風が吹き荒れる深夜の道を、刃はバイクにまたがり疾走していく。
しばらくはそのまま進み、明かりのついている自販機を見つけるとそこに駐車する。
「ふぅ、風が強いな」
刃の言うとおり、今日は風が強かった。
自販機でコーヒーを買い一気に喉に流し込む。
聖に言われた仕事を終えて、やっと一息ついていた。
「相変わらずややこしい事押し付けてくれるな、聖さん」
顔を少ししかめてからそう呟く。
「さて、そろそろ向こうの方も終わってるかな?」
携帯を取り出し時間を確認する。
「もう12時過ぎてんのか」
飲み干した缶コーヒーを捨てると、再びバイクにまたがり闇夜へと疾走していく。
先日、夢人と共にとおった道を通過すると、やはり得体の知れない不気味な力が働いたようだった。
この前とさほど変わらないところで事故が起こっていた。
「またか。ここまでくれば偶然ってわけじゃねーな」
路肩にバイクを止めると事故現場へと歩を進める。
「ちゃあー、こいつは酷いな……」
凄惨たる事故現場を目の当たりにして、刃が顔をしかめる。
「ん?」
ガードレールに突き刺すように止まっている車の中を覗き込んだ刃がそう声を出す。
運転手らしき男がハンドルに体を預けるようにして座っているが、手当てをした形跡がある。
「大丈夫ですか?」
刃の問いかけに20代半ばぐらいの男が顔だけを向けてくる。
「つ…、何とか大丈夫みたいなんだけど……」
そう言って自分の足元を見やる。
ガードレールと派手に激突したようで、足が挟まれていた。
「足やってるみたいですね。ほかは大丈夫ですか?」
刃がそう言うと、しばしば顔をしかめながらも答えてくる。
「あぁ、他は何とか大丈夫みたいなんですけど…。さっき別の人が軽く診てくれたんで」
何箇所か出血しているようだが、全て止血してある。
「じゃぁ、救急車の方は?」
刃が聞くと話していたせいか、少し具合が悪くなってきたようで首を縦に振って答えてくる。
意識ははっきりしているが、軽傷というわけでもなさそうなのでそっとしておく事にして、刃はあたりを見回す。
「お、あの人か」
怪我の手当てをしたらしい人物が携帯で電話しているようだ。
しばらく話して携帯を切ると、こちらに近付いてくる。
「君は?」
深夜と呼べるような時間帯に、あからさまに高校生風の若者を見てそう言ってくる。
「あ、事故みたいなんで何か手伝える事がないかと思ったんですけど」
刃がそう言ってくる。
少し考えて壮年の男が答えてくる。
「こんな時間に出歩いてるのはあまりいい事じゃないけど、少し手伝ってもらっても良いかな?」
そう言われ、二人で事後処理をし始める。
こんな時間だからそんなに車は通らないが、念のため少し離れたところに男の車を止める。
ある程度片付いて、一息入れると救急車のサイレンが近付いてくる。
「あ、来たみたいですね」
その音を聞きつけて刃がそう漏らす。
「そのようだね。ん?」
男がそう言うと、自分の背後を見る。
後ろに止めてある車の方から人が近付いてくる。
「あぁ、戻ったか」
男がそう呼びかけると、ごく最近聞き覚えの在る声が聞こえてくる。
「うん。買ってきたけど? あれっ、榊君じゃない」
刃が振りかえると、そこには押上唯の姿があった。
手には自販機で買ってきたと思われる缶コーヒーを持っている。
「あれ、押上じゃないか。何してんだ?」
不意に現れた同級生の姿に刃は少し驚きを見せる。
「榊君こそ何してるの」
唯も似たような反応をしめす。
「いや、偶然通りがかったら事故ってたから……」
そう言って事情を説明する。
「……ふーん、そうなんだ。それより何してたの? こんな時間まで」
唯がそう聞くと、苦笑いしながら刃が答える。
「ははは、まぁバイトみたいなもん」
同級生の二人が話に花を咲かせていると、救急車が到着する。
「さってと、そろそろ俺は帰ります」
刃がそう言ってその場を去ろうとすると、今まで黙っていた男が口を開く。
「あ、すまないがもう少し残ってくれないか? えーと……」
男がそう言うと、横から唯が二人を説明する。
「あ、榊刃君。学校の友達。でこっちが、私のお父さん」
唯が説明すると、お互いに軽く会釈する。
「で、すまないがちょっと聞きたい事があるんだが」
そう言って名刺を渡してくる。
名刺には押上日出男と書いてある。
名前の上には最近見なれた文字が、小さめに書いてある。
某県警広域特務課、国が運営する唯一の霊的機関である。
「へぇー、広域特務課ですか。それで聞きたい事って何ですか」
刃の答えに少し表情を変えて、今度は唯の方を向いて、
「唯、悪いが先に車に行ってくれないか」
日出男に言われたとおり、唯が車の方へ歩いて行く。
気になっているようで何度か振り向くが、先に車に乗り込む。
唯が車に乗るのを確認してから日出男が口を開く。
「榊君、君は広域特務課を知っているようだね」
先ほどとは打って変わって口調が厳しくなっている。
「まぁ、どういうところかぐらいなら」
刃の答えを聞いて先ほどよりも厳しい顔つきになる。
「それはどう言うわけなんだ?一般には広域特務課の存在さえまともに明かしていないと言うのに」
そう言われ、今度は刃の顔が厳しくなる。
しばらく考えて、刃が口を開く。
「まぁ、隠しても仕方ないですから言いますけど。織姫真をご存知無いですか?」
そう言われ日出男が即答する。
「あぁ、知っているが……。確か糺宮神社の……」
日出男の言葉にうなずく。
「で、そいつが俺の同級生なんすよ。それに、あいつの仕事も知ってるもんで……」
それだけ言うと、刃が黙る。
「なるほど、少なくとも嘘じゃなさそうだね。まぁそれならそれで話は早いんだけど、聞きたかった事と言うのは事故の事なんだけどね」
そう言うと、最近この近所で事故が多発していると言う事を言ってくる。
「そう言えばそうですね。実はこの前、俺もここで事故にあいそうになったんですよ。まぁ、ココだけってわけじゃ無いんですけど。」
刃の答えを聞いて何度かうなずくとメモを取り出す。
「やっぱりそうか。うーん、君に言っても良いのかあれなんだけどね、最近おきている事故が多発している地点が近くにいくつか在る。なるべくそこには近付かないようにした方が良い。」
そう言うと、一度車の方に戻り手に何か持って来る。
「これは、最近事故が多発しているところを書いたものなんで持っていくといい」
そう言って地図を渡してくる。
「良いんですか? もらっちゃって」
刃がそう言うと、今度は笑いながら答えてくる。
「何、これは秘密にしているわけじゃないんでね。まぁなるだけ気をつけるようにね」
そう言って話は終わりとばかりに車の方に戻っていく。
刃もバイクにまたがると、エンジンをかける。
再び夜の道を、刃が繰るZZRが疾走する。
風が、相田の髪を弄ぶ。
顔にかかる髪をかきあげながらもその双眸はただひとつを映し出している。
目前には、顕法寺の門が在る。
「ふん、後少しだな」
相田がそう呟くのを聞いて、アミアが軽くうなずく。
「ココの封印を解けば残りは……」
アミアがそう言うと、相田が言葉を挟んでくる。
「まぁ、問題なのは糺宮神社、それから…船津八幡神社だけだ」
相田はそう言うと、顕法寺の境内へと入っていく。
(やはり、葛城を意識しすぎている感があるわね…。)
相田の言動を見ていると、必要以上に葛城を意識している事が多い。
「あまり、誉められたものじゃないわね……」
相田との距離を取りながらそうもらす。
「何をしている?」
アミアが少し遅れているのに気付いた相田がそう言う。
「別に」
短く答え相田の後に続く。
半時ほどして相田達が顕法寺から出てくると、風が一段と強さを増す。
氷浦の街に築かれた古からの結界に亀裂が入り、平安の時が風前の灯となる。 |