帰ったから、こんな風に大っぴらに抜け出せたのでもある。
「ふう、やれやれ。」
続いて親友の「剣児」が大部屋を後にする。
はじめのうちは、会場を出てきたのは偉王を連れ戻すためだった。
だがアリサが、じぃっと廊下に立っているのを見てしまった。
これが駄目だった。
「偉王を、待つつもりだったのかい?」
そう聞くと顔を赤らめて頷く少女に、そのようなことをさせる理由も、また途中で偉王が抜け出す以外思いついた解決策も、敬虔なフェミニストの彼、「樫村剣児」には無かった。
「もう、抜け出すなんて信じられない!」
だから、アリサは怒っているようだが、こんな結果になった。
そしてその声で振り向き、アリサがここで待っていたことに偉王も気付いた。
それで偉王は歩く速度を少しだけ落とし、アリサとも歩きながらの会話が出来るのだった。
「いやしかし、偉王がここまで『辛抱強い』とはね。」
「ねぇ、ほんとにエスケープするの?校長先生が、この後で何か記念品をくださるんでしょ?」
だが偉王は二人の発言を気にする風でもなく、引き返そうともしない。
その対応にアリサは困ったような、すがるような表情を剣児に浮かべる。
通常斜に構えた彼としてみればそんな表情を向けられても困る、のだがしかしそれはそれ、見捨てては置けない。
「アリサ君、彼の強い意志は『モノ』では変わらないのだよ。」
「でも……。」
「だから素直に諦めて、僕も共犯になるのさ。」
剣児は長い髪をさっと掻き揚げ、溜め息を漏らしながらも、笑顔でそう言った。金髪が鮮やかに揺れる。
アリサはそんな彼に満面の笑顔で、ありがとうございます、と言った。
「……。」
立ち止まる偉王。
「……なあ、剣児。校長センセ、いったい何をくれるんだろうな。」
二人にしてみれば、今更だし意外な質問だった。
剣児とアリサは顔を見合わせて「やっぱり戻る?」と言った。
だが当の偉王は廊下の窓際に背もたれ、不敵に微笑む。
「いや……『専属・美人秘書』とかなら戻ってやってもいいかな、と思ってな。」
「ははっ!『専属』ってとこが君らしいな!」
剣児が笑う。
が、それは苦笑だった。自分の隣にいる少女が、その一言で可愛らしい膨れっ面をしていたからだ。
しかし偉王は、それを見ては嬉しそうな表情を浮かべている。
(ああ、なるほど)
それを見てピンときた剣児は、左耳のピアスにそっと指をあてた。
耳に触れるのは、彼が物事を考えるときの、お決まりのポーズである。
「でも『専属』かつ『美人』の秘書なら……やっぱり『知性と色気のある年上の女性』なんだよね。偉王?」
そしてふとそう言うと、歩き出して偉王の隣に並んだ。
「もう、剣児先輩まで!」
どうやらその言葉で、アリサもとうとう「アリサ(爆怒バージョン)」になった。
パタパタと可愛らしい足音だが、先を行く二人の後を猛牛のごとく追いかけてくる。
だが剣児としては何か考えがあるらしかった。
偉王に気付かれない様振り返って、彼女に不敵な笑みとウインクを与える。
そうとも知らず偉王は、先程の剣児の付加疑問文に対して素直に答えるだけだったが。
「やっぱり解かってないなあ剣児。それは一般人。『純情で可愛らしい年下の秘書』ってのが『通好み』って奴だろ?」
偉王は歩きながら腕を組み、一人納得しながらウンウン頷いている。
(……天邪鬼だなぁ)
(違いますよ先輩、偉王は他人と違うってことが大好きなんです)
その横でコソコソ話すアリサと剣児の言う通り、これが偉王の特徴だ。
そしてそれをよく知る親友。
「ああ、そうだった!」
と傍らの少女アリサの方を向きそして、これ以上無い!と言う位(偉王と比べて3.5倍くらい?)の爽やか〜な笑顔で、
「あぁ、アリサ君かぁ!」
と言えるのだ。
「えっ?」
剣児の言葉に口を揃え、ピタリと足を止める偉王とアリサの2人。
「いやぁ、やっぱり僕は偉王の言う通り未熟だ……。偉王にはもう立派に、『元気で可愛い年下の秘書』が居るじゃあないか!そうかそうか、そういう名目でアリサ君が欲しかったのかぁ。ふ〜ん、へぇ〜、ほ〜ぅ。」
直後、二人の血液は一気に上り詰めた。
「ばっばばばばっばば、馬鹿やろっ!」
アリサと目を合わせた偉王は取り乱し、剣児の口を押さえにかかる。
「だって、偉王はいつもアリサ君に世話してもらってるじゃないか?」
剣児の追い討ち。
偉王は「ヴッ」と硬直する。
剣児はいつも思うことだが、こんな偉王を見ていると
(……そこでどうして「何の事だ?」とか適当に誤魔化せないんだろう?)
と不思議にも可笑しい。
一方アリサといえば……。
「……可愛い?か、か、可愛い?」
やけにそこらへんを連呼しつつ、いまだに赤面化が進行している。
(……やっぱりおもしろい娘だなぁ。)
と剣児は思う。
(あばばっばばばっばばっば!)
と偉王も思う。
アリサがあんまり「可愛らしい笑顔」で剣児にお礼を言うもんだから、ちょっとからかおうと思っただけなのだ。
「そ、その、偉王の『御指名』だったら、やってもいいかなぁ?なぁんて思ってたりして……。」
そしてアリサは未だに立ち止まったまま、いつもの『夢見る少女』モードに突入してしまった。
『御指名』の意味をアリサが理解しているかは別として、モジモジしているアリサに対しては、偉王はこの事実を肯定も否定もできない。
「け、けけ、剣児!お、お前が変なこと言うからだぞっ!」
「おやおや、またアリサ君の特殊技能が発動したみたいだねぇ。」
偉王はそう愚痴ったが、剣児はさらりと笑顔でそれをかわす。
文学部哲学科・プレイボーイ(またはナンパ)専攻の剣児(もちろん偉王談)に対しては、偉王はいつも揚げ足を取られてしまう。
そして今日もまたここに声高らかに笑う、勝者・樫村剣児が居るのだ。
「……でも僕は、今度の戦場に女の人を連れていきたくないなぁ。」
だがそんなプレイボーイが急に真剣な面持ちになって、また前を歩く偉王の隣に並んで言う。
だからその言葉でアリサもふと我に返って歩き出し、偉王を挟んで3人が並んだのだ。
並んで来たアリサにまたウインクして、剣児の視線は、アリサの方の廊下の窓に向いた。
「……美しい女性には……やはり、美しい夜景が一番似合うのさ。……戦場、なんか……。」
少しかかっていた前髪を掻き揚げて笑った彼の目は、どこか遠くを見ているように、そう偉王には見えた。
「もう、聞いてるこっちが恥ずかしいですよ?」
アリサも剣児のらしくない笑顔に戸惑ったが、そう言って笑う。
偉王も、いつのまにか立ち止まっていた。
「……そうだな。俺達が下手すりゃ、地球上における美女の絶対数が減っちまうもんなあ。」
偉王も笑顔で剣児に応える。
「もう偉王ったら。……女の人は野生動物じゃないんだよ?」
アリサはまた膨れっ面で言う。
だが偉王の笑顔もやはり「らしく」ない。
「いやいや、アリサ女史。我々研究班は、天然記念級、もしくは保護すべき待遇ではあると思ってますが?」
剣児がそう言うと、偉王はまた不自然に笑いながら窓の外を見た。
「……街の灯りが、綺麗……。」
アリサは呟く。
「うほぉい、コラ!これから戦争に行くんが、こぉんな話ばしよって良かと思っとるんかっ!?」
だが偉王がいきなり、なまりの強い鬼教官の真似をして、二人に向かって笑いながらそう言い放った。
「あははっ!」
アリサと剣児は、思わず吹き出してしまう。
だがその偉王の笑顔も、やはり悲しそうに、そうアリサには思えた。
「偉王、断っておくが、議会を真っ先に抜け出した君に付き合ってるのに、君が偉そうに言えることではないぞ。まして初めは君が持ち出してきた話題の筈だろう?」
「いいじゃねえか、俺達『らしい』だろ?」
その剣児の斬り返しに、3人は声をそろえて笑った。そしてまた並んで歩きだす。
時計の針は21時、抜け出してからもう既に20分も経過していた。
アリサは歩きながら、また窓の外を見た。
何故か先程の……偉王の、あの不自然な笑顔が頭から離れない。
エアドーム内は既に夜の街。
廊下の窓には、歩く3人の姿が反射して映る。
そう、今の3人の姿。
楽しそうに並んで映る、3人の姿。
この瞬間アリサは、先程偉王が見ていたもの……そして何故それを見る眼が悲しそうに見えたかに気が付いた。
不自然な、悲しそうなあれは、やはり錯覚ではなかった。
そう納得させるだけの理由がその窓に映るものにはあった。
(どうして私は、5歳も年下なんだろう……)
今の彼等にあるものは、包み隠した不安と焦燥感だろう。
(私が、偉王と同じ歳だったら……私は偉王といつまでも一緒に……)
この当たり前の時間は、激戦地区=ブラッディ・アラムに行く彼等には、もうきっと無いのだろう。
これから先、と言う時間がアリサにはあっても、3人で過ごす、という時間はもう二度と来ないのかもしれない。
それ故か、これほどに3人の会話もいつもより大いに弾んで、皆が時間の長さも錯覚してしまったのだ。
(これが最後?)
急に不安になったアリサが恐怖を感じているのは、この学校ではむしろ仕方のないことでもあった。 |