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14
 時は、氷浦署による交通封鎖が完了した頃までさかのぼる。
 聖からの情報を得た葛城が、一人、別宮の境内の中にたたずんでいた。
 「氷浦に眠る御霊に手を出そうなど……大それた真似をするな……」
 境内の中を一回りし、ついで社殿の中を確かめながら、つぶやく。
 視線の先には折れたまま淡い光を放っている御神刀と、晴憲像。
 「しかし、何の触媒もなしにここまでの結界を張れるとは……。真君は既に孝さんを超えたのかもしれないな……」
 感慨深そうに、葛城は目を閉じた。
 彼がまだ駆け出しだった頃によく一緒に組んで仕事をしていた、孝の姿が浮かんでは消えていく。
 初めて会った時のこと。
 一緒に仕事をしたときのこと。
 そして、死ぬ間際のこと。
 一緒に仕事をした時間はそう長くはなかったが、それでも、葛城の胸の中を数々の思い出がよぎる。
 しかし。
 その追憶も、長くとは続かなかった。
 隠すことを最初から放棄している、剥き出しの、いくつもの殺気。
 こういうシーンとしてはお約束どおり、それらの気配は自分の周りを囲んでいた。
 (……退魔士がいるのか……。まぁ、こういうコトをやろうとする連中なら当然のことだろうな)
 周りの気配を探りながら、葛城はゆっくりと、参道のほうを振り返る。
 「………お前か」
 鳥居の下にあらわれた人物に、葛城は短く舌打ちをした。
 「久しぶりだな、葛城……」
 まなじりを決してこちらを見つめていたのは――そう、それはかつて、一緒に仕事をしたことのある人物。
 相田数馬その人だった。


 同じ頃。
 澪は、悲鳴を上げながら目を覚ました。
 「はぁ、はぁ、はぁ……」
 半身を起こし、苦しそうに喘ぎながら、彼女は胸のところで揺れていたペンダントをギュッ、と握り締める。
 「真……」


 目の前で、真が苦しそうに喘いでいた。
 息をしようと開いた口から、大量の鮮血があふれ、噴きだし、血飛沫が澪の頬を紅に染める。
 生暖かい血液が頬を伝う。
 そして。
 助けを求めようとするかのように、真がこちらに手を伸ばした、その瞬間。
 凄まじい銃声ととともに、彼の身体がのけぞる。
 唖然、とした表情のまま倒れ臥した真の向こうに立っていたのは、自分そっくりの姿かたちをした、少女。
 目が合う。
 少女は、冷たい笑みをもらした――。


 ガラリ!
 ふすまが勢いよく開く音に、澪は現実へと引き戻された。
 見ると、瀬田が青ざめた表情でふすまを開けたところだった。
 「澪ちゃん!」
 「せ、瀬田さん……?」
 声を張り上げた瀬田は、かなり慌てていた。悲鳴を聞きつけて駆けつけたにしては、不自然すぎるくらいに、だ。
 怪訝な面持ちで、澪は瀬田を見つめた。
 「瀬田さん、時間がないわ。澪ちゃん、起きてるんでしょ?」
 すっかり気が動転してしまっているらしい瀬田を押しのけるようにして、一人の女性が入ってくる。
 「ゆ、ゆかりさん……?」
 入ってきたのは、三名坂ゆかりだった。
 フリーの退魔士をしているこの女性は真と親しく、澪も何度か会ったことがある。
 が。
 だからといって、何故、今ココにゆかりが……?
 しかも、その手には拳銃がしっかりと握られているではないか。
 あまりにも意外な人物の訪問とそのいでたちに、澪の頭の上におびただしい数の疑問符が浮上する。
 「あまりゆっくりと話をしていられる暇がないの。詳しいことは後で説明するから、私についてきてくれないかな?」
 キョトン、としている澪に、ゆかりはニッコリ微笑みながら、しかし否定の余地をまったく残さずに話し掛ける。
 「え……あ、はい……」
 優しく微笑みながら、その実目がちっとも笑っていないゆかりに気圧されたのか、澪は何も考えずに返事をしてしまう。慌てて瀬田の方に目を向けると、彼もまた、思いつめたような表情でうなずいてみせた。
 どうやら、ここはゆかりに従うしかないようだった。


 「お前、自分で自分のしていることをちゃんと理解できているんだろうな」
 じりじりと包囲の輪を狭めてくる「その他大勢」の男達と自分との距離を計算しながら、葛城は相田に尋ねた。
 「わかっているさ。晴憲の御霊がどこにいるのか、そしてその封を破ればどうなるのか、何もかも、な」
 「ふん……御霊を解き放って、それからどうするつもりだ。新たな開発素材としては、身に余る代物なのだろう?」
 相田の顔に、わずかだが動揺の色が走る。
 「協力者がいてね。お前達のことはあらかた聞かせてもらった」
 「なるほど……それなりに頭は回る、というわけか」
 「ああ。……少なくとも、お前達全員を一度に相手にしようとは考えない程度にな!」
 言うが早いか、葛城はスッ、と片膝をついて地面に手を置き、一言
 「ブレイク!」
 と叫ぶ。
 次の瞬間。
 ドン! という音とともに、ジリジリと葛城に近づいていた男達の全員が空中に吹き飛ばされ、4、5mほど離れた所に叩きつけられる。
 地中に埋めていた何かを爆発させたらしく、辺りにもうもうと土煙が立ち込める。
 「相変わらず無茶な真似をする」
 土埃に目をやられないように顔をかばっていた相田が、チラリ、と「その他大勢」の男達に目をやりながらニヤリ、と笑みをもらす。
 地面に叩きつけられた男達は皆意識を失ったのか、ピクリ、とも動かない。
 「あいにく、敵のことまで心配できるようなお人好しではないのでな」
 答えた葛城もまた、笑みをもらす。
 「来い、相田……氷浦の禁忌を犯した罪を、その身をもって償わせてくれよう」
 「ふん……俺は連中のようにはいかんぞ。いいな」
 対峙した二人の顔から、笑みが消え、手にした得物を抜き放つ。
 互いの身体から凄まじい気が立ち昇るのを、葛城、そして相田は身をもって感じていた。
 そして――二人は、瞬時に間合いを詰めにかかった。
 「てやぁぁぁッ!」
 「タァァァッ!」
 ガキンッ!
 二人の繰り出した白刃がぶつかり合い、火花を散らした。


 「じゃぁ、瀬名君、後のことは頼んだわよ」
 織姫家のガレージの中で、ゆかりが車のドアを開けながらそばに立つ若い男に声をかける。
 「ああ。俺と司さんで何とか持ちこたえるから、その間になるべく遠くまで逃げてくれ」
 やはり拳銃を片手に、瀬名は厳しい表情でゆかりに答える。
 「わかってるわ。それじゃぁ、瀬田さん、藤堂さん、お願いします」
 うなずいて運転席に乗り込み、車のエンジンをかけると、ゆかりはガレージの入り口に立っている瀬田と藤堂に合図を送る。
 「ちょっと揺れるかもしれないけど、我慢してね」
 かっちりとシートベルトを締め、ステアリングを握ると、ゆかりはすでに助手席に乗っていた澪にニッコリと笑ってみせる。
 「はい!」
 力強くうなずいた澪にウインクをすると、ゆかりはキッと前をにらみつけた。
 電動開閉式になっているガレージの出入り口が、ゆっくりと口を開けていく。
 「Ready……Go!」
 ガレージの扉が全開になった、その瞬間。
 澪とゆかりをのせた真紅のRX−7が、手に手に物騒なものを握った男達を蹴散らしながら、夜の街へと飛び出していった。


 ガキ……ィンッ!
 別宮の境内の中に、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。
 「ク………ッ」
 「ヌゥ……ッ」
 戦いが始まって幾度目かのつばぜり合いも決着がつかず、葛城と相田は再び間合いを話そうと後ろに跳び退った。
 「ハッ!」
 地面に着地するのと同時に、相田が霊波を放つ。
 「ブレイク!」
 相田よりわずかに先に着地した葛城が、男達を吹き飛ばしたときと同じ態勢で地面に片手をつき、一声、叫ぶ。
 途端、大音響とともに地面が爆ぜ、相田の放った霊波を相殺する。
 あらかじめ地面に仕込んでおいた呪符を、葛城が爆発させたのだ。
 が、それを読んでいた相田は霊波が相殺された瞬間を狙って踏み込み、上段に振りかぶった刀を一気に振り下ろす。
 ガキン!
 土煙の中から振ってきた白刃を、葛城は手にした刀で受け止める。そして、空いていた左手で懐から呪符をつかみ出すと、目の前に現れた相田の胸にそれを押し付け、口の中で短く呪文を唱える。
 ボン!
 という音ともに、指向性の衝撃波が相田を襲い、空中へと放り投げる。
 4、5mほど離れたところに、相田はうまく体制を整えて着地した。
 「てぇいッ!」
 着地を狙おうと踏み込んできた葛城に、相田はカウンターの霊波を叩き込む。
 巨大な物体に体当たりを食らわせられたような衝撃を受けて、葛城はその場によろめき、その間に、相田は間合いを離し、体勢を整える。
 「はあ、はあ、はあ……」
 霊力の消耗が激しい。
 手持ちの霊力を直接放つ相田と、あらかじめ呪符にこめられた霊力を使う葛城とでは、やはりスタミナの面で差が出る。さらに、葛城の場合は呪符が切れたとしても今度は手持ちの霊力を使って攻撃ができる分、相田の方が圧倒的に不利だ。
 (やはり、まともに戦って勝てる相手ではないな……)
 そろそろ引き時を考える時期だ。
 だが、それ相応のダメージを葛城にも与えておかなければならない。たいした傷も負わせずに葛城を御木城に戻らせることだけは阻止しなければならないのだ。
 だが。
 葛城は相田の攻撃をことごとく受け止め、さらに反撃まで加えてくる。
 葛城をひきつけ、さらには重症を負わせて御木城へと戻らせないようにする。
 相田の立てた作戦は、もろくも瓦解しようとしていた。


 「ったく、たったこれだけの人数にどれだけの人間を集めたんだ?」
 空き部屋のカーテンの隙間から外をのぞきながら、瀬名は悪態をついた。
 JGBA経由での葛城の要請でゆかりとともに織姫家に到着した途端、ガラの悪い連中に周りを囲まれてしまったのだ。
 司や孝、さらには真の職業柄、こういうことにある程度慣れていた瀬田や藤堂をはじめとする糺宮神社の神職達はともかく、真と親しいという以外はただの民間人にしか過ぎない澪を置いておくのは危険だと判断し、ゆかりが敵の真っ只中を突破して連れ出したのがつい先ほどのことだ。
 時折、銃弾を受けて母屋のガラス窓が割れる音がするが、それ以外はこれといって変化はない。司の霊力を恐れているのか、それとも単に織姫家を包囲して封じ込めに入るのが目的なのか、周りを取り囲んでいる男達が中に踏み込もうとするような気配は見られない。
 今のところ、被害状況は威嚇射撃で割られた数枚の窓ガラスのみである。
 だが、連中はここに至って騒ぎを拡大させたくないのか、サイレンサー付きの拳銃を装備しているらしい。
 おかげで、銃声は聞こえないくせに窓ガラスだけが派手な音を立てて割れていく。
 「これじゃぁ、威嚇射撃というより脅迫だな……」
 再び悪態をついたその時、部屋の中に藤堂が入ってくる。
 「どうだった?」
 「まずいですよ。機動隊も広域特務課も近くにいる退魔士も全員出払ってしまってて、こちらにはこれないそうです」
 「じゃぁ、俺達だけでココを守る羽目になるのか」
 「ええ……今のところ連中が踏み込んでくる気配はありませんがね」
 「それにしても……なんだってまたこんな人数で囲んでるんだ?」
 「やはり、晴憲の御霊と何か関係があるんでしょうか?」
 「大ありだと思うぜ。でなきゃ、こんな人数では来ないだろうよ」
 瀬名が言った瞬間、母屋の窓ガラスが派手に割れる音が響く。
 「多勢に無勢なのをいいことに、好き放題やりやがって……」
 瀬名が毒づく。
 織姫家を包囲する敵の網は、さらに厚くなろうとしていた。


 「さて……無事に脱出したのはいいんだけど、どこに行こうかしら」
 あらかたの事情を澪に説明し終えたゆかりは、大きくため息をついた。
 「どこか、あてはあるんですか?」
 意外と冷静な面持ちで、澪が尋ねる。
 「うーん……普通なら真君の会社や葛城さんのとこに逃げ込めば何とかなるんだろうけど、運悪く両方とも人が出払っちゃってて、無人なのよねぇ……」
 「じゃぁ、安全なとこなんてどこにもない、っていうことなんですか?」
 「まぁ、早く言うとそうなるかもね。本当は高速に乗ってそのまま県外に脱出したいんだけど、インターチェンジなんてとっくの昔に張り込まれてるだろうし……」
 そういうと、ゆかりは無造作にステアリングを切って裏通りに入り、後方を確認する。
 「……どうやら、尾行はついてないみたいだわ」
 さらに角を2、3回ほど曲がったところで、ゆかりがほっとしたようにため息をつく。
 「ゆかりさん……」
 「何?」
 「真の所に、連れて行ってください」
 「……え?」
 澪の言葉に、ゆかりが間の抜けた声を出す。
 「真の側に、行きたいんです」
 「『真の側に行きたいんです』って……あなたねぇ……」
 「安全な所なんてないんでしょ? どうせ危険な目にあうのなら、真の側にいたいんです!」
 胸のペンダントをギュッ、と握り締め、思いつめたような瞳で、澪がこちらを見つめる。
 「そ、そりゃまぁ、そうなんだろうけど……でもねぇ……」
 ステアリングを派手に切りながら、ゆかりが思いっきり躊躇する。
 今この少女を真の元に連れて行けば真がキレそうで恐いが、彼女を真の元に連れていかなければ、恐らくはこの少女がキレてしまうだろう。それはそれで十分恐いかもしれない。何せ相手は「恋する乙女」なのである……。
 (瀬名君、だから私にこの役を押し付けたのね……)
 澪を織姫家からどこかへ連れ出そう、ということになったとき、何故に彼が引きつった笑みを浮かべながら「どうせなら女同士のほうが何かと都合がいいだろう」とかなんとか言って引き受けたがらなかったのかを、ココに至ってようやく理解した、ゆかりであった。
 「んー………」
 頭を思いっきりかきむしりたくなる衝動をこらえながら、ゆかりは悩みに悩んだ。
 (とりあえず目先の危険だけは回避しとかないとね……思いっきり後が恐いけど)
 自分に言い聞かせるように何度も一人でうなずくと、ゆかりは決断を下した。
 「わかったわ。真君のところに行きましょう」
 「本当ですか!?」
 ゆかりが言った瞬間、澪の顔がぱっと明るくなる。
 「この期に及んで冗談を言えるほど、私の心臓は丈夫にできてないわ」
 引きつった笑みを浮かべたゆかりを、今度はキョトン、とした顔で澪が見つめる。
 「じゃぁ、車の向きを変えるから、ちゃんと体を支えててね」
 言うが早いか、ゆかりはなんのためらいもなくサイドブレーキを引く。
 キュキキキキキキッ!
 派手な音を立てながら、二人を乗せたRX−7が進行方向を綺麗に反転させ、御木城跡に向けて疾走を始める。
 見る者が見ればそろって眉をひそめるようなタイヤ痕が発見されたのは、翌朝のことであった。


 戦いは、ほぼ勝負を決しようとしていた。
 半ば捨て身の攻撃もあっさりと葛城の張ったトラップに潰されてしまった相田は、もはや戦意を喪失していたのだ。
 「まだやるか?」
 まるで映画の悪役のようなセリフで、葛城が相田を追い詰める。
 「クッ……」
 前身を走る激痛に、我知らず呻き声が漏れる。
 葛城の力は、相田の憶測を大幅に超過していた。
 そして何より、葛城より後にここにきたのがいけなかった。
 あちらこちらの地面が、葛城の仕掛けたトラップのせいで焼け焦げている。
 あえて葛城が駄目を押しに来ないのは、自分が圧倒的に優位に立っているからであろう。彼が映画の悪役で、相田が絶体絶命の窮地に追い詰められた正義のヒーローだったならば、ここで葛城の絶対的優位に何らかのほころびがでるところなのだが――残念ながら現実はそんなに甘くはないし、この場合、相田はどちらかといえば正義のヒーローではなく、悪役のほうであった。
 「このままでは……絶対にすまさんぞ……」
 「……いい年して、お約束のセリフをはくんじゃない」
 苦しげな表情で後退る相田に、葛城は涼しげな表情で言い放つ。
 そこまで言われて、しかし何もできずに、相田は撤退した。
 これまで彼が味わってきた中で、最大の屈辱であった。


 結局、相田の立てた葛城足止め作戦は、見事なまでの失敗に終わった。
this page: written by Hikawa Ryou.
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