ガチャ……ン!
またも、金属音。
何か鎖のようなものを引きちぎろうとでもしているかのような音が、辺りに響き渡る。
「何の音だ、こりゃぁ……」
走りながら、器用に首をかしげた刃を、再び突風が襲った。
「何が何でも俺達を近づけたくないみたいだな」
服についた落ち葉や埃を払い落としながら、刃は顔をしかめる。
「あそこで滅多なことをしないほうがいいんですけどねぇ……」
うまいこと刃の陰に隠れ、今回は無傷だった真が腕組みをして小首を傾げる。
「んなこと言ってる割には、ずいぶん余裕だな、お前……」
憮然とした表情の刃。
「まぁ、あの別宮に手を出す輩なんて、業界内では相当の馬鹿ですからねぇ……」
シャラッと言ってのける真に、刃の顔が引きつる。
「……なぁ、もう一度聞いていいか?」
「何ですか?」
「その……この先にある分社のことなんだけどな。ありゃぁ、一体何なんだ? まさかとは思うけど、金銀財宝でも、隠してあるのか?」
「ああ、そのことですか? そういえば、さっき言いかけたままになってましたね。まぁ、参考になるかもしれないので、一応話しておきましょうか」
恐る恐る、といった風に尋ねた刃に、真は「なんだ、そんなことか」とでも言いたげな表情で答える。
真が語ったのは、おおよそ以下のような内容である。
さきほどから度々出ていた分社とは通称で、本来の名称は「糺宮神社遠野別宮」という。江戸時代に遠野別宮の宮司によって著された『糺宮神社縁起拾遺』によると、現在の聖華高校がある辺り一帯は、室町時代中頃に御料地として糺宮神社に寄進され、その御料地の鎮守として勧請・建立されたのがその始まりだという。
別宮には六世糺宮神社宮司織姫孝哉の弟・孝治が移り、以来、代々孝治の子孫が別宮職として別宮を管理し、三世別宮職治憲の時に詞咲氏を名乗った。15世紀末のことである。
だが、織田信長による天下統一事業が軌道に乗り始めた1573年、八世別宮職・詞咲智憲が継嗣を決めぬままに病死すると、長子保憲と次子晴憲との間に後継争いが勃発。当時の糺宮神社は、歴史が浅いとはいえ、船津郡に鎮座する船津八幡宮とともに岩城国一円の農民層や武家層から篤い信仰を受けており、この争いは当然のように詞咲家外の勢力の介入を受ける形となったのである。
「つまり、戦国名物のお家騒動が勃発したんですよ、そこで」
「わからんなぁ……たかが神社の後継問題だろ?」
「たかが神社だなんて、そんなこと言ってはいけませんよ。当時の宗教の力は、今とは比べ物にならないくらい強かった時代ですからね」
「なるほど。で、そのお家騒動は、結局どうなったんだ?」
「ああ、それはですね……」
このお家騒動に介入した勢力は、大きく分けて2つの系統に分かれる。
一つは長男保憲側を支援した、伯父の詞咲長憲と、彼が武将として出仕していた織田家中の勢力。当然、その上は織田信長に連なっている。いま一方は、次男晴憲を支援した糺宮神社本宮筋と、徳川家中の勢力。こちらは岩城国を支配している徳川家康に最終的には連なっている。これは、晴憲の母親が徳川家に仕える武将の娘であったことに起因する。
「まぁ、筋としては長男である保憲が後を継ぐべきなんですけどね、そこは実力本意の気風が高かった時代のことですから、そうそう悠長なことをいってる場合ではなかったんです」
「と、いうと?」
「長男保憲には、領主としての政治力や、武将としての器はあったんですが、肝心の霊力がほとんど備わっていなかった。次男晴憲は、その逆ですね」
「なるほどな」
「で、織田家筋としては、この際小うるさい霊能者連中を排除して、地元の民衆に与える影響を大幅に削っておこう、と考えたんですよ。民衆の心に訴えるには、政治力よりも霊力のほうがインパクトが大きいですからね。別宮の後には本宮まで、という考えは当然あったはずです。それに対して、本宮筋としては政治力云々よりも、霊力の有無をまず重視したんです。権力者に寄りかかるよりは、自らの手で信仰を広めようとした結果ですね。で、とりあえずはその本宮の意向が、勝手に領内を荒らされたくない徳川家中筋の意向と一致したんですよ」
だが、結局この内紛は当時の徳川家と織田家の力関係を象徴するような結果となる。
長男詞咲保憲と伯父長憲に率いられた織田家の軍勢によって遠野別宮は焼き討ちにあい、次男晴憲とその一族は社殿の中で残らず自刃。その後、改めて織田家の手で遠野別宮は再建され、保憲が別宮職を継いだのである。晴憲の後ろについていた徳川家は、それを指をくわえて見ているしかなかったという。
「その時代なら、何処にでもありそうな話だな」
「ところが、この話はこれで終わりではないんですよ。さっきも話したように、次男晴憲は相当の霊力を持っていた。それが無念な最期を遂げたんです。晴憲の霊は、当然のように祟りをなします」
「大宰府に流された菅原道真が雷神になったのと同じようなものか」
「ええ。結局、それから5年とたたないうちに保憲の後継ぎとなるはずだった男子はことごとく病死し、保憲自身も重い病に倒れたんです。さらには遠野別宮の管理下にあった糺宮神社領の田畑が相次いで凶作に見舞われ、本宮も大きな打撃を受けたんです。詞咲家を見限った本宮側はすぐに新しく別宮職を送りこみ、まずは晴憲の霊を慰め、同時にその霊障を封じることから始めた。それが、今の聖華高校内にある桜林の起源になっているといいます」
「なんだって? この桜林も関係してるのか!?」
現代にまで飛び火してきた話に、刃は目を丸くして聞き返す。うなずいた真は、さらに話を続ける。
「とりあえず名誉を回復する大祭を行って晴憲の霊を慰めた後、織姫家は霊障封じとして二重の手立てを行います。まずは、別宮の本殿の中にある、詞咲晴憲像に、織姫家に伝わる神剣を配し、像に宿った霊が動き出そうとするのを封じたんです。そして、その本殿の周囲には、本宮の境内に生えている神木の実から育てた苗を植えたんです。それが、今日になってこのような桜林になった、と、『糺宮神社縁起拾遺』は伝えています」
「で、その後どうなったんだ?」
軽くため息をつきながら、刃はさらに訊ねる。
「まぁ一応、霊障の方は何とか収まったんですが……よほど晴憲の霊の念が強かったのか、その後もちょくちょく訳の分からない現象が起きているんですよ。……例えば、自分にそっくりの人間を見た、とか……」
「おい!」
「別に隠していたわけではありませんよ!」
キッとした顔でにらみつけた刃に、真も負けじと怒鳴り返す。
「ただ、今回の場合はちょっと異常なんです。秋津先輩のように、自分とそっくりの人間に出くわす、なんてことはよくあったんですよ、昔から。でも、その後身体や精神に異常をきたし始めているとなると、今までとは別な何かが作用しているとしか考えられないんです」
「そこへ来て、さっきの突風だった、というわけか……」
「ええ……おそらく、あの金属音は社の封印を無理矢理破ろうとして起こった音でしょう。封印が破られたら大変なことになります! 刃、急ぎましょう!」
「お、おう!」
今一度顔を見合わせ、そしてうなずいた二人は、再び奥の方へと歩を進める。
しかし。
今度は先頭を切って進む真の脳裏には、ぬぐってもぬぐいきれない不安が、ふつふつと沸き起こっていた。 |