人の出入りがないせいか、格納庫内には非常階段を駆け上がる足音が響く。
「偉王?」
そうして樫村剣児は、そこに居る筈の親友を呟くように呼んだ。が返事は無い。
「偉王、いないのかい?」
そして今度は声を大にしてみる。しかし返事は無い。
「ん……」
そして彼は考える。こんな時左耳だけにつけた水晶ピアスを、右の人差し指で数回撫でるのが剣児の癖だ。
それが優男の彼に似合ってなんとも悩ましいポーズに見え、女子生徒(特に後輩)が騙される。と偉王は語る。
「もしかして、この中かな?」
そのわずかな時間の考察で、剣児は格納庫に10機以上並ぶ人型の戦闘兵器「Mission
Doll」(MD)の中の、純白にカラーリングされた一機の前に立ったのだ。
そしてコックピットのコネクタに接続されたままのメンテナンスPCで緊急排出コードを入力した。
「うおっ!?」
その中に居たらしい人物は突如襲い掛かった危機に慌てふためき、映像シミュレーター機能をオンにしたままMDのコックピットから飛び出してきた。
「な、何すんだ剣児!あぶねぇじゃねえか!」
剣児はなんとも複雑そうな顔で偉王を見る。
「そういう君こそ」
「お、俺は……その、ちょっと考え事してたんだよ」
偉王が剣児の顔をちらりと見れば、君には似つかわしくない、とでも言いたそうな顔をしている。
そして階段の手すりに当てていた右手で長髪を掻き揚げ、また左耳のピアスをさわり始めた。
「……何か悩み事でも?」
偉王はコックピットから飛び降り、剣児が乗ってきたらしいカートの運転席に滑り込む。
「別にそんなんじゃねぇよ」
続いて階段から降りてきた剣児が、その隣に腰をおろした。
「もう整備は終わったのかい?」
「ああ。ってことで……海」
「僕も、そのつもりでここに座ってる」
剣児が微笑むのを確認して、偉王はカートのキーをまわす。
けたたましいエンジン音が、薄暗い閉じた空間に響き渡った。
「だけどお前は、泳がないでナンパなんだろ?」
作業用でも四輪車は久しぶりなせいか、どうやら偉王の機嫌は結構良いように剣児は感じた。
「その表現は不適切だよ。僕は、単に女性と仲良くなりたいだけさ」
「……それをナンパって言うんだよ。授業で習わなかったか?」
格納庫のシャッターは、ゆっくりと自動で開く。
ペシャンコに潰された様な形をしたカートは、直後、見かけよりも素早い速度を出した。
「あ、そうそう。さっきアリサ君から」
剣児は言葉の先は続けず、フロントケースから取り出した手紙を偉王にヒラヒラ見せる。
「ん」
偉王にとっては2時間ぶりに感じる、南国ならではの強い日差しと潮の香り。
剣児は額にかけていたゴーグルをかけ、それを忘れた偉王は糸目になった。
再び自動で降りるシャッターの音が、どんどん遠くなっていく。
「アリサから……何だ?」
ようやく見えてきた、気持ち良いくらい澄んだ空と海を確認して、偉王はそう呟いた。
先日の臨時議会後、居酒屋前で鉢合わせした校長との酒宴で、偉王と剣児は正式に「MD」の所有者となった。
偉王は店を出てからの記憶が無いのだが、なかなか寝付けなかったことだけは何故か覚えている。
それというのも、彼を含む12人の選抜生においては、特例により「MD」が自身の所有物と認可されるという話が出たからでもあった。
それが何故偉王を寝付けなくさせるのか。
説明すると、そもそも兵器という物は例え携行火器でも軍が支給している物で、その所持者が自身の判断で売却や貸与することは禁止されている。
また退役した際は軍に返還するというのが一般であり、それを守らぬ者は厳罰に処されるところでもある。
これは武力が民間所有された場合、犯罪行為に悪用される可能性が極めて高い所為でもあるが、が偉王たちアラム戦線特別選抜生の12名だけは戦闘兵器であるMDも返還義務は無く、正式な手続きさえすれば退役後も自身の物として地球連合軍が所有を認可すると言っているのだ。
ただし退役の条件はアラム戦線配属の任期満了後以降とされるが、以降MDを所有しない意思の場合はこの限りではない。
またMDの所持についても、機体にアクセスする唯一の方法である「Key」の常時携帯さえ果たせば良いということであった。
その一般的に有り得そうも無い話を校長の秘書である弥生から聞いた時、偉王と剣児の二人は酔いが一気に覚めてしまった。
そのせいで再度校長と酒を大量に飲む羽目になったのだが、気分は一国一城の主、最先端戦闘兵器・MDのエースパイロットになるのは、何時の時代でも男子の憧れの的である。
6年制大学の3年生にしてその夢を実現させた偉王と剣児はなおさら、皆の憧れの的となるだろう。
だから、まるで新しい玩具を得てそれをベッドまで持ち込んだ子供の頃のような、興奮でどうしても眠れない夜になったのだ。
これは剣児も同じだったようで、翌日のMD授与式典で合った二人の目が赤く、お互いつい笑ってしまった。
しかし式典後に弥生から案内された工学研究開発ドッグ・第1号に入った瞬間、二人は疲れ目を恨めしく思った。
そう、目の前の戦闘兵器、自分達に与えられた試作型のカスタムMDに魅入ることしかできなかったからだ。
偉王と剣児に与えられたのは、全高約15メートル、重量10トンのものである。
最新型であり、第7地球連合軍所属防衛大学で研究開発されたものでもあるから、その性能の高さはお墨付きである。
しかし反応兵器と異なる有人兵器であるがゆえ、機体性能の他にパイロットの腕も要求され、またその人選は体力・精神力ともに細心の考慮をする余地がある。
「シビアな最新兵器」とMDが称されるのもこの為だ。
また現在では軍や警察だけでなく民間も普及が高まり、犯罪や紛争の道具にされることが多くなった。
そのため5年前に商業用としてのMDは民間では開発生産が禁じられてしまい、今では作ることも手に入れることにも幾多の障害が立ちふさがる。
「す、すげぇ!」
だから、これを見た偉王がこのような陳腐な表現しか出来なかったとしても、これは仕方が無かった。
偉王の機体は、その場に存在するどれよりも目を惹きつける、純白のメタル・ボディ。
ヨーロッパ史で習った甲冑騎士を思わせる様なゴツゴツした流線型で、勇猛かつ荘厳なフォルムだ。
肩の巨大な装甲版と頭部カメラ保護のバイザーがどうやら着脱可能で、それが汎用戦闘タイプであることを示している。
武器や主装甲はまだ装着していないが、どうやら個人の性格にあわせたタイプに換装するのだろう。
偉王はいざ間近に自分の機体を確認して、これが戦闘兵器で、これが現代科学というものか、と感じた。
この時彼等は、地球連合軍によっても未だに地球に平和が訪れない理由の、一つだけを理解したのだ。
そんな呆気にとられている偉王を見て、整備していた工学研究生が近寄ってきた。
「選抜生、名前は?」
少々ぶっきらぼうな物言いだが、その顔は汗と塗料と油汚れにまみれている。
きっと機械いじりが好きなんだろうな、と誰しもに思わせるような顔だ。
「偉王。御堂偉王だ」
「へぇ、俺の受け持つパイロットはアンタだったか。宜しく頼むぜ、キング」
「キング?」
「『グレートキング』。俺の師匠があんたの名前をそう呼ぶのさ。『key』を貸してくれるか?」
「ああ」
「……確かに。ほらよ」
そういって、整備士は偉王に冊子を投げる。
「これは?」
「機体の管理マニュアルだ。こいつらは個人専用機だからプロテクトをかけるんだよ」
そう言うとメカニックマンは、少し硬い表情で偉王を見た。
「開発コード『Infinity』コンセプトはその名の通り『無限大』。機体の固有名は持ち主のアンタが考えてくれ。ちなみにこの4体は俺の研究チームが開発した奴。残り8体は別チームの担当」
「つまり、選抜生のベース機体は3種類あるわけか」
「ああ。で、俺らの4体も基本性能は全て同じだが、カスタム換装だから火器・強度・反応速度の設定は個人の技能レベルで全然違う。ま、『ソード』の機体は別棟にあるから暇なら見て行くといい」
「剣児……か?」
「ああ、大体分かるだろ?」
そう言って整備士はさわやかに微笑んだ。
そして偉王はパスワード入力を済ませた後、帰省休暇中の諸注意事項の説明を受けた後、思ったより簡単な手続きだけで開放されることとなった。
そんな彼等が休暇を利用して地球に降下し、現在滞在しているのは―――南太平洋の「ライテック島」。
国際動物愛護企業「ライトテクノロジア社」の関係者専用リゾート列島の一つである。
この列島を渡り歩くだけで多数の保護動物たちが暮らす自然を味わえ、また共存生活感を抱くことができる、動物と人間の調和の取れた環境が備えられている。
このユートピア的リゾート列島の持ち主はもちろん企業の会長なのだが、その御曹司「サム・ライト」が偉王の後輩で、彼の計らいで、偉王達は地球上における休暇を存分に楽しめるのだった。
実のところMDは彼等にとって非常に厄介な問題となっていたので、彼の厚意はとても都合が良かった。
というのもMDが自分の所持品と同じ扱いであるぶん、アラム戦線配属までは帰省休暇中の整備・管理・搬送・その他の作業は、事実上全て自分でこなさなければならなくなったのだ。
配属の辞令は受けたので、現地に行くということならば地球連合軍が色々面倒を見てくれるらしい。
だがもちろんMDだけアラム戦線基地に預けて、自分だけで帰省休暇を楽しむ、という考えは許される筈も無い。
それはつまり、選抜生達は休暇返上して月面に居残り、その後アラム行きの軍用シャトルにて補給基地へと直行という命令に等しかったということだ。
だが幸運なことに、後輩のサムが彼専用の大型航行シャトルを手配してくれたし、帰省休暇中は彼が向かうリゾート島の一つでともに過ごしてはどうかと勧めてくれた。
無論、島もホテルも全てサム・ライト名義の場所で、である。
こうして全てが用意された南国のリゾート部屋で格別の扱いを受ける、幸運な偉王たちであった。
「まあ僕も、今回ばかりは君の後輩に感謝してるということだな」
海へ向かう道の途中、剣児は地球降下時のほかの選抜生を思い出した様に、溜め息まじりで言った。
「それにしても―――」
「コラ、アリサから何?って俺は聞いてんだよ。話をずらすな」
偉王が少し機嫌を悪くして言う。
話をさえぎられた剣児だったが、かけていたサンゴーグルを再び額に戻し
「あれ、僕そんなこと言ったかい?」
と更に偉王を逆上させるのであった。
―――ピーッ、ピピーッ
「おや、リストフォンが鳴ってるね?もしかしてアリサ君かな?」
「んなわけねぇだろ」
偉王はムスッとした表情で腕時計を外すと、剣児の膝にそれを投げた。
ボタンを押して現れた半透明ホログラフには、少し間の抜けた感じのするサムの顔があった。
「あ、師匠にお客様ッス。なんか急用らしいッスけど、どうします?」
剣児は、サムの目線が偉王に向く様にする。
偉王も非実体の彼にチラリと振り向いていった。
少しがっかりしていることから明らかだが、剣児の言う通り少し期待していたらしい。
「すぐ帰るよ。ロビーで待たせといてくれ」
「まあ、仕方ないね」
そう言った剣児が彼に偉王の運転姿を映しているから、サムも会話をそこそこにして立体映像を消してしまった。
最近になって始まった本格的な世界的環境保護のおかげで、目に見える空も海も、200年前のムービーを見るよりいっそう青々としている。
そしてすぐに、その真下にある淡い白色をしたサム所有の10階建てホテルが見えてきた。
この島自体がリゾート列島の中でも一番小さい島であり、ここは唯一のホテルである。
ホテルの客もサムのクラスメートとその家族が主で、従業員を合わせて滞在総人口500人程度だ。
格納庫のある飛行場とホテル、そしてビーチはそう離れていないから、とてもコンパクトなプライベートエリアといっていい。
「やっぱり地球の空気はいいね。これについても、未だに降りてこられない他の人達に同情するよ」
剣児は背伸びをして言った。
それには偉王も同意見で、何にせよ地球でこのような休暇を過ごせることに関して、彼なりにサムに感謝している。
「で、アリサから何なんだよ?」
「ああ。アリサ君からの手紙、どうしよう?」
「……どうする、って」
「僕が読んでもいいかってこと。……あ、野暮なこと言っちゃったかな」
剣児は子供じみた笑顔を浮かべた。
「読めばいいだろ」
偉王はまたふてくされた顔をする。
「いやぁ、この島はまさに楽園だね」
それを見ない振りして剣児は海を見渡し、さもわざとらしく言う。
「なのに君は元気が無い。これは察するに、アリサ君がいないからかな?」
にやついた剣児を見向きもしないで、偉王は「読めばいいだろ」とまた呟いた。
それを聞いた彼は「そこまでいうなら」と笑顔で手紙を取りだし、またも仏頂面している運転手にそれを読んで差し上げた。
「ふむふむ。ディア偉王……えー、返事がわかるので―――」
Dear 偉王
返事がわかるので、元気ですか?なんて聞きません。
私は8年ぶり、北海道のミシマ家に来ています。
もう年末ということで、こちらの寒さもとても厳しくなってきました。
月面都市「ダ・ビラス」にも四季はあるけど、やはり自然の気候変化と人工のものでは、まだまだ
格が違うなぁと感心します。
もちろん天然の雪もたくさん積もっていて、今朝はみんなと一緒に雪掻きと雪合戦をしました。
あ、それから街に買い物に行ったとき、ガス式の旧式除雪車がブンブン走り回ってるのを見ました。
懐かしいなぁと思ってその後ろ姿を見てたら、ある大発見をしました!
実は、偉王が中学1年で私が小学2年の時にイタズラして怒られた、あの除雪車だったんです!
さすがにもう忘れちゃってるかな?
でも形式プレートに、あの時の恥ずかしい落書きがまだはっきりと残ってました。
その内容を思い出したら、きっと落書きを消したくなるでしょう。
だからもしそうなったら、すぐにこっちに来て。
そうしないといつまでも街の人の晒しものだよ?(笑)
それに、叔父さんも叔母さんも偉王にとても会いたがってます。
でも偉王は大学生になってから2年ぶりの地球だし、こっちに来たらすぐに風邪ひくかな。
だって、年中過ごしやすい気候の月キャンパスで真っ先に風邪ひくくらいだもん。
ところで、そちらの生活はどうですか?
二週間たったし、もう慣れましたか?
剣児先輩とサム君がいるから、偉王の生活も乱れてはないだろうと、私はとても安心(?)してます。
でも叔母さんは「偉王ちゃん、偉王ちゃん」って私の顔を見るたび言います。
多分「元気にしてるのかな?」って意味だと思うんだけど……やっぱり8年ぶりだからかな?
南の島にいるよって言ったら、いろんな意味で……すごく会いたそうでした。
あ、だからね、その、アラムに行く前に時間があったら、それで日本に寄れるなら、北海道にぜひ
寄ってください。
私も偉王が来るなら、それまでずっとここに居るつもりです。
そのときは連絡下さい……待ってます。
あ、でも、無理ならいいんだよ?
時間があったら、で。
P.S
そういえばこの前、義父さんがテレビの会見で偉王の話をしてました。
これまでもこれからも、自分にとって偉王は自慢の息子だ、って。
私には両親がいないから……こういうのいいな、って思う。
2年ぶりなんだし、日本に帰ってきて義父さんにだけは顔ぐらい見せましょう!
あ、でもほんと、北海道に来るのは無理しなくていいからね?
From アリス・リオ・シンクレア |