桜林を、全速で駆け抜ける刃と真。
「しかし、分社に手を出すような輩がいるとは思いませんでしたね」
と、神妙な面持ちで話し掛ける真。とても全速で走っているとは思えないほど、息が整っている。
「そういう輩に、思いあたる奴は居ないか?」
と聞き返す刃。
「ある事はあるんですが……。その可能性は低いですねぇ。それに、もしそうだとしても、聖さんから連絡があるはずですしね。」
「あぁ、この前あったときに聞いてたな。確かに聖さんから連絡がないってことはそっち関係じゃなさそうだな」
と相槌を入れる。聖とは氷浦市の裏の世界で情報屋をやっている、名前以外は謎の人物である。刃とは商売柄つながりがあり、その情報網は刃も信頼している人物である。
「となると、一体誰がそんな大それたことを……。単なる馬鹿だったりして……」
「……さ、さすがにそれは……、ねぇ」
一抹の不安(?)を感じながらも分社に急ぐ二人。それから分社につくまで無言だった……。
「これは…、まずい事になりましたね。御神刀が折られてます。…にしては妙ですね」
と、納得がいかないような顔で刃のほうに振り返る。
「妙って、一体何が妙なんだよ?その御神刀が折られてるだけだろ……」
怪訝な顔をしてたずね返す刃。
「御神刀が折られているというのに、霊力が感じられるんですよ。考えてもみてくだい、御神刀が折られているに何も起こってないじゃないですか」
「そういえばそうだな。その御神刀が封印の媒体になってんだろ?だったら晴憲の霊が現れるはずだからな。それじゃ封印は完全には破られてないって事か」
「いいえ、それはないと思いますね。御神刀が折れてはいるんですが、まっとうなやり方で折ったんではないでしょう。強力な霊力が宿っている刀を折るには、それ以上に強力な霊刀等で折るしかないんですよ。ですから……」
真が説明をしている最中に刃が声をかけた。
「単に、力で折ったんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょう。御神刀には強力な霊的磁場が発生していますし、強度のほうも普通の刀と比べるべくもありません。それよりもこんな事をしている場合じゃありませんね。とりあえず今から私が結界を張りますから、離れてください」
と言うと、2、3回深呼吸し複雑な印を組み始めた。真に言われたとおりはなれつつも周りに気を配り始める刃。やがて印と共に、強力な言霊を唱え始めだんだん強くなっていく。真の額に汗が浮かび始め苦しそうになっていき、顔が青ざめていく。真の仕事について行くことがある刃は、真の様子がおかしいことにふと気づいた。いつもより長いとは思っていたがこんなに苦しそうな表情は見せた事がないのだ。だが、刃にはただ待つことしかできない。やはり真の力を信頼しているとはいえ、最悪の場合を考えると不安であることには違いがない。刃が不安や苛立ちと戦いながら待っていると、一際力強い言霊を発して地面に膝をつき、荒い息を発しながら真が首だけをこちらにむける。
「ハァ、ハァ……何とか終わりましたけど、さすがに今回は骨が折れましたねぇ。さすがに道具もない状態で結界を張るのは無謀でしたね」
真の所へ駆け寄りながら
「大丈夫か、真」
と真に手を貸しながら起き上がらせる。
「大丈夫そうに見えます?」
疲れた顔で聞き返す真。
「あんま大丈夫そうには見えねぇなぁ。それよりどの位もちそうなんだ、こいつは?」
と、折れた所が青白く光る御神刀を指しながら尋ねる。
「そうですねぇ、もって一週間ぐらいですか。それまでにきちんとした結界を張るなりしないとまずい事になります。藤根先輩の事件どころじゃなくなりますよ」
神妙な面持ちで答える真。すっかり自分の仕事を忘れていた刃がばつが悪そうな顔をした。
「ひょっとして刃君、忘れてませんでした……?」
と呆れ顔でつぶやく。
「そ、そんな事はないって。それより、おまえはこれからどうする。俺は聖さんとこにいってくる。何か情報が入ってるかもしれないし、ちと気になることもあるからな」
「そうですか。じゃあ私は葛城さんの所へ行ってみます。聖さんによろしく言っておいてください」
と、今後のことを確認しあい返り始める。
「ところで真、帰り送っていこうか」
と言うと、
「絶対に遠慮します!」
と即答し、逃げていく真。
「そんなに怖かったか?」
氷浦市にある繁華街の裏路地にやってきた刃は、単車を止め古びたビルに入っていく。いかにも古いですと言わんばかりの建物の中をなれた様子で進んでいくと、地価に続く階段を降り始める。
「相変わらず古いねぇ」
等と言いながらも地下二階まで降りていき、周りに誰も居ないのを確認してから右手の壁を押し開いた。刃がとおるとすぐに閉じてしまい、周りの壁と同化してしまう。ここは裏世界の情報屋、聖の店の入り口である。中に入ると、今までとは違って新築同然のつくりである。ドアをくぐると椅子に座って後ろを向いている長髪の男に向かって
「こんちは、聖さん」
と声をかけると、振り返りながら
「ん、刃じゃないか、どうしたんだ?この前頼まれてたやつは、まだ調べがついてないぞ。それとも別件か?」
と振り向きながら答えてくる。
「あぁ、ちと厄介事が起きてね。その関係でひとつ頼みたい事があるんだ」
と言ってから、今までの事を話した。
「それで、糺宮神社の分社に手を出しそうな奴を見つけろと言うのか?」
と難しい顔で答える聖。
「それだけじゃ難しいぜ刃」
と言ってくる聖に
「それだけじゃないんだ聖さん。相手に相当手強い奴がいる。突風が吹いた話はしたけどその風に人の匂いが混ざってやがった。おまけに殺意もね」
あらかたの情報を聞くと、少し考え込んでからふと
「ちょっとそこで待ってろ」
と言ってから部屋から聖が出て行く。聖と入れ替わりに綾香が入ってきた。手に持っているコーヒーの入っているカップを手渡してから、刃の向かいの所に座る。綾香は聖の妹で二人で情報屋をやっている。
「最近、よく来るじゃないの。なんか厄介事?それとも私に会いに来てるとか」
と笑いながら言ってくる。
「残念でした。実は真関係の厄介事でね。て真の事、知らないっけ?」
軽く返しながら事情を説明する。
「前、刃が連れてきた人でしょ。この前来てたから知ってるよ」
と言ってから
「あ、いっけない。時間だ。ごめんね刃、仕事が残ってたんだった。今度遊びに行こうね。もち刃のおごりでね!」
と言ってから部屋から出ていった。
「相変わらずあわただしい奴……」
と言ってから、持ってきてもらったコーヒーを飲んでいると聖が部屋に戻ってきた。
「刃、何とかなりそうだぞ。2、3日待ってくれ。連絡はいつもの方法でするが、それでいいか?」
と聞いてくる。
「あぁ、そうしてください。そんじゃ……」
と言って、帰ろうかすると
「ちょっと待て。この事件、なんかきな臭いぜ。十分気をつけろよ」
と言ってくる聖に、振り向かず片手を上げて答えながらさっていった。刃が居なくなってからすぐに、顔色を変えた綾香が部屋の中に駆け込んでくる。
「刃っ、てあれ? 兄さん刃帰ったの」
慌てている妹に、落ち着くように促してから
「どうしたんだ? お前が慌てるなんて珍しいな。」
落ち着きながら語り掛けてくる兄に、落ち着いている場合じゃないと言わんばかりに
「さっき回ってきた情報で、どうも刃をかぎ回ってる奴がいるらしいのよ」
と、まくし立てる妹の言葉がおかしいらしく笑いだす聖。何がおかしいのよと顔で訴えかけてくる妹に向かって、すまなさそうに手を上げてから
「いや、刃がねらわれるなんて話は今まで何回あった?それに簡単にやられるような奴じゃないだろう、刃も裏で仕事をしてるんだぜ」
いつもの事と決めつけ部屋を出て行こうとする兄に
「いつもとは違うんだよ! 刃の事をかぎ回ってんのはあいつなんだよ!」
妹の言葉に、と言うよりはあいつと言う言葉に過剰な反応を見せる聖。
「なんだって! 帰ってきてたのは知ってたが、何故刃をねらうんだ……。相手が奴なら刃でもつらいな……。とりあえず刃に連絡をとるんだ綾香。それから奴に関する情報も、そうだな……昂矢に調べさせろ」
分かったと返事してから、入って来た時と同じようにはしっていく妹が部屋を出るのを確認してから物思いにふける。
「刃に関わると、ろくな事にならないな」
等と愚痴をこぼしながらも、頭の中をすばやく整理していく。情報屋として裏の世界でのし上がってきた聖は、この頭の回転の速さが最大の武器なのだ。ひとしきり考えをまとめてから、自分のなすべき事を迅速に始める。その顔は紛れもなく裏の世界で生きている男の顔になっていた。 |