それより時間は少しさかのぼる。夢人は朝食を取った後何をするとも無しに病室の大きな窓から外を眺めていた。
「それにしても、どこにいるんだろうな。織姫真か……」
ふっと真が失踪した原因について考えてみる。確かにあの瞬間、澪に拒絶された事も原因として考えられなくも無い。
ただし真ならば澪の前であれだけの力を使う事でそういう反応が返ってくる事くらいわかっていた筈ではないか?
わかっていてなおそうした力を使ったのだとしたら今こうして彼が失踪している事がわからなくなる。
そうして真と共に現れたあの『咲夜』という女性。
「まるで俺の魂を見透かしたような事を言ってやがった」
ポツリと口の中だけで呟き、唇をゆがめる夢人。
考えれば考えるほど腑に落ちない事だらけだ。
―――――――――――――――――――――――――――――
パタパタパタパタッ
「おはようございまーすっ!」
暗く沈みこんでいた思考を中断させたのはいつもの事ながら望月ちゆり嬢その人だった。ふっと笑って夢人が声をかける。
「ああ、おはようございます。いつも元気ですね」
「ああーっ、なんだかまるで私が能天気な女みたいじゃないですか」
そう言ってすこしむくれる彼女に、
「誰もそんな事言ってないでしょーが」
「言っては無くても心の中で思ってるんでしょ……」
そう拗ねる望月嬢を前に夢人が焦り出す。夢人の目には彼女は目に涙まで浮かべている…様に見えた
「ああっ、ごめんっ。あ、いや。謝るような事は考えてないんだけど……その望月さんが能天気だなんて思ってないですよ」
その言葉に少し顔を上げた望月嬢に畳み掛けるように、
「どっちかって言うと望月さんの明るさには結構救われてるんですから」
ふと夢人が望月嬢をみると、上目使いでちらちらと自分を見ている眼が「笑っている」
「ああっ、だまされたっ」
夢人が泣きまねに騙された事に気付き声を上げると、目許だけだった笑いが顔全体に広がり、
「あははははっ梓瞳さんそんなに照れないで良いですよ〜」
「もう、勘弁してくださいよ」
「そっかそっか、少しは梓瞳さんの助けになってるんだ」
そう言って、ふふっと笑う望月嬢の声にまた赤くなる夢人。この男がココまで照れると言うのも珍しいかもしれない。
「もうやめてくださいってば、結構はずかしいんですよ」
苦笑いを浮かべてそう言うと望月嬢は笑顔を浮かべたまま、
「それじゃあ、あんまり出歩いちゃ駄目ですよ。探しに行くのも大変なんですからね」
「わかりましたって、中庭位ならいいですよね?せいぜいその位までにしておきますから」
夢人が頭を掻きながらそう答えると望月嬢は頷くと、
「それじゃあ、お仕事行ってきますね」
と、手を振ってパタパタと駆けて行く。夢人も彼女につられて手を振って…ハッと頭の中に昨日言われた『白衣の天使との恋を邪魔しちゃ悪いじゃない』と言う言葉が浮かび手を止めると、
「まっさかなあ……」
そう呟きベッドに横になると中断していた思考を再開させた。
――同じ頃。
「しかしパトロールってったってなぁ」
弥侘枝葉司は同僚の運転する車の中に居た。
「いいから寝るな、俺の方が寝たいんだ」
そう運転している河原が答えると、渋々といった様子で助手席のシートを起こす弥侘。
「すまんすまん、しかしまあこんだけ暇だとねぃ」
あいも変わらず眠そうな顔をして起こしたシートに座りなおす弥侘。
「何だってそんなにねむそうなんだ? 別に昨日夜勤だったわけでもいだろう?」
「あー、そいつぁ聞かないでくれい」
弥侘はそう言うとぽりぽりと頬を掻く。
「……そうか女だな」
「はっはっは! 男だったら困るよな」
含み笑いをしながら呟く河原に豪快に笑いとばしながら答える弥侘。河原はそんな様子の弥侘を横目で見ながら、
「そういえば、お前の後輩大丈夫なのか? 氷浦の結界の事を調べてる事から考えても巻きこまれてそうだが?」
その言葉を聞くと笑いを浮かべていた弥侘の顔が引き締まる。
「巻きこまれてるだろうな、あいつの事だから」
一瞬遠い目をしながら答える。
「ふん、それにしちゃ余裕だな。無事かどうか気にならないのか?」
「そりゃ、気になるけどな。向こうから連絡が無い以上こっちから首を突っ込んでもしょうがないだろう?」
「連絡が無いのは無事の知らせって事か?」
「……多分な」
そう二人が話しながら市街地を通り抜けていく最中にあるシティホテルの前を通過した時に河原は珍しいものに目が止まり車のスピードを落とした。なにか異常かと弥侘が河原に顔を向ける。
「なんだ? どうした?」
「いや、珍しい事も有るもんだな」
そう言ってホテルの駐車スペースに停めてある車を指差す。
「ああ、なんか2、3日前からあるみたいだぜ? 金掛かってそうな車だよな」
「お前が言うなよ、しかし旅行かね。良い車に乗って……あやかりたいもんだ」
「同感だ……さしあたってパトロールとっとと終わらせてメシにでもしないか?」
「いいな、今日はそれじゃあ弥侘の奢りだな」
「おお、いいぜ」
そう弥侘が答えると河原はアクセルを踏みこみスピードを上げた。この分なら2時間程度でパトロールは終わるなと考えながら――――――。
数刻後。
氷浦市のホテルで昼食後の紅茶を飲みながら一人呟くアミアの姿があった。
「まさか、これほどのものとはね……」
アミアはJGBAが出した中間報告書を読みながら薄く笑みを浮かべる。最後まで目を通すと一旦その紙束をテーブルに投げ出し、もう一つテーブルに乗っていた紙束を取上げる。あの日の船津八幡神社の状況観察させていた部下からの報告である――大方JGBAが出したものと変わりが無い。表情一つ変えずにぺらぺらと紙をめくっていく、と一つの所で目が止まった。
「JGBAの報告書では現場には一般人はあの少女だけであると書いてあったけれど……調べてみた方が良いかしらね」
そう呟いて紙束をテーブルに置き部屋を出る。テーブルの上に置かれた紙束にはバイクから降り立つ刃と車から降りた夢人の写真があった。
同時刻。
パトロールを早目に切り上げた弥侘と河原は星診市のターミナルビルで食事をしようと近場に車を停め、ふらふらと店を覗きながら歩いていた。
「全く別に奢りだからっていつもの定食屋で良かねえか?」
奢ると言った事を早くも後悔しながら弥侘は口を開いた
「まあまあ、たまには豪華な昼食ってのも良いじゃないか」
河原は笑いながら弥侘の肩を叩く…と明後日の方向を向いている。
「どうした?」
と問いかけながら弥侘の向いている方向を見ると男と女のカップルが居る。
「良い女だねぃ、なんと言うか優しさと厳しさが同居しているような……」
「そうだな、しかし見ない顔だな。あの車の持ち主か」
「かもな、男の服装も見た感じ大学生位だろうしな。大体あんな女は星診には居ないからな」
「男の顔見たのか? 弥侘」
「いや、後姿だけだ。女は顔も見たがね」
「ふむ、まあ幸せそうで良いもんだな。ああいうのも」
「まーな、さてと、さっさとメシ食いに行こうぜ」
そう言って、二人は連れ立ってカップルとは逆の方向に歩いていった。河原はちらりと見えた顔が誰かに似ていると思いながら歩いていて、気がつけば弥侘に定食屋に引きずり込まれていた。
「ふあぁ〜ぁっ」
夢人は盛大なあくびをしながら病院の廊下を歩いている。結局昼過ぎまで色々と考えていてベッドから出なかったためだろうか、筋肉が固まっている感じがしている。
――ガチャッ。
中庭に出ると日は少し傾きはじめていて心地よい光が体を包んでいる。
一旦伸びをすると夢人はいつも身体を動かす時よりも入念にストレッチをはじめた。
ストレッチをはじめて15分ほどした頃だろうか、中庭に入るドアの開く音が夢人の耳に聞こえた。
「ありゃ、望月さんの呼び出しかな?」そう考えて足音のする方に顔を向けると、そこには見覚えのある顔があった。
「やあ、元気そうだね」
「あ……はい。えーっと葛城さんですよね」
「ああ、そうだなきちんと挨拶する機会が無かったな。もう知っているとは思うが、船津八幡神社の葛城だ」
「俺は、聖華学園大学部の梓瞳です。この間はどうも」
そう言って頭を下げる夢人
「聖華学園? ただそれだけの関わりであんな所に来たのかい?」
「ええと、ココじゃ人の耳も有りますしあっちのベンチで良いですか?」
「ああ、そうだな」
「―――そうするとバイト先の取材の関係から榊や澪ちゃん、真君と知り合ったと言う事か」
「まあ、そうなりますね。ところで葛城さんは織姫君の居場所の心当たりないんですか?」
「なぜそんな事を聞く? 取材は取りやめたと今言っていたじゃないか」
「いえ、澪ちゃんに頼まれたのもありますし……気になるんですよ。彼の事が」
「澪ちゃん? 真君の事を探してくれといったのか?」
「ああ、実は昨日の夕方俺の病室に刃君と二人で来ましてね……」
――――――――――――――
「……記憶喪失か」
「ええ、そうなんです。しかしどうして織姫君は姿を消したんでしょう。それがわからないんです」
その言葉を聞き、葛城は夢人の方へ向き直ると、
「梓瞳君、言霊というものはわかるかい?」
「ええ、まあ」
「では魔眼は?」
「魔眼? 見る事によって呪力を発生させるって事ですか?」
「まあ、そのようなものだ。君はあの現場に居たからわかるだろうが、その二つが真君には備わっている」
「二つの力が干渉せずに同居していると言う事ですか?」
「恐らく……そうだ。それで妙だと思う事は無いかい?」
言霊と魔眼。夢人はその二つの特性から一つの答えに辿り着いた……しかし、それは到底信じられないものだった。
「……まさか」
「結界を解き明かした君だから判っているんじゃないかとは思ったんだが、その考えには今まで全く行きつかなかったのかい?」
「織姫君が澪ちゃんもろとも壊滅させようとしていたって事ですか? そんな馬鹿な」
「しかし、そう考えれば……納得できないかい? 真君の行動が……」
「確かにそれは、でもおよそ信じられない事ですよ。澪ちゃんが無事だったのも偶然なんてとても……」
「俺も信じたくは無いが……しかし、あの時の真君ならやりかねないだろう……そういう、雰囲気だった」
夢人はあの時の身体の変調を思い出しぞっとしながら、
「確かに考えられなくは無いですけど……でも、そんな事がわかったからって何の解決にもならないですよ」
苦しげに言い放つ夢人を見ながら葛城は頷き、
「そうだな、それに真君と澪ちゃんがあまりにもかわいそうだ。それにあの事件は相田が当分使えなくなっただけにすぎないしな」
「というと……その相田さんって人の後ろにも人がいるって事なんですか?」
「おそらくそうだろう、だからなるだけ関わらないように……と言っても無駄なようだな」
「そうですね、ココまで関わってココで逃げたとあっちゃあ後悔しますしね。それに確かめたい事があるんです、あの咲夜と言う女性……」
葛城は独り言のように呟く夢人をみてポンと肩を叩くと
「そろそろ暗くなってきている、また明日にでも話す事にしよう」
そう言って夢人を促すと連れ立って病院の中へ歩き出した。
二人の影がながくながく伸びていた。 |