同じ頃。
葛城と刃は、三名坂街道を北にむけて走っていた。
「御木城跡?」
話を聞き終えた刃は、怪訝な顔で葛城に聞き返した。
「ああ」
クルマのステアリングを握ったまま、葛城が短くうなずく。
「なんだってまたあんなところに……」
「司さんによると、当時御木城主だった御木家は晴憲の母親の実家にあたるんだそうだ」
「……それだけなのか?」
「いや……俺はそうじゃないと見ている。おそらく、晴憲は一度別宮に葬られたあと、御木城に転葬されたという見方が正しいだろうな。それでないと、何故別宮の正殿の中に晴憲の石像が安置してあったのか説明がつかない。もっとも、『縁起拾遺』の記述にあわせて後世の人間が祭り始めた、という可能性も否定はできないがな。ただ……」
「ただ?」
「石像の中から感じたモノの気配は御霊のものではない。もっと、別の何かだ。強力な結界で守られた別宮に別の何かを封じる必要に迫られて、晴憲の御霊を、彼の母親所縁の土地に移した、という考え方もできる。あるいは、晴憲の御霊を氷浦の守護霊に祭り上げて、その街並を一望できる御木城に移し、その霊力をあますところなくめぐらせることができるようにしたのか……」
「守護霊に祭り上げるだって? そんなことができるのか?」
「将門公や道真公がそのいい例だ。日本には昔から恨みをもって害をなす霊を祭って、逆にそれからご利益を引き出そう、という信仰がある。御霊信仰といってるがな。今では将門公は明神として関東の守り神になっているし、道真公が天神として学問の神になっているのは、お前も知っているだろう?」
「なるほどね……」
自分に言い聞かせるように、刃は何度もうなずく。
「で、あんたはどっちが正しいと思ってるんだ?」
尋ねた刃に、葛城は軽く笑みをもらす。
「さぁな。ただ、御霊は無理に封じるより、祭り上げてご利益を引き出したほうが得だし、そっちのほうが安全だろうな」
「……答えになってないぞ」
「自らの疑問に答えを出すのは他人ではない。いつだって自分自身だ」
あっさりと答えをはぐらかした葛城に、刃は思わず額に手を当て、天を仰ぐ。
まったく――真といい、この男といい、なんだって退魔士と呼ばれてる連中っていうのは、こんなにひねくれているのだろう?
「飛ばすぞ。ぺちゃくちゃやるのはいいが、舌をかむなよ」
言うが早いか、葛城は一気にアクセルを踏み込む。
「わったったったっ!」
襲い掛かる加速Gに備える間もなく、刃はシートに身体を押し付けられる。
「派手にチューンしてあるからな。しばらくおとなしくしてるんだな」
チラリ、と刃のほうに目をやりながら、葛城はホルダーにさしてあった缶コーヒーを口に運ぶ。
「それはいいから、ちゃんとハンドル握って運転してくれよ!」
顔を引きつらせて、刃は葛城に怒鳴り散らす。目にしたスピードメーターは、すでに130kmを計測している。
「わかったから、しばらく静かにしてろ」
ホルダーにコーヒーを戻すと、葛城は平気な顔でさらにアクセルを踏み込む。
人の気配が動き始めた早朝の三名坂街道を、二人を乗せた白いR33GT−Rが、そのさわやかな朝の大通りを駆け抜けていった。
「もう、起きておったのか?」
珍しく境内を掃除していた真を見て、司はいささか驚きを隠せない表情で尋ねた。
「ええ……。そうそう寝てもいられない状況だということは、わかっていますので」
箒を操る手を休めて、真はそう答えた。
「久しぶりに、正殿の中で瞑想をしていました」
「そう、か……」
驚異的な回復ぶりだった。
「ところで、別宮の封印はどうなっていますか?」
「昨日の朝、葛城君が見に行った。お前の張った結界のおかげで、まだ破れてはおらぬそうだ」
「そう、ですか……」
「その、別宮のことだがな」
箒を片手に、なにやら考え事を始めたらしい真に、司は遠慮がちに話し掛ける。
「はい?」
「どうも、あそこに封じられているのは詞咲晴憲の御霊ではないようだ」
「…………やはり、そうなんですか?」
「わかっていたのか?」
意外な反応に、司は目を丸くして真を見つめる。
「ええ。別宮に結界を張ったときに石像から感じられた気が、明らかに御霊のものとは違っていましたから」
「葛城君も、同じようなことを言っていた」
「そうですか」
うなずくと、真は一瞬北のほうに目を向け、そして、母屋のほうへと歩き始める。
「無理はするな。いいな」
「ええ……そのつもりです」
振り返ってうなずいた真の表情はすでに、1人の退魔士の表情になっていた。
葛城が三名坂街道を駆け抜けてから、およそ15分の後。
真がステアリングを操る黒のインプレッサが、街道を駆け抜けていった。
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