葛城が、相田数馬と争い出した頃まで時をさかのぼる。
「どうも腑に落ちないな」
先ほどまで自分達を襲っていた相手を縛り終えた後、刃がつぶやく。
「何がです?」
先ほどの戦いで少し傷を負った真が、傷の手当てをしながら聞き返してくる。
「いや、お前の話では間違い無くこっちが本命なんだろ?だとしたら本体がこれだけってのはおかしいだろう。それに間違い無くあいつもくるだろうしな」
自分の考えを整理しながら答える。
「いわれてみればそうですね。ところであいつって誰の事です?」
さらに聞き返してくる真に、簡単にこの前の襲撃者の事を話す。
「……ていうわけさ。間違い無くあいつもくるだろうと思ってたからな」
刃の話を聞いて
「単にあなたの日ごろの行いが悪いからじゃないんですか?」
もう慣れたが、真はにこやかに悪意の無い辛辣な事を言ってくる。
悪意が無いところが余計に性質が悪いようで、
「相変わらず痛い事言うなお前」
苦笑しながら答える。
「身に覚えがあるでしょう。そんな事よりそう言う人がこなかったという事は……さっきの人達はおとりですかね?」
「いや、おとりならもうとっくに何かしてきているはずだろ?何もしてこないという事はこっちが消耗するのを待ってるんじゃないか」
真の仮説をすぐさま否定する刃。
魑魅魍魎関係はさっぱりだが、このような駆け引きは専門分野だった。
「なるほど、って感心している場合じゃないですね」
手のひらをパチンと合わせながら言ってくる。
そんな会話をしているとピリリリリリ、という音がしてくる。
音は真のバッグの中から聞こえてきている。
「電話だぜ真」
その音を聞いて電話の音に気づいていない真に教える。
「あ、本当ですね。誰からでしょう?」
そういいながらバッグの中から携帯を取り出す。
液晶の画面を見て誰からの電話なのかを確認する。
「家からですね。めずらしいな」
そう言いながら携帯をとり話し出す。
「はい、もしもし……何ですって、はい分かりました」
電話をとって話し始めた真の顔がだんだん青ざめていくのが分かる。
「そうですか、ところで澪はどうしてるんですか?」
話はまだ続いている。
「ゆかりさんが……。えぇ、こっちの方は今のところ大丈夫ですが」
かなり深刻な話のようだ。
(こいつが、ここまで青くなるってことは今まで見たことがないな)
「えぇ、分かりました。こっちが片付いたらすぐに」
そういうと真は電話をきった。
「まずい事になりました」
青ざめた表情のまま刃のほうに振り返りながら話し掛けてくる。
「どうした?」
そう答える刃に向かって、
「家のほうが襲われているみたいなんです。それと……澪がこっちに向かってきているみたいなんです」
その言葉を聞いた刃が凍りつく。
「なんだって、家のほうに来るって事はお前ん家にけんか売ってきたって事だろう。それよりも問題なのは……」
「えぇ、澪がここに来るって事ですね」
「だな」
その後二人のため息が重なった。
ピリリリリリリ、ピリリリリ……。
携帯がなっている。どうやら今回の仕事の雇い主からのようだ。
「もしもし」
無愛想な態度で出る。
「国府田か、そっちのほうはどうなっている。」
「あぁ、今先発隊が行ったところだが」
事務的な態度で答える。
「行ったところだがだと、お前は何をしているんだ!」
怒鳴りつけてくる所を見ると、どうやら相田のほうはうまくいってないようだ。
「物事には順序ってものがある、あくまで先発隊が行ったところだ。本隊はやつらに神社のほうの情報が回ってから出発する。」
そう言うと幾分か冷静な声で聞き返してくる。
「そうか、しかしこっちの方はうまくいかなかった。葛城がそっちに向かうまでには……」
「そうか。しかしこれだけ時を稼げば十分だろう。ちょっと待ってくれ」
そう言うと近づいてきた男のほうを向く。どうやら相手のほうに情報は伝わったようだ。
「今、向こうのほうに情報が回ったようだ。これから出発する。」
後ろに控えていた男にも聞こえるように言う。国府田の考えを察して外に走っていく。
「私もそっちに向かうことにする」
「分かった。」
そう言うと電話を切る。やっと自分の番が回ってきたようだ。
この前のように手加減をする必要はない。
キュルルル……。
真紅のRX−7が三名坂街道を疾走する。
隣に澪を乗せたゆかりの愛車である。
「もう少しでつくわよ、澪ちゃん」
事の次第の深刻さがいまいち分かっていない澪が元気よく首を縦に振る。
澪にとって今回の事件などどうでもいい事だった。と言うより、澪にとっての重要事とは真がかかわっているかいないかだけだ。
「真、大丈夫かな……」
澪は隣にいるゆかりには聞こえない声でそうつぶやく。
あたりは不自然なほどに静かだった。
時折警察官の姿が目に付くだけでほかには野次馬一人としていない。
「あれは……」
そうつぶやいたゆかりの見たものは、普段では決して見受けられないものだった。
「えっと、何をしてるんですかね?」
とやはり現状を理解していない澪がにこやかな笑顔で言ってくる。
(本当に真君以外は関係ないのね。これぞ恋する乙女は無敵ってやつかしら……)
頬を引きつらせながら、何とか保っている笑顔で澪に答える。
「さぁ、鬼ごっこでもしてるんじゃないかしら」
(瀬名君、覚えてなさいよ。帰ったら目に物見せてあげるわ)
ゆかりが行き場のない怒りを、厄介事を自分に押し付けた相手に向けたときと、厄介事を押し付けた瀬名がくしゃみをしたのは同じ時だった……。
「ふぅ、引いたか」
相田を撃退した後、葛城がそう漏らした。
あたりはすごい有様だ。
きれいにならされていた地面は田んぼのように荒らされ、気を失っている男たちがそこかしこに倒れている。
「まったく情緒のかけらもない」
あたりを見回しながらそう言う。
実際のところはほぼ葛城の仕掛けた呪符によるところのほうが大きいようだが、そこの所は葛城に言わせれば「飛び掛る火の粉を払った」という風になるようだ。
「やはり時間稼ぎのようだな。となると真君たちは苦戦しているかも知れんな」
あたりには一瞥もくれずに車のほうに行こうとするが、ふと思いとどまり携帯を取り出してメモリに登録されている番号へとかける。
「もしもし、葛城だが……、あぁ、そうだ。やはりこちらの方はおとりだったようだ。俺もこれから現場に行くが、こっちのほうの後処理を頼みたいんだが。… …それもあるが、境内のほうが荒れているんでそっちのほうにも連絡を取っておいてくれ」
相手が了解の意を出すと、電話を切りまだ気絶している男たちを一箇所に集め始める。
本当ならば、一刻も早く刃や真のところへ行きたいのだがここをそのままにしておくわけにもいかず、後のものが来るまでの間にできる事をする。
「無理をしなければいいけどな……」
そうつぶやいた葛城の言葉を聞くものは、微風にうたれ空を舞う桜の花とはるか天井で輝きを放つ満月だけだった……。
その後分社から真っ白のGT-Rが飛び出していったのは、ゆうに半刻ほどたった後のことだった。
そうして、晴憲の御霊をめぐり、関わったものたちが御木城跡に集結しはじめる。まるで晴憲の御霊に導かれるがごとく……。
一陣の風が吹き抜ける。
風にさらされた桜の花が飛び散り、桜吹雪が舞う。
あまりに現実離れした後景の中、刃と真は桜吹雪に見え隠れする集団を見やる。
「どうやら、本隊のご到着のようだぜ」
頬に汗を貼り付けた刃が、迫る集団から目をはずさないまま言ってくる。
「そのようですね、……あなたの言っていた人は、あの中にいるのですか?」
真剣な表情で前を見据えている真は、刃と同じく汗をかいていた。
決して暑いわけでもなく、ただ前から来る集団を見ているだけで冷や汗が出てくる。
「あぁ、間違いなくあの中にいる。聞かなくても分かるだろ? あいつら、いや、あいつを見ているだけで冷や汗が止まらない。敵意なんて生易しいもんじゃないぜ、こりゃ殺気だ」
刃の答えを聞くまでもなくそんな事は真にも分かっていた。
仕事柄、身の危険を感じることはある。だがあくまで自分の専門分野の中での話である。
いくら霊力が強かろうと、生身の人間を相手には葛城のような符術使いならいざ知らず、真のように直接霊力を叩き込むようなタイプには生身の人間相手だと分が悪い。そちらは刃の専門分野である。この場の真の立場は、少し特別な力があるだけで普通の高校生でしかないのだ。
「こりゃ分が悪いな……、アイツ一人でも俺の手には余りそうなんだがな」
そう言うと手に持っていた細長い包みを解き、中にある刀を取り出す。
「何ですかそれは?」
まことが半目になって聞いてくる。
「先程、私のバッグの中身を散々文句言ったくせに、自分もそんな物持ってきてるじゃないですか」
そういう真に向かって刃が薄く笑いながら答える。
「銃よりはマシだと思うがな。それにこいつは刃引きしてある」
刀を抜いて、刃の方を見せる。
「そんな問題じゃないと思うんですが……」
こんな状況で軽口をたたけるあたりは、さすがに二人ともそれなりに修羅場をくぐって来ているからだろう。
「それよりも、今度はさっきの様にはいかないぜ。大丈夫か?」
真剣な顔に戻り言ってくる。
「何とか自分の身は守れるとは思いますけど、正直あんまり自信はないですね」
心持真の顔が青ざめている。先程の戦いの疲れもあるようだ。
「いいか、やばいと思ったらすぐに逃げろよ」
そう叫ぶと刃は走り出す。
刃が走り出すのを見て相手も動き始める。
何人かは左右に散って刃を囲むように動く。
先日刃を襲撃した男は少し離れた所から刃を見据えている。
真正面から突っ込んでくる男を、刃は容赦なく薙ぎ払う。
刃の手に嫌な感触が伝わってくる。
間違いなく相手のあばら骨の2、3本は折れただろう。
しかし刃に手加減している余裕は無い。
時間がたてばたつほど刃たちが不利になる。
木刀を持った男が、手に持ったものを打ち付けてくる。
「てぃ」
それを気合の声とともに打ち払う。相手の木刀が中程から切れて中を舞う。
刃引きの刀と言えども、刃ほどの実力を持ってすれば切る事もできる。
そのまま無防備な腹に鞘で突きを入れる。
仰向けに男が吹き飛ぶ。
「ちっ」
そう言いながら、後ろにスッテップする刃。
あたりを見回して、相も変らぬ状況にため息が出てくる。
「さてどうするかね。真のほうは……大丈夫のようだな」
後ろを振り返りもしないでそう言う。
真の手に握られた凶悪な獲物で撃退される哀れな襲撃者たちの声が後ろから上がっている。
息を整えてから刃が疾走する。
「ハッ」
気合の声と共に振り下ろされた刀によってなぎ倒された男の後ろに、ヤツがいた。
刃の周りに、いかんともしがたい空気が流れる。
「やっぱりアンタか」
体の奥底から湧き出てくる、恐怖と言う感情を飲み込みながら言い放つ。
「悪いことは言わん、この場所から去れ」
何の感情もこもっていない声でそう言ってくる。
「そうできれば、いいんだろうけどな。そういうわけにもいかない」
そう言うと体を半身に構え、刀を男に向け水平に構える。
「アンタ、名前は?」
身じろぎもせずそう聞く。
「なぜそんなことを聞く。知ったからと言ってどうなるわけでもないだろう。」
無手のままに腰だめに構えを取りながら言い返してくる。
「単なる好奇心ってやつさ。よかったら聞きたいもんだが」
あたりにいる男たちのことを完全に視界から消し去ってそう聞く。
男たちも真を標的に変え離れていく。
「戒だ。国府田戒。」
国府田と名乗った男は一歩踏み出す。
「そうかい、なら国府田さん。行くぜ!」
そう言うと一気に近づいて、突きを放つ。
国府田の首を狙った凶悪な突きだ。
あたれば間違いなく死ぬような突きをわずかに首をそらしてよけると蹴りを放ってくる。
「ぐっ」
突きを出していたためかわす事ができずにもろに受けてしまう。
それでもひるまずに肩口を狙った一撃を放つがそれもよけられる。
「くそっ」
少し間合いを取り相手を見つめる。
(まだまだ余裕ってか)
今度は国府田の方から仕掛けてくる。
「ふんっ」
とどくはずの無い所から裏拳を放ってくる。
しかしその届くはずの無い拳が、正確にはその拳に握られていたモノが刃の頬を打ち付ける。
「なっ、なんだ。」
思いがけない国府田の攻撃に刃が吹き飛ぶ。
「暗器か。なかなかせこい手を使うな」
そう毒づく。
「刀を持っているやつが言うせりふか。」
国府田が刃に言い返してくる。
「ハンデってやつだ」
刃は打たれた所を手で抑えながらも立ち上がる。
まったく持って厄介な相手だった。
今まで刃もいろんな修羅場をくぐってきたが、ここまで強い相手に出くわしたことが無い。
しいて言うならば刃の父親か、刃を裏の世界へ引き込んだ男ぐらいのものだった。刃の父親は、中学生の頃に行方をくらましどこにいるか分からない。そして刃をこっちの世界に引き込んだ男も、すでにこの町にはいない。
刃の脳裏に、過去のことが浮かび上がる。
「くくくっ、そんなんじゃいつまでたっても俺をこえられないぞ」
自信満々の顔で言ってくる父親の顔が浮かび上がる。
「そんな事じゃ、この世界じゃ生きていけない。もっと修行しろ」
ポーカーフェイスを決め込んだ、父親がいなくなってから刃を養い、この世界へ引き込んだ男の顔が次に浮かび上がる。
(何だよ、こんな時に思い出すなんて縁起でもない。)
「そうだな、あいつらに比べりゃどうって事ないか」
そう言うと、相手を見据えてさらに気合を入れなおす。
顔が笑っていたのだろうか、国府田が怪訝な表情をする。
刃が国府田に向かおうとしたその時、刃の後ろから真の悲鳴が上がる。
慌てて後ろを振り向くと、地面に倒れふした真の姿が目に飛び込んでくる。
「真!ちっ、絶体絶命ってか」
真のほうに助けに行くわけにもいかずに刃が立ち尽くしていると、急に真を襲っていた連中が吹き飛ばされる。
「何だ?」
吹き飛ばされた男たちの所に呪符が舞っている。
どうやら、葛城が駆けつけたらしい。
その後、倒れた真に向かって走ってくるこの場には似つかわしくない女の子が目に付く。
真のそばに行くと名を叫びながら肩をゆすっている。
真のほうは大丈夫のようだった。
「さて、形勢逆転のようだぜ」
刃と相対している国府田に向かい声をかけると、
「そのようだな」
そう言い、あたりを見回す。
「そろそろ潮時か……、ふん、いまさら来たか」
国府田の後ろから相田が現れる。
「失敗のようだな、国府田」
そう声をかける相田の格好はひどい有様だった。
「少し時間が足りなかったようだ、俺はそろそろ引かせてもらう。もう十分仕事はしたからな」
そう言うと、相田の返事も聞かずにこの場所から離脱する。
「まて!」
刃が叫び後を追おうとするが、いつの間に近寄ったのか葛城が止める。
「追う必要は無いだろう」
肩をつかみ静止の声をかけてきた葛城に振り向くと、刃がしぶしぶ首を立てにふった。
「さて……お前はどうするんだ、相田」
一人取り残された相田に向かい声をかける葛城。
「ちっ、今回は引く」
そう言い、相田もまたその場から離脱していく。
「真、大丈夫か」
相田が完全に見えなくなってから倒れた真のところに向かう。
「えぇ、何とか大丈夫のようです」
疲れきった笑みを見せながらもそう答えてくる。
「そうか、何とか終わったようだな」
そう言うと刃はその場に崩れるように座り込む。
「さすがに、今回はしんどかったな」
そう言う刃たちの周りは、今まさに最高潮の桜が咲き乱れていた。
「綺麗ですね」
真がそうつぶやく。
「そうだな、花見には丁度よさげだな」
その場に座り込んでいた刃も、あたりを見回す。
「今度、花見でもしませんか。事件が片付いたあとにでも」
真の言葉に、刃は笑みを浮かべながら、ゆっくりとうなずいた。 |