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5
 すさんだ風が吹き荒れている。
 ここは氷浦市街へと続く道の途中にある緩やかなカーブ。
 等間隔におかれた街灯が光を放っている。
 道を走る車も無く、ただ虫たちが静寂な夜に向かって鳴いている。
 そんな深夜に相田と呼ばれる男が道以外何もないところに一人立っている。
 先日おきた、刃と真が巻き込まれた事件の関係者の一人だ。
 「ここか……」
 そう呟くとあたりを見回し始める。
 「やはりここもそうなのか……。」
 手に持っている古い氷浦市の地図を片手にそう言うと、懐から一枚の札を取り出す。
 「待っていろよ葛城。屈辱は倍にして返してやる」
 そう言うと道を外れてちょっとした林になっているほうへ歩き出す。
 しばらくすると小さな祠が見えてくる。
 「これか。小賢しい封印などしてある」
 そういうが早いか手に持った札を祠に向かって投げつける。
 祠に札が張り付くと淡い光を発して祠が崩れ落ちる。
 「たやすいな」
 そう言うともと来たほうへと歩き出す。
 相田が道路わきに止めた車の所まで戻ってくると携帯が鳴り出す。
 「誰だ」
 見慣れない番号が出ている。
 「もしもし……」
 電話に出ると、思いがけない人物からの電話だった。
 「相田か、後藤だ」
 電話の相手は先日の事件の首謀者だった。
 後藤は自分の目論見がうまくいかないと悟ったのか、後処理を相田に任せ自分は実験場所を海外へと移すため海外にとんだ。
 「これはこれは、一体どうしたんですか」
 侮蔑をこめた言葉を発する。
 「何、お前一人だと大変だろうと思い優秀な部下をそちらに送ることにしたんでな。明日の便でそちらの方につくはずだ」
 後藤はそう言うとこちらの状況を聞いてくる。
 「………と言う所です。何か問題でも?」
 先日の事件の後処理と今後の予定を伝える。
 「そうか………。今後のことは全てお前に一任する。今回の計画に必要な権限も与える。後は定期的に報告をいれるようにしておけ」
 言いたいことを言い終わるとすぐさま電話をきる。
 「何が権限を与えるだ、くそっ。……まぁいい。使えるものは全て使うに越したことも無い。あれをやるにはちょうど良いかも知れんな……」
 墨を散らしたような夜空には星明り一つも無く、ただ月だけが冷たい光を放っている。
 桜坂総合警備に、氷浦警察署からJGBA経由で実地調査の依頼が来たのは、それから数日後のことになる。 


 氷浦市街から30分ほど走ったところに氷浦空港がある。
 空港内の喫茶店でコーヒーを啜りながら相田がくつろいでいる。
 「そろそろか」
 腕時計を見ながら席を立つ。
 先日の後藤が言ってきた人物を出迎えるためである。
 後藤から届いた資料によるとフリーの退魔士らしく、その実力はかなりのもののようだった。
 「しかし、外人とはな」
 資料に書かれていたのだが、その人物はイギリス生まれの女性らしかった。
 「つまるところ、俺の監視役と言うところか」
 相田は面白くなさそうな顔をしている。
 しばらくすると飛行機の発着アナウンスが流れる。
 連絡を受けた便であることを確認してゲートのほうへ向かう。
 ゲートはすでに迎えの人間が集まっておりごった返している。
 「平日の昼間だと言うのに何でこんなにいるんだ」
 そう愚痴りながらもその人ごみの中に入っていく。
 探すのに一苦労しそうだとも思ったがその心配は要らないようだった。
 女性にしては高い身長と、何よりもその髪の色が目印だった。
 こちらから声をかけるより先に向こうの方が声をかけてきた。
 「あなたが相田?」
 無表情な顔でそう聞いてくる。
 「そうだ。アミア・ベル・レイジーンだな」
 こちらも確認する。
 「そう。今後はあなたのサポートをすることになったわ」
 語尾はやわらかいのだが、感情の起伏の少ない声でそう答えてくる。
 (無愛想な女だ)
 相田の第一印象はその一言に尽きた。
 「ここで話すのもなんだ、取りあえず事務所に行くぞ」
 アミアの返事を聞かずにそのまま駐車場のほうへと歩いていく。
 事務所まで行く間、やはりと言うべきかアミアは一言もしゃべらず愛想と言う言葉との無縁振りを発揮していた。
 相田の事務所は、氷浦市街の中央通に位置しており30分ほどでつく。
 「ここだ」
 そういうと事務所のドアを空け一人で入っていく。
 その後を追うようにアミアも続く。
 「まずは情報の確認をしたい」
 事務所の一室でソファに腰掛けながらそう切り出す。
 「そう。現在までの情報では………」
 そう言って情報を話し始めるアミア。
 どうやら先日の事件に関することは概ね知っているようだった。
 「………と言ったところね」
 「そうか。今後は俺の指示に従ってもらうが依存は」
 確認の意味をこめそう聞く。
 「別に」
 短く答えてくる。
 「そうか。なら仕事の話だ。」
 相田はそう言うと席を立ち部屋から出て行く。
 しばらくして戻ってくると一枚の古ぼけた地図を持ってくる。
 「これは? 古い地図ね」
 アミアがテーブルに広げられた地図を見ながらいってくる。
 地図とは言って見たが、正確には地形図に近いもので地名などはほとんど書いてない。
 「こいつは、とある場所で手に入れたもんだ。」
 そう言うと、その地図のコピーと新しい地図を取り出す。
 「こっちの方は現在の地図だ。そしてこれがこの地図のコピーだが……」
 そう説明しながらその地図を重ねる。
 「これは……」
 二つの地図を重ね合わせて見ると、とあることが分かる。
 「なかなか面白いだろう」
 そう言ってアミアを見やると、地図を真剣な表情で見つめている。
 「ここは一体?」
 そう言って一つの場所を指差す。
 「そこでこの地図を手に入れた」
 相田が愉快そうな顔でアミアを見やる。
 「糺宮……神社………。」
 アミアがはっとしたような顔で相田の顔を見つめる。
 「そう、糺宮神社だ。前回の事件で手に入れたんだが興味をもってな。俺の考えでは、どうやら氷浦の町自体を巨大な霊的結界で守ってある。その要の一つが糺宮だろう。その結界の中心は御木城と見て間違いないはずだ」
 そう言いながら地図の上を指でなぞりながら三角形を描く。
 その三角形の頂点の場所には顕法寺、船津八幡神社、綺堂神社の三つがある。
 「なるほど。霊的結界の要に神社を配置しているわけですね」
 アミアがあごに手を当てて頷く。
 「この三角の結界内を府中と言いそしてその結界外を府外と言う。これはこいつで分かった」
 そう言うと古ぼけた一冊の本を取り出す。
 アミアは本を受け取り『氷浦郡志』と銘打たれた表紙を眺め、パラパラとめくる。
 「これは? かなりな年代もののようですけど……」
 「それも糺宮神社でいただいてきたものだ。」
 それからしばらく『氷浦郡志』を興味深そうに読み始める。
 「そろそろいいか? 話を続けたいんだが」
 読むのに集中していてためか、時間がたったことに気づかなかったアミアが顔を上げる。
 「どうぞ」
 「まぁ、先ほどいった三つの神社が鍵になっているのは間違いないだろう。それであの封印が簡単には解けなかった訳だ。先人も味なマネをしてくれたものだ」
 相田は憎憎しげにそう呟く。
 「それで、前回邪魔してくれたやつらの目を欺く意味もこめてこの結界を破壊する」
 相田の説明をおとなしく聞いていたアミアがそこで口をはさむ。
 「それはリスクが大きいんじゃないですか? 結界が崩壊することで何が起こるか分からないでしょうし」
 あくまで冷静に話してくる。
 「だが、結界を破壊しなければ御霊の封印をとくことは出来ん」
 相田も冷静に答える。
 暫しの沈黙を終えてアミアが口を開く。
 「分かりました。それならば私も私の仕事をしましょう」
 そう言うと立ち上がり、出て行こうとする。
 「何をするつもりだ?」
 怪訝そうな顔の相田が問い掛ける。
 「私の仕事ですよ。JGBAのほうの情報を集めてきます」
 それだけ言うとアミアが出て行く。
 「私の仕事か……。そうだな、俺も動くか」
 そう言うと、次の仕事に必要なことを思い浮かべる。
 「まずは……、ここか」
 先ほどからテーブルの上に置かれてある地図を眺め、府中と呼ばれる結界の鍵となる三点を順になぞりながらそう呟く。
 「綺堂神社………」
 最後に綺堂神社とかかれた地点で指を止める。
 しばらくそのまま考えていた相田だが、ある程度考えがまとまると立ち上がり、次の行動に移る。 


 数日後、綺堂神社で密かに封印がとかれた……。
 その事件はJGBAの関係者でも謎の事件とされ誰の記憶にも残ることは無かった。しかし、この事件によってこれから行われようとする大きな事件の始まりに過ぎないことは誰が予測できようか。
this page: written by syu.
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