<< Prev. <<     >> Next. >>
10
 氷浦市街にある、洒落た感じのオープンカフェで、アミアはコーヒーを飲みながらくつろいでいる。
 ここ数日の調査の結果を伝えるため、相田を呼び出してある。
 「ふぅ、なかなかにいけるわね」
 手に持っているコーヒーを少しばかり口に含んで、ゆっくりと飲み干しながらそうもらす。
 「それにしても、やり方がまずいわ。相田は一体何を考えているの?」
 先日からの調査で分かった事なのだが、相田の動きはアミアから見てもおかしな事が多い。
 核心に迫るような事は知られていないとしても、それを推測させるような事はいくつか知られているのだ。
 それも、相田が故意に情報をもらしたような節もある。
 「まぁ、いいでしょ」
 ひとりで考えても答えは見つかりそうもなかったし、正直あまり興味もなかった。
 しばらくすると、スーツを着込んだ相田がやってくる。
 「待たせたな」
 そう言ってアミアの向かいに腰を下ろすと、コーヒーを注文する。
 「で、首尾はどうだ?」
 早速聞いてくる。
 アミアは必要な情報が入っているフロッピーディスクを相田に渡し、席を立とうとする。
 「少し話を聞かせてくれ」
 席を立とうとしていたアミアに相田が声をかける。
 「必要な情報は全てその中に入っていますが?」
 あまり話をしたくないのか、一度座りなおしてからそう答える。
 「それは分かっている。俺が聞きたいのはおまえの考えだ」
 注文していたコーヒーを受け取りながら、ウエイトレスが去っていくのを確認してからそう聞いてくる。
 「私の考えですか?」
 「そうだ、と言うよりおまえが実際にJGBAに行って気付いた事はないか?」
 確かに、いくつか不審な点はあった。
 「それなら、いくつかありますね」
 アミアがそう言ってから話し出す。
 「まずは、情報がいくらか漏れていますね。核心に迫る部分はさすがに知られていませんが、それを推測させるには十分な情報が……。その情報をもらしているのはあなたじゃないんですか?」
 あくまでも冷静にそう言ってくる。
 「ほぅ、気付いていたか。確かにいくつかの情報はJGBAに流してある」
 こともなげにそう言ってくる。
 「何を考えているのですか? そんな事をして一体何のメリットがあるというのです」
 少し語尾を強めてからそう言う。
 「メリットか? 少しばかり考えてみれば分かるだろう。こちらがもらした情報で何をしようというのかが分かると思うか?」
 アミアの言葉を聞いても冷静にコーヒーをすすりながらそう答える。
 「確信には迫れないとは思いますが、推測する事は可能なのでは?」
 あくまで冷静に答えてくる相田に接していていつもの調子に戻りながらもそう返す。
 「そう、推測する事は可能だ。その推測があたるかどうかは別にしてな。そして向こうには、必要な資料が決定的にかけている」
 そう言われて、相田が何をしようとしているのかが少しばかり分かってくる。
 「なるほど、この前見せてもらった本ですね」
 アミアが相田の言わんとしている事を理解したようで、相田の声の調子も変わってくる。
 「そうだ、あの本がなければこちらのやろうとしている事は分かる事はない。事実、向こうの動きは今のところ後手に回っている、これを利用しない手はないだろう」
 そう言って一気にコーヒーの残りを飲み干す。
 「そう言う事ですか」
 そう言うと、アミアは、話しは終わりとばかりに席を立つ。
 今度は相田も引き止めずに自分も席を立つとアミアとは別の方向に向かう。
 「なかなか食えない男ね」
 少し相田と離れてからアミアがそう漏らす。
 くしくもアミアとは反対の位置にいた相田も同じ様な事を考えていた。 


 ちょっとした裏路地に刃と夢人がふたりで並んで歩いている。
 「どこに行こうってんだい?」
 あたりをきょろきょろと見回しながら夢人がたずねる。
 「ちょっとしたとこですよ」
 そう言いながら刃がニヤッと笑う。
 場所が場所だけに夢人の顔が少し引きつる。
 「おいおい、何だってんだい? ちょっと性質が悪いぞ」
 そう言う夢人に今度はいつものように笑いながら答える。
 「ははは、すんません。でも実際にここら辺は結構危ないですから気をつけてくださいよ」
 そう言いながらも刃はどんどん奥へと進んでいく。
 しばらく進むと5階ばかりのビルの裏口へと入っていく。
 「こんな所に何があるってんだい?」
 先ほどから夢人は物珍しげにしている。
 「俺の知り合いの、情報屋がいるんですよ」
 夢人に答えつつ刃は壁に手をつきながら進む。
 と、何もないところで立ち止まり壁を押すと小さな階段が見える。
 「これは何なんだ?」
 さっきから夢人の頭の上には疑問符が浮きまくっている。
 「ちょっと変わってるでしょ。別にこんなもん必要ないんでしょうけど趣味で作ったって行ってました」
 夢人にしたってそうそう世間知らずなわけではない。
 どちらかと言えば知っている方である。
 「それにしたって、一体どう言う知り合いなんだ? 悪い意味じゃないんだが少し変だろ」
 夢人がごくごく一般的な質問をしてくる。
 「そうっすね、まぁ色々とあるんすよ」
 刃はそう言うと階段を降りていく。
 薄暗い階段を降りていくと扉が見えてくる。
 「ここですよ」
 夢人の方に振りかえりながらそう言って中に入っていく。
 すると、今までの雰囲気とはまるで違うところに出る。
 今まで薄暗いところに居たので明かりのついた部屋に出ると、目が慣れるまで少しばかり時間がかかった。
 刃はそのまま廊下を進んでいく。
 そしてひとつの扉を空けると中に入っていく。
 「ん? 刃じゃないか。どうした?」
 そう声が聞こえてくる。
 「ちわっす、聖さん」
 刃に続いて夢人が入ると、聖が夢人の存在に気付き少し険しい顔になる。
 「仕事か?」
 刃に向かってそう言う。
 「んー、まぁそんなもんです」
 そう言いながら夢人を聖に簡単に紹介する。
 「どうも」
 夢人は短く答え、会釈する。
 「それで用件はなんだ。また厄介事持ってきたんじゃないんだろうな?」
 聖は少し渋い顔をしながら言ってくる。
 「ははは、分かります?この前の事件に関係ありそうな事が起こってるんですよ」
 刃がそう言うと、聖は眉を吊り上げる。
 「最近起こってる事故がらみのやつか?」
 聖は事故の事をすでに知っているようで、あくまで確認するように言ってくる。
 「そうっす。それで少しばかり調べものさせてもらいたいんですけど」
 少し考え込むような顔をして、一度深く頷く。
 「分かった、俺も手伝おう」
 聖がそう言うと立ちあがりついてくるように言う。
 「どこにいくんすか?」
 刃が聞くと首を少しかしげながら聖が振り向く。
 「そーいや、おまえはまだ入った事ないか」
 そう言うと、意地悪そうな顔で笑う。
 「良いとこだ」
 そう言うとさっさと部屋を出ていってしまう。
 「なんか、すごい人だな」
 今まで黙っていた夢人が口を開く。
 「いろんな意味で、でしょ」
 刃がそう答える。
 「ははは、そうみたいだな」
 二人はそう言いながら聖の後をついていく。
 部屋を出てさらに地下へともぐっていく。
 「ここだ」
 聖がそう言って階段を下りきった場所にある扉を開ける。
 「これは……」
 部屋の中に入った刃と夢人は二人して呆気にとられてしまう。
 部屋の中には、刃が一生かかっても読みきれないような蔵書が広がっている。
 「どの位あるんだ?」
 ざっとあたりを見回しながらそうつぶやく。
 「こいつはすごいな…、ここなら何でもありそうだ」
 夢人もそう漏らす。
 「どの位あるのかは俺も把握してないがな」
 聖は部屋の中に入り奥へと進んでいく。
 「こっちにこい、一冊一冊調べても埒があかん」
 本にはめもくれず奥へと入っていく。
 「え…、ここで調べるんじゃないんですか?」
 夢人と顔を見合わせてからそうつぶやくが、取りあえず聖の後についていく。
 「何があるんですか?」
 しばらく聖の後に続いて歩いていた刃が、興味津々と言った感じで聞いてくる。
 「分かりやすく言うと、パソコンだ」
 聖が短く答える。
 「パソコンっすか?」
 間の抜けた声で刃が言う。
 「まぁ、見れば分かる。ついたぞ、これだ」
 そう言うと刃たちの目の前には巨大な壁がある。
 巨大な壁からはいくつかコードが延びていて、何台かのモニターとつながっている。
 「これは…、凄いな」
 夢人はただそれだけを漏らすと唖然とする。
 「こいつで調べる。この部屋にある本の内容はほとんど入っている」
 そう言うと、モニターの前に座りキーボードを取り出す。
 「えっと…、梓瞳君とか言ったっけ? 君は俺の手伝いをしてくれ」
 そう言うと夢人に巨大なパソコンの使い方を簡単に説明する。
 「あのー、俺は?」
 何も言われなかった刃は聖が説明し終わるのを待ってからそう聞く。
 「あーお前にはちょっとやってもらいたい事がある」
 そう言うとニヤリと聖が笑う。
 その顔を見て刃はいやそうな顔をする。
 「俺の変わりにこいつを片付けてくれ」
 どうやら刃のいやな予感は的中したようで、厄介事を押し付けられる。
 「はー、やっぱり。聖さんがただで手伝ったくれるわけないと思ってたんだ」
 ぶつぶつ言いながらも聖が差し出してきた資料を読み始める。
 二人の会話がまったくわからない夢人が横から口を挟む。
 「何をするんですか?」
 少し疲れたような顔になった刃が答える。
 「ははは、仕事ですよ」
 刃の返事を聞いても夢人には何の事だかさっぱり分からない。
 「ちっとせからしいが、そんなに時間のかかる仕事じゃない。お前が戻ってくる頃にはこっちもある程度の事は調べておく」
 聖はそう言いながらも、すでに作業を始めている。
 「んじゃ、ちょっくら行ってきます」
 そう言うと、先ほど来た道を引き返す。
 聖がパソコンを起動させたのか――後ろからは、無機質な音が聞こえてきていた。
this page: written by syu.
<< Prev. <<     >> Next. >>

■ Library Topに戻る ■