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 「じゃあ、ちょっと部屋の鍵を取ってくるから先に行っててくれるかな?三階だから」
 と刃と真に声をかけると夢人は一階のオフィスに入っていく。刃はその言葉に頷き
 「じゃあ、真と先に上がってます」
 と声をかける。そのやりとりを見ながら目を細めつつ真が
 「刃、ところで昨日何を話したんですか?」
 「ああ、まあ仕事の事とかその辺だな」
 「そうですか、じゃあこの間の事も話したんですか?」
 「ああ、あの件をかいつまんで話したよ。核心部分には触れても居ないけどな」
 話しながら二人は階段を登っていく。
 三階に登ると刃は先日澪と三人で話した部屋向かった。


 一方、記桜出版の一階オフィスに入っていった夢人は編集長に呼び止められていた。
 「梓瞳〜!! でかしたぞ。もう捕まえたか、例の高校生」
 「あのう、その件なんですけど……たぶん無理っすよ?」
 頭をぽりぽり掻きながら夢人が答えると
 「なんでだ?今連れてきてるんだろう?」
 と不思議顔で聞いてくる編集長に困惑顔で
 「だって、片方はあの桜坂総合警備の人間ですよ?」
 と洩らすと、編集長は一言
 「ま、とりあえず食い下がってみてくれ」
 と背を向けようとする所を夢人はすばやく回り込むと
 「んで、アノ部屋使わせてもらえませんか?」
 と手を出す。眉をひょいと上げると
 「そんなに大事な話をするのか?写真とかるいプロフィールくらいで投稿してきた女子高生は納得するんじゃないのか?」
 「いえ、どうも最近の多発してる交通事故について調査してるらしくって。この間俺が事故に巻き込まれかけた地点もその事故多発地点なんですよ。んでそのネタ拾えるかも知れないんで……」
 最後まで言わないうちに夢人の手の中には、一本のキーが落ちてきた。
 「ま、やれるだけやってみろ。発表できん事だったら差し替え用の記事考えとけよ」
 そう夢人の肩を叩くとデスクに戻っていく。夢人は先に三階に登っているだろう二人にとその辺にあったお茶菓子と烏龍茶のペットボトルを小脇に持つと勢いよく階段を駆け上っていく。
 三階に登ると二人は先日刃と澪と夢人の三人で話した部屋の前で待っていた。
 「ああ、ゴメンゴメン。今日はそっちじゃないんだ」
 と夢人は刃に対して手を合わせて、部屋の鍵を開けると真を案内する。
 「まあ、適当に腰掛けてくれるかな?」
 と、テーブルにお茶菓子と烏龍茶のペットボトルをどっかと置く
 刃と真はすすめられるままソファーに腰掛ける。と真が口を開いた。
 「先程の昨日の夜の追突事故を目撃したと言うのはどういうことですか?」
 夢人は烏龍茶をコップに注ぎながら、昨日の事をかいつまんで話す。
 「……と、言う事なんだ。昨日のは下手をしたら俺もお陀仏だったかもしれない」
 そういうと夢人は気味悪そうに眉をひそめる。
 「梓瞳さんも車のコントロールが効かなくなったらしいんだ」
 昨日の夜、飲みながらその状況を聞いていた刃が加える。
 それを聞いた真は目を見開く
 「あそこで事故起こしかけて大丈夫だったという人は初めてですよ。なにか気付いた事がありますか? 一体どういった状況だったんですか?」
 JGBAの仕事が絡んでいるとは言え真が初対面の人にこれだけ話すのも珍しいなと考えながら刃は二人の話を眺めている。
 「いや、とにかく突然車が壁がわに吸い寄せられていくんだ。たいしたスピードも出してないのにね。それに昨日からその車調子がおかしくなってね。三日前にメンテナンスしたばかりなのに」
 夢人は苦笑いを浮べつつ答える。それを聞き刃も口を開く。
 「あ、俺も昨日からZZR調子が悪くなってるんですよ。」
 「そんな、昨日メンテナンスしたばかりじゃないのかい?」
 夢人も驚きを隠せず問い返す。その様子を見ていて真が口を開く。
 「梓瞳さんは私の仕事の事について刃から聞いていますよね?」
 「ああ、一通りはね。桜坂総合警備に務めてるんだって?」
 夢人は真の目をじっと見ながら、答える。真は軽く頷くと
 「ええ、今回の事故多発地点の調査は氷浦署がJGBAに調査を依頼してきたものなんですよ」
 「え? しかし警察には『広域特務課』があるじゃないか? JGBAに依頼するまでも無いはずだろ?それにあの課長が他に仕事を回したがるタイプとは思えないしな」
 その言葉に真が鋭く反応する。「はぁ」とため息をついてから目だけは鋭いまま
 「……あの課長を知ってるんですか?」
 その勢いに少々たじろぐ夢人。苦笑を浮べつつ
 「そう、カリカリしなさんなって。あのおっさんは、おっさんなりにやってるんだから。しかしJGBAに仕事回さなければいけないほど忙しいんかね? 広域特務課は」
 質問を質問で返す夢人。真はその質問に対して
 「私は特務課の人間ではないので」
 と、一言で返す。夢人はまたも苦笑いを浮かべ真に
 「そりゃそうだわな、……とりあえずこの話してるといつまで経っても取材の話できなさそうだから先に説明しちゃって良いかな? 織姫君」
 その言葉につい何時間かまえに刃に洩らした言葉と同じ言葉で答える。
 「ええ、構いませんよ。話を聞くだけなら……」
 あくまで警戒姿勢をとかない真に笑いかけながら昨日刃に話した事を資料を見せつつ説明する夢人、刃はその様子を見ながら真と澪のギクシャクした関係の原因について考えていた。真がなぜ澪を避けているのか、よく真の傍にいるあの転校生は一体何なのか…………。


 「……刃君、刃君!!」
 夢人が呼ぶ声ではっと気付いた刃は
 「すいませんちょっと考え事をしていて、なんですか?」
 「ああ、とりあえず織姫君に説明した所、考えさせてくれと言う事なんだ」
 後を受け取り真が続ける。
 「ただ、梓瞳さんは事故の調査などは自分も巻き込まれた事だし調査に協力させてくれと言っているんですよ。」
 また夢人がそれに続けて
 「それで刃君はどうするかな、と思ってね」
 刃は無言で頷き
 「わかりました、そう言う事なら俺も調査に協力しますよ。今回の事故の被害者にはバイク仲間も居るんで」
 こう続ける。そして真が
 「一応そういった霊的なものが絡んでいる可能性が高いので此処に行って車を整備してもらってください。」
 そう言いつつ、紙にサラサラと地図と電話番号を書いていく。隣に座っている刃が
 「なあ、真。俺も行かなきゃまずいか?」
 「死にたいのなら構いませんがね。死にたくは無いでしょう?」
 と、そっけなく答えると席を立つ。それを見た夢人が声をかける
 「なにか手掛かりをつかんだ時のために連絡先を教えてくれないか?」
 「刃が私の携帯の番号知ってますから、刃といっしょに行動すればいつでも連絡取れますよ。それじゃあ」
 そう言うと、部屋から出て行く。程無くしてからボクサーエンジンの音が遠く離れていった。


 「こりゃあ、まずったかな」
 刃に笑みを見せながら、コップの中の烏龍茶を飲み干す夢人。
 「まあ、しょうがないんじゃないっすか? 真も警戒してたし」
  刃も苦笑を見せながらコップを揺らしている。
 「いや、そうじゃなくて刃君と織姫君の様子が校門でぶつかったときと違って……なんていうかぎくしゃくしてる気がしてね」
 また、コップに烏龍茶を注ぎながら
 「それが俺のせいだったら悪い事をしたなと思ってね」
 「ああ、それは……」
 それに刃が答えようとした瞬間、夢人の携帯からけたたましい音でSUPER FANTASTICが流れ出した。刃は苦笑し
 「MR.BIGっすか」
 「ああ」
 夢人も苦笑し返す。そして見慣れない番号に首をかしげながら通話ボタンを押す。


 「あの、梓瞳夢人さんですか?あの昨日そちらでお話した遠野澪です。真の従姉妹の……」
 「ああ、覚えてるよ。一体どうしたんだい?」
 「あの、昨日ちゃんとお話しできなかったから。真の事で……」
 その言葉に昨日、澪が帰り際にもなにか言いたそうにしていたのを思い出すと
 「OK! 今君の居る場所を教えてくれるかな?そっちに向かうよ」
 そうして、場所を聞くと電話を切る。刃が
 「恋人っすか?」
 と笑いながら聞いてくる。
 「いや、違うよ。取材の申し入れだよ」
 続けて、あの織姫君の従姉妹のと言う言葉が出そうになったのをすんでのところで飲み込む。『たぶん、恐らくだが刃君の居る前では話辛い事だろう』と、とっさに察したからだった。
 刃は真の書き残した紙を手にとって
 「そーっすか。とりあえず此処俺知ってるんで梓瞳さんがこの紙持ってってくださいよ」
 夢人は刃の言葉を聞きながら、部屋を片付け真のメモを受け取る
 「そうだね、とりあえず調査に行くときは昨日のバイク屋で待ち合わせで良いかな?」
 「それでいいと思いますよ。んじゃ、俺これからバイクそこに持ってくんで」
 「ああ、わかった。一応領収書切っといてくれるかな?落とせりゃ……落とすし」
 「こんなん落とせるんすかー。それじゃ、また」
 そう笑いながら刃も部屋を出て行く。夢人は部屋の中にゴミなどが残ってないか確認しつつ外に出て印を結び鍵を閉める。
 「ふう、防音完全盗聴防止の部屋だと疲れるな」
 と呟くと、刃のバイクのエンジン音がいったん高くなり、それから遠ざかっていくのが聞こえた。
 ぽけぽけと階段をおりながら、夢人は昨日逢った澪の顔を思いうかべていた。
 『一体なんだというのだろう?』そう考えながら記桜出版のガレージに向かう夢人。
 あの勝気そうな顔をした子があんな声を出すほど気落ちしている……。
 昨日の刃君と澪ちゃんの話を思い出すと、
 「やはり、織姫……か。なんだってあの少年なんだろうな」
 独り言を言ってしまった事よりも、考え事をしたためか立ち止まってしまっている事に気付き。夢人はガレージの自分の車に向かって駆け出した。


 夜の帳がおりはじめた氷浦市街地の小さな喫茶店に一人椅子に腰掛けココアの入ったマグカップを両手で包み込むようにして飲んでいる澪の姿があった。
 「変な人……電話でも良かったのにな」
 そう呟きながら時々ココアを『こくこく』飲む姿に店に居る青年たちは目を奪われている。誰もが声をかけようとしているようだがお互いを牽制していて切っ掛けが掴めないようだ。おかげでいまだ誰も黙殺される憂き目に遭ってる男は居ない。
 店の中には小さな音でJAZZがかかっているだけで、特に目立った話し声もせず静寂に包まれていた。その窓際で澪は沈み行く太陽の残り香である、夕暮れのグラデーションを見つめている。
 その静寂の中、低く太いエンジン音がしたかと思うと店のカウベルが『カランカラン』と乾いた音を立てた。店のマスターはその男を見るといらっしゃいも言わず、目でにやりと笑って見せた。それを見て男はカウンターに近づき
 「またマスター、んな接客してると客居なくなっちゃいますよ〜」
 「接客がまずいぐらいで客が居なくなるような飲み物は出してないつもりだがな」
 「何を言って……そうそう……」
 ぼうっとしていた澪は聞き覚えのある声にカウンターの方を向くとそこに夢人が立っていた。驚いて椅子から立ち上がり会釈をする澪、店の多くの視線が落胆を示し澪から離れていく。一方夢人はひらひらと手をふりながら近づいてくる。
 「待ったかな?」
 「いえそんなには、……空を見てました」
 「門限は大丈夫かい?」
 「はい大丈夫です、けど……」
 「ああ、此処じゃ人に聞かれてしまうな。よし送っていくよ。話は車の中で聞かせてくれるかい?」
 「あ、はい」
 「マスターとりあえずこの子の御代俺につけといて、後から来るからさ」
 と夢人が声をかけると
 「閉まってたら勝手に入って来い。どのぐらい腕が上がったか見てやる」
 と目だけで笑いながら、答えを返してくる。夢人はカウンターに背を向けると
 「ほいほいっと、それじゃ行こうか」
 澪を先に店を出て行った。二人が出て行った後マスターと呼ばれた男は
 「あいつは何をやってるんだか」
 と口の中で呟きながら小さく肩を震わせ笑っていた。


 夢人と澪は白銀のスポ−ツカーのシートに身体を預けて話をしていた。
 「それじゃあ、話を聞かせてもらえるかな?」
 エンジンをかけると夢人はそう澪に話し掛ける。
 「話し辛い事やまだ話すか話さないか迷っている事は話さなくていいから、話しておきたいと思ったことだけ話してみなよ」
 その言葉に促されるように澪は口を開く
 「実は……………………なんです」
 澪の話は澪の家の近くまで車が走り、夢人が近くの公園で駐車するまで続いた。
 「……つまり織姫君は力を使う事は出来てもその制御やコントロールが効かずに自分を痛めつけている……とそう言うことかな?」
 「ええ、そうなると昏睡状態になっちゃって……」
 「なるほどね、わかる……と言うか。俺の昔の恋人もそうだったからね、どういう状況かとか君がどんなに辛いかとかはわかるつもりだよ」
 「昔の……?」
 「ああ、いやこの話はいいよ。それに君が頼みたい事もよくわかった。付け加えると、今日織姫君に会ったが取材は無理っぽいなと感じているんだ」
 とっさに誤魔化して話を戻す夢人。そして澪に悪戯っぽい笑顔を見せながら
 「それに、今の話を聞いたらやっぱりちょっと記事には出来ないかな。俺の個人的感情も合わせてね」
 「ありがとうございます!!」
 嬉しそうな顔をする澪を見て夢人はギアを1速にいれ
 「それじゃ、家の前まで送っていくよ」
 と言うと、車を発進させた。


 「ホントに今日はありがとうございました」
 澪は家の前につくと深々と頭を下げ感謝の言葉を夢人に言う。夢人は
 「そんな、かしこまらなくていいよ。まあ、織姫君があの調子だから間違い無くこのネタは没になってたんだしね」
 そう軽く言って澪をなごませようとする。しかし嬉しい反面どこかで悩みを抱えているような表情の澪に
 「澪ちゃん!! なんかあったら電話しなよ? こう言う事じゃなくてもストレス解消の手伝いくらいはできるだろうから」
 「……えっ、あ ハイ」
 澪の元気の無い返事に夢人はとどめとばかりに
 「俺って誰かに連れ出されないとストレス解消なんてやんないんだよ。だーかーら、いいね? これは聖華高校の先輩からのお願いだからね?」
 と、夢人はおもいっきり茶目っ気を出して笑いを誘った。
 「……はい」
 澪はそんな夢人がおかしかったのか、肩を大きく震わせ吹きだしている。
 夢人は思った以上に受けたのが恥ずかしかったのか
 「それじゃ、俺もそろそろ帰るわ。色々やる事あるしね」
 と、澪に声をかけ運転席に座るとさっきまでの運転とは全く違う運転で市街地へ向かって走り出した。
 車のスキール音に気付いて家の奥から深雪が出てくると
 「澪、どうしたの? 誰かに送ってもらったの? 真君じゃないわよね?」
 と突っ込んでくる。
 「うん、先輩だよ。聖華学園大に通ってるんだって」
 澪はそう、深雪に言いながら二人家の中に入っていった。


 一方夢人は……
 「ああ、こえぇ。深雪先輩が出てくるんじゃないかと思ってビクビクしたなあ……」
 そう独り言を呟きながら先程の喫茶店『風見鶏』に向かっていた。
this page: written by Akitsu Mitsuhide.
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