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12
 「お前にはココに来る途中に話したと思うが」
 晴憲の霊が封印されているという祠を眺めながら、葛城は城跡に設置されていた自販機で買った缶コーヒーを開けた。
 「御霊というのは無理に封じ込めるよりは祭り上げてご利益を引き出したほうが安全だし、得だ」
 「それで?」
 「ココで問題になるのは祠が向いている方角だな。氷浦市街の方を向いているか、それともあさっての方向を向いているかでココに晴憲の御霊を祭った目的の大体の見当がつく」
 言われて、刃は祠の向いている方角を眺める。
 「……手前から三名坂山古墳群、三名坂神社、三名坂街道、糺宮神社、氷浦城、氷浦駅、1号線、東名、氷浦湾、ってとこか。街を見下ろす、って感じで立ってるな」
 刃が一人でうなずく。
 「それで、だ。この空間は何かが封印されている場所にありがちな、『荒れた』気ではなくて、『安定した』気が流れている。御霊が二度と暴れださないように封印した場所ならこういうことにはならないし、何より、わざわざ獲物に向けて祠をたてるようなコトもしない」
 「じゃぁ、やっぱりあんたが行ってたとおり、晴憲の怨霊は氷浦の守護霊になってた、っていうのか?」
 「そういうコトになるな。何がきっかけでそうなったのかは知らないが……。ただ、ココにも織姫家の手が加えられているのは確かだろうな」
 そういうと、葛城は奥のほうに目をやる。
 つられて振り返った刃の視線の先には、桜の老木が花を咲かせていた。
 「桜……か?」
 葛城が無言でうなずく。
 「この桜は、ソメイヨシノとは別の種類だ。同じ桜が糺宮神社本宮の正殿の脇にあるし、別宮の境内や聖華高校の構内にもある」
 「……言われてみれば、そんな気もするな。でも、どうして桜なんだ? 学校の中はわかるとして、神社の中だったらもっと別の木を植えてもよさそうなもんだけどな」
 「その桜は、糺宮神社の由来に深く関わっているんですよ」
 一人離れて、電話でなにやら話していた真が、こちらに歩いてきながら答える。
 「織姫家の始祖糺宮が死ぬ時に、自分の墓の脇に桜の木を植えよ、と遺言したという、例のあの話だね?」
 「ええ」
 「糺宮、ねぇ……。糺宮神社の糺宮って、人の名前だったのか」
 「フルネームは糺宮智良親王。南北朝時代に活躍した退魔士で、後醍醐天皇の皇子ですよ。私のご先祖サマにあたる人です」
 「ふーん……」
 歴史にはあまり興味がなく、この辺りの歴史にも疎かった刃は、気のない返事をするほかない。
 「ところで葛城さん、さっきあんたは晴憲の怨霊が氷浦の守護霊になっている、って言ったけど、どうしてそんなコトがわかるんだ?」
 「さっき祠の中を見てきたが、あの中にはやはり晴憲像が置いてあった。氷浦の街並を見下ろすようにして、な」
 「それで?」
 「お前は何でもないことのように思っているかもしれないが、『見る』という行為は、呪術的には重要な意味合いを持つ。神話の神々は『国見』といって、自分の治める土地を遠望することによって、自らの霊力を行き渡らせている。それと同じようなコトだ」
 「神、ねぇ……。でも、この場合は怨霊だろう? 怨霊を神様と同じ扱いにしていいもんなのか?」
 「恐らくはな。ただ、晴憲が死んでから500年余りが立つが、その間氷浦地方で御霊が原因と思われる霊害が一度も怒っていないのは確かだ。毒をもって毒を制す――そんなところじゃないのか? 訳の分からん化け物による霊害は数限りなくおきているがな。恐らく、それは数多く御霊が眠っている氷浦という土地が住みやすいからだろう。まぁ、何にせよ、織姫家の管理がうまくいっていたのは間違いない。御霊が眠っている場所という場所にこの桜の木が植えてあるからな。真君はどう思う?」
 いきなり葛城に話を振られて、真は
 「うーん……」
と考え込む。
 「確かなことは言えませんが、葛城さんの言うことは大方あたっていると思います。ただ――」
 「ただ?」
 「桜に宿る霊力によって、数多の霊たちは御霊としてではなく、氷浦に根ざす地霊としてこの地を守っているのではないでしょうか?
 そして、その地霊たちの王として、晴憲の霊が君臨している。
 この桜の木は、糺宮の象徴です。そして、その意味するところは、悪を善に、闇を光に、邪を正に糺す――持ち合わせる性質を反転させることにあります。もちろん、結界としての機能も無視はできませんが、それはあくまで最終的な防御手段として講じられたものではないかと思います。恐らく、織姫家の先達たちは御霊となった霊を封印したり、あるいは滅ぼしたりするのではなく、土地の守護霊として新たに祭ることによって、氷浦という土地そのものが疲弊していくのを防ごうとしていたのではないでしょうか」
 「なるほど。確かに、封印したり滅ぼしたりするよりは、祭った方が払われるべき労力や犠牲は少ない。守護する霊の層が厚ければ厚いほど土地は栄えるわけだ」
 「結局、ここが破れたらとんでもないことになる、と言うコト自体は変わりがないのか?」
 「そういうことになるでしょうね。晴憲が再び御霊と化して動き出す可能性が高いですし、そうなれば氷浦市内に眠る霊たちも次々と目を覚ましてしまう危険があります」
 「なるほどな……」
 うなずいて、刃は祠に目をやり、ついで眼下に広がる氷浦市の街並を見下ろす。百万を越える人々が、何も知らずにそれぞれの生活を送っている。今、この街で御霊が暴れだしたら、パニックだけではすまされないに違いない。
 同じようなことを考えていたのか、真が緊張した面持ちで桜のほうを振り返る。


 花を満開に咲かせた桜は、時折吹き抜ける風に、花びらを舞わせていた。


 「今回ばかりは、かなり分が悪いな――」
 車のステアリングを握りながら、相田は一人つぶやいた。
 退魔士として培ってきた直感は、すでに逃げの体制に入っている。
 確かに、氷浦という土地はサンプルを収集するためには適した土地であった。数多の御霊が眠るその土地は魑魅魍魎が最も好む気に満ち満ちている。
 だが。
 それは同時に、人間にとって住みにくい土地であることを意味するのだ。
 それにも関わらず、氷浦がここまで繁栄しているということの意味を、連中はまったく理解していない。
 「その上、さらに御霊にまで手を出そうとは……」
 組織が接触を試みたのは、500年前に無念の最期を遂げた霊力者、詞咲晴憲。
 織姫家に血のつながる彼は、氷浦に眠る御霊としては恐らく最大級のものだ。
 相田に言わせれば、まさに狂気の沙汰である。
 組織が開発した技術は、まだ御霊を相手にできるほどのものにはなっていないはずなのだ。
 彼の頭をさらに悩ませたのは、葛城蒼雲が織姫真と行動をともにしている、ということであった。
 葛城がまだ駆け出しだった頃に何度か一緒に仕事をしたことがあるが、その頃から凄まじいまでの力を発揮していた。その葛城と、退魔士たちの間では既に伝説とさえなっている父・孝をも凌ぐという少年退魔士、織姫真。榊刃という少年はともかく、この2人が一緒にいては何をやっても勝てはしないだろう。
 と、なると――。
 「やはり、分断するしかないか」
 恐らく、こちらの相手となるのは葛城蒼雲。
 今回ばかりは、勝ちではなく引き分けを狙わねばならない戦いになりそうだった。
this page: written by Hikawa Ryou.
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