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8
 花が散り、味気なくなった道を数人の生徒が歩いている。
 春と呼ぶには少しばかり暑すぎる日差しを浴びながら、数人のクラスメートと一緒に登校している押上唯の姿があった。
 先日聖華高校に編入してきたばかりだが、すでに唯の周りには何人かの友人ができていた。
 転入生という目立つ存在であっただけではなく、一人のクラスメートの計らいにより転入生特有の浮いた存在とはならずにすんでいた。
 特に親しくなった友人たちと一緒に登校していると、話の内容は色づいたものになってくる。
 「ねぇ、唯はどう思う?」
 いきなりどう思う、と聞かれても唯には答えようがない。
 「えっ、何が?」
 そう聞き返すと、別の友人が聞いてくる。
 「だーかーらー、決まってんでしょ。内のクラスで誰が一番かっこいいか」
 唯のほほを突つきながら聞いてくる。
 「うーん、まだよくわかんないや」
 唯がそう答えると一斉にブーイングの嵐が飛ぶ。
 「何言ってんのよ、正直に白状しなさい」
 クラスメートにもみくちゃにされながらも逆に聞き返す。
 「それじゃみんなは誰なのよ」
 唯がそう言うと、全員が口をそろえて言ってくる。
 「織姫君に決まってんじゃない」
 真の人気はここでも絶大のようだ。
 澪がこの会話を聞いたらとてつもないことが起こるだろう。
 「そうなんだ、でも彼女いるんでしょ」
 唯がそうもらすと、
 「うそー、誰よそれ」
 などと不平不満の声をあげる。
 「ほら、昼休みになったらよく来てる遠野さん」
 そう言うと今まで不満を口にしていた友人たちがいっせいに安堵のため息をつく。
 「なーんだ、遠野さんか。遠野さんは織姫君の従姉妹なのよ」
 友人達はそう言ってくるが、唯にはただの従兄弟とは思えなかった。
 「そうなんだ」
 そう言って相槌を返すが、先日の出来事があり素直には信じることができなかった。
 聖華高校の校門をくぐると、そろそろ危ない時間帯になってくる。
 「やっばー、急がないと遅刻するよ」
 一人がそう言うと、みんなが走り出す。
 もう少し真の話を聞きたかった唯だったが、遅刻するわけにもいかずみんなに遅れないように走り出す。  


 予鈴が鳴り響く。
 朝のホームルームが始まる直前に教室に滑り込んだ唯達は、とりあえず自分の席につく。
 遅刻せずに済んだものの、急いできたため息が荒くなっている。
 「おはよう、押上さん」
 そう言って声をかけてきたのは、先日澪に締め上げられた伊藤弘明その人であった。
 「あ、おはよう」
 実は唯がクラスで浮いた存在にならなかったのもこの弘明の計らいによるところだった。
 本当ならばそれは真が担任に押し付けられた仕事だったのだが、最近は真が学校に姿を見せなくなったのでその代わりでやっていた。
 弘明は真の非日常をなんとはなしではあるが気づいている。
 だからこそ深く関わることはないが、だからといって変に避けることもしない。
 自然体で真に接している唯一の友人でもある。
 「今日は遅かったね、そろそろ先生が来るよ」
 そう言うと人の良さそうな笑顔を見せながら自分の席に戻ろうとする。
 「あ、そうだ。ねぇ伊藤君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 唯がそう言うと担任が入ってくる。
 「あ、先生が来たね」
 弘明は昼休みにでも聞くよ、と告げて自分の席へと戻っていく。
 隣の席を見るとやはり真の姿はない。
 (今日も休みなんだ……)
 担任が出席を採り始める。
 「あー、織姫、織姫はまた来てないのか? まぁ、しゃーないか」
 担任が真の名前を呼んだ後の台詞が妙に引っかかる。
 (何でしょうがないの?)
 前々から引っかかっていることではあった。
 真に関しては、教師のほうも特別扱いしている部分もある。
 そう考え事をしていると担任が自分の名前を継げている。
 「押上、押上は来てないか?」
 担任の声に慌てて反応する。
 「あ、はい」
 少しばかり怪訝な表情を覗かせたが、そのまま次の名前を呼び始める。
 桜が散り、寂しくなった風景を見やりながら唯は考え事にふけっていく。 


 午前の授業が終わり一時の開放感に酔いしれながら軽く伸びをする。
 今日の午前中は考え事をしていたためか、とても早く感じられる。
 周りを見渡すと、弘明が昼の弁当を取り出そうとしている。
 「あ、伊藤君は教室で食べるの?」
 そう声をかけられて、弘明は振り返る。
 「うん。大体はそうかな? で聞きたいことあるんでしょ。場所かえよっか?」
 弘明はそう言ってくると取り出したばかりの弁当を持って立ち上がる。
 「あんまり人に聞かれたくない話?」
 そう言ってくるので少し考えてから唯は返事をする。
 「そうね、なるべくならね」
 特に聞かれて困るような事ではないが、今朝の友人の反応から考えて教室で真の話を聞かないほうがよさげだったので、そう答える。
 「なら屋上にでも行こうか」
 そう言うと先に教室から出て行く。
 少し後ろから弘明についていく。
 階段を上り屋上に出ると、何人かの生徒が昼食を取っている。
 聖華高校では屋上を開放しているので、雨の日以外は割と人がよく集まっている。
 二人は転落防止用の無骨な金網に寄りかかり食事をとりながら話し始める。
 「それで、聞きたいことって何?」
 弘明が聞いてくる。
 「実はね、織姫君の事なんだけど……」
 唯はそう言うと、少し黙る。
 「織姫の事? 織姫がどうかしたの」
 弘明はそう聞くと、唯が話してくるのを待つ。
 「何か織姫君って特別扱いされてない? 別に変な意味じゃないんだけど。みんなの態度が一線引いているって言うか……」
 唯の話を聞いていて、弘明は少しばかり苦い顔をする。
 確かに真に対してのクラスの態度というのは、一線を引いている部分がある。
 弘明にしたって、真のことに関してはふれてはいけない部分があると思っているし、それに当の真にしたってそれを望んでいる。
 (織姫に対する態度か……)
 唯が疑問に思うのも当たり前なのかもしれない。
 「うーん、これから話すことはあくまで僕の考えなんだけど…」
 そう前置きしてから弘明が話し始める。
 「別にみんな一線を引いてるわけじゃないと思うんだ。ただ休みが多いのにしたって別に病気ってわけじゃないし。どっちかって言うと体がきつそうなときでも出てくる日が多いしね。ただ織姫のほうが触れてほしくない部分もあると思うんだ。だからそう言う風に見えるのかもしれないけどね」
 そう言ってから、少し黙り込む。
 横目で唯のほうを見るが、その顔は納得はしていないと告げている。
 「そうかな…」
 声に出してそう言っているが、これ以上のことは教えようにも弘明でも知らないので教えようがない。
 ため息を一つついてから弘明が話してくる。
 「もしそれ以上のことが知りたいなら、…榊君なら知ってるかもしれないよ」
 そう言うと弘明は弁当の残りを食べる。
 話をしていたので弁当はほとんど減っていない。
 「榊君って? あー、織姫君と良く一緒にいる人?」
 たまに一緒にいる所を見たこともあるし、例のごとく刃も友人たちの話しに出てくるのですぐに思い至る。
 「そう、多分彼なら僕よりも親しいから大丈夫だと思うよ」
 そう言った後弘明は放課後にでも合えるように刃のほうに話しをしておくよ、と言ってから弁当を片付けて行ってしまう。
 階段のところに行こうとしてる弘明に向かってお礼の言葉を言うといつもの人の良さそうな笑顔で振り返る。
 「どういたしまして。それじゃね」
 屋上に一人残された唯は一人で遅くなった昼食を食べ始める。
 昼食を食べる間くらいここに居てもいいのに、などと愚痴りながら食事をしている。
 しかし先ほど話題に出てきた刃が、屋上の入り口のある一段高いところの貯水タンクの影で一人寝ているとは、唯には知りようが無い。 


 屋上で寝ていて気がついたら放課後だった、などというお約束をやってのけた刃は軽く伸びをしてから起き上がる。
 「ふぁー、良く寝たな。」
 貯水タンクの場所から飛び降りると、ちょうど屋上へ上がってくる足音が聞こえてくる。
 「おやっ、誰か来るな」
 別に何も悪い事をしているわけではないが、つい条件反射で隠れてしまう。
 「あれ、おかしいな。ここにも居ないなんて」
 そう言う声には聞き覚えがあった。
 (確か真のクラスの奴だったよな。確か名前は…)
 刃が名前を思い出そうとしていると、違う声が聞こえてくる。
 「どう、伊藤君。屋上に居る?」
 今度は女のようだ。
 (あー、そうそう伊藤だっけ。それに今の声は確か転校生の声じゃなかったか?)
 そう考えをめぐらしていると、二人の会話が進む。
 「どこに行ったのかなー、教室にはカバンがあったし、まだ帰ってないと思うんだけど」
 弘明がそう言うと、刃から二人の姿が見えるぐらいのところまで出てくる。
 (なんだ、真でも捜してんのか? あいつは今日休みのはずだよな)
 唯がため息をつく。
 「もういいよ、伊藤君。また明日にでもするから」
 そう言って屋上から出て行こうとすると、
 「うーんここだと思ったんだけどな、榊君」
 弘明の台詞に刃は思わず物音を立ててしまう。
 (俺かよ)
 二人がこちらのほうを見ているので、さすがにこのままここに隠れているわけにもいかず、貯水タンクの影から身を乗り出す。
 「あ、やっぱり居た」
 少し呆れた顔で言ってくる。
 「どうしたんだ?」
 隣に居る唯に至っては、唖然とした顔で見ている。
 よっ、と声をあげつつもう一度飛び降りる。
 「もしかして、今まで寝てた? って、聞くまでも無いね」
 軽く嘆息を漏らしつつ弘明が言ってくる。
 「どうして分かったんだ?」
 そう言う刃の頬を指差して、
 「頬っぺたに線が入ってるよ」
 そう言われ自分のほほを触ると、確かに洋服の後がくっきりとついていた。
 少し苦笑しながら誤魔化そうとする。
 「わりぃわりぃ。最近あんま寝てないんだ」
 そう言う刃につられて弘明も笑う。
 「で、どうしたんだ?」
 刃が話しを進めようとする。
 「あ、そうだった」
 そう言うと、今まで所在無さげにたたずんでいた唯のほうを振り返ってから話してくる。
 「えーと、押上さんのことは?」
 弘明がそう言うと、唯が少し前に出てきて軽く頭を下げる。
 「あぁ、前に会ったよな。あん時も屋上だったっけ?」
 転入してきた日に唯とは会っている。
 真が昼に屋上までつれて来ていた。
 「あ、そう言えば一度合いましたね」
 そう言って笑顔を見せる。
 とは言っても、刃は唯の存在については前々から知っていた。
 正確には、唯の父親についての話を聖から聞いていたのだ。
 唯の父親は、今度の人事によって氷浦署の広域特務課に移動になっている。
 広域特務課といえば先日の事件で少しばかりお世話になった場所で、その情報はそれ以来リークしてもらっていた。
 「それで、押上さんが少し聞きたいことがあるって言うんで、連れてきたんだけど」
 それだけ言うと弘明は用事があるからといって帰っていってしまう。
 「ふーん、まぁこんな所で立ち話もなんだしどっか別の場所に行こうか?」
 そう言うと刃も先に行こうとする。
 「あ、ごめんね榊君。時間大丈夫?」
 そう答えつつも刃の後ろについていく。
 「あぁ、俺は別にかまわないぜ」
 一度刃の教室に行ってから、カバンを取り校舎を後にする。
this page: written by syu.
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