車内アナウンスが、星診へ着いたことを伝えてくる。
「ついたか」
そう言って、席を立った刃はホームへと歩き出す。
「にしても、……田舎だな」
改札を出て、あたりを見渡しながらそうつぶやく。
「さてと、まずは夢人さんに連絡入れとくかな」
そうつぶやくとポケットの中から携帯を取り出し、夢人のナンバーをなれた手つきで表示する。
刃が通話ボタンを押そうとした瞬間、手に持っている携帯が流行りの曲を奏で始める。
「ん? 誰だ…」
携帯の画面を見ると、そこには刃の情報源である聖の名前が映し出される。
「もしもし」
「おぉ、刃か。もう星診には着いたのか?」
いつも通りに聖が話し掛けてくる。
「えぇ、今着いたばっかりですよ」
周りを物珍しげに見ながら刃が答える。
「お、もう着いたのか? それより響子には連絡は入れたのか」
聖がそう言うと、思い出したように刃が聖から渡された名刺を取り出す。
「あー! 思い出した。聖さん、住所だけで分かる訳ないじゃないですか」
刃がそうまくし立てる。
「あー、そういや書いてなかったな、その名刺」
電話口の向こうで納得している。
「すまんすまん。まぁそんな事はおいといてだな、ちっとまずい事が起きた」
今までの喋り方と打って変って、緊張した声が聞こえてくる。
「広特課、ですか?」
刃も声の調子を落として答える。
「いや、広特課じゃない」
聖はそこまで言うと、『まだ未確認の話なんだ』がと前置きしてから話しはじめる。
「実はな、海外のほうに退魔士の引き抜きのための組織みたいなもんがあるんだが、その組織が織姫をターゲットにしているみたいだ。まぁ、時期的には一番良いだろうからな、そいつらが動かないわけは無いだろ」
そこまで話すと、聖が『分かるか?』と刃に聞く。
「えぇ、……でもそれほど急がなきゃなんないんですか?」
少し考えてから刃がそう答える。
「まぁ話は最後まで聞け。この組織ってのはもちろんまっとうなもんじゃないんだが、やってる事はさっきも言ったみたいに退魔士の引き抜きする際に第三者、まぁJGBAみたいな組織だな、に交渉権を売買しているわけだ。その際に、実際に取引される退魔士の意思は考えられない。詰まるところ脅迫じみた交渉をしようがお構い無しってこった」
聖との会話が長引くと、刃は近くの自販機で缶コーヒーを買い駅前のベンチに腰を下ろす。
「てことは、実際に真の交渉権を買ったやつらが動き出したって事ですか?」
今まで黙って聞いていた刃が、ポツリと話す。
「あぁ」
聖は短く答える。
「それで、真の交渉権を買った組織の事はなんか分かりますか?」
刃がそう聞く。
「今のところはまったく、だな。今綾香が下に潜ってる、分かり次第連絡は入れるようにする。まぁ、今日中には分かるとは思うがな」
電話越しで聞こえる聖の声以外に、キーボードをたたく音が聞こえている。
「すんません、頼りにしてます」
刃がそう言って頭を下げる。
「はっ、いつもの事だろ?」
聖はいつもの事さと言わんばかりに言うと電話を切ろうかすると、刃が声をかける。
「あ、そうだ。頼みがあるんすよ」
そう言ってこっちでの足が無いことを伝える。
「あぁ、そういう事か。分かった、手配しとこう」
「頼みます」
聖は『じゃあな』と言って電話を切る。
刃が耳を軽く抑えてみるとかなりの時間話し込んでいたので、耳が熱を持っている。
駅の入り口に設置してある時計を見ると、12時にさしかかろうとしている。
「飯でも食うか」
刃はそう言うと、近くのコンビニで昼食を買って昼を取ろうと歩き出す。
駅前の国道を渡る直前で信号が赤に変わり足を止めると、目の前を真っ赤なスポーツカーが疾走していく。
「わぉ、S2000か。ん、氷浦ナンバー……まさか真じゃねぇよな?」
ひとしきり独り言を言うと、『そんなわけ無いか』と言い歩き出す。
同じころ、昼食を取るべく車を走らせていた真が星診駅前を通過していた。
駅前の信号が赤に変わり車をとめる。
「ん、あれは……」
不意に真がウインドウごしに見える人影を見つめる。
「どうしたんだ、真。青だぜ?」
澄馬に呼びかけられ、目を離す。
「すみません、何でもないですよ」
信号が変わったことを教えてくれた従兄弟にむかい礼を言うと車を少し早めに走らせる。
(まさか、ここに刃が居るわけ無いじゃないですか)
真は自分にそう言い聞かせると、運転に集中しようとする。
「知ったやつでも居たのか? なわけないよな、ははは」
澄馬がそう言うと一人で納得している。
「そうですよ、星診にきたのは今回が初めてですからね」
真はいつもよりも少しだけ饒舌になりながら話す。
「そうだよなー」
澄馬はそう言うと、どうやら昼食のことを考えているらしい。
(平和、ですね)
助手席に居る昼食のことで胸を躍らせている従兄弟を見やりながらそう思わずにはいられない。
できるならこのような生活が続けば良いが、それがかなり難しいことであることは真が一番わかっていた。
わずかな光しかない部屋で、一人の女性が簡素な事務机に置かれたパソコンのモニターを見ながらキーボードをたたいている。
「あら、珍しいメールが着てるわね」
メールの差出人の名前を見て、口元に妖艶な笑みを浮かべる。
「ふーん、枝葉司君が来た事に関係ありそうね」
相変わらず口元には笑みをたたえながらメールの内容を読み下げていく。
「ふーん、そういう事か。……さーて、どうしようかしら」
知的な顔にのっている、銀縁の洒落たメガネを上げなおしながら色々と考えをまとめていく。
メールの差出人は氷浦の情報屋で、内容は最近JGBAが何かと騒いでいる原因の少年『織姫真』についての情報と、それを追ってきている人物のサポートである。
「ん、決めた!」
女はそう言うと、パソコンの脇に置いてある電話に手を伸ばし、素早く番号を押していく。
2、3回呼び出し音がなると、相手の声が聞こえてくる。
「もしもし、響子か?」
「相変わらずね、聖」
電話を取った瞬間に響子の名前を言い当てるあたり、予想していたに違いない。
「用件は分かってんでしょ?」
響子と呼ばれた女は、久方ぶりに連絡をとった相手が昔と何ら変わりないことに苦笑しながら話す。
「まぁな。で、どれだ?」
聖はそう答え、響子の答えを待つ。
「そうね、じゃぁ退魔士の引き抜きやってる組織の情報を詳しく送ってくれない? もちろん調べてるんでしょ」
「今やってる最中だけどな。終わったら送っとくよ」
聖がそう答えるのを聞きながら、片手でパソコンを扱いながら響子が電話を続ける。
「あ、それより聞きたい事があるんだけど?」
足を組みなおしながら響子がそう言う。
「何だ?」
「織姫を追ってきてる子って、あなたの知り合い?」
響子が刃の事を聞く。
「あぁ、それがどうした?」
聖が訝しげに聞き返す。
「んーん、別に。ただ珍しいこともあるもんね」
独り言のように響子がつぶやく。
「そうか?……そうかもな」
聖が、独り言とも取れる響子の問に答える。
「まぁいいわ。それじゃぁ、ね」
響子はそう言って電話を切ろうとする。
「あ、ちょっと待った」
電話を切りかけたとき、聖がそう言ってくる。
「どうしたの?」
「すまん、忘れるとこだった」
そう言うと、刃用の単車を一台手配してくれるように頼む。
「分かったわ。その子は星診に居るのよね?」
響子が刃の居場所を確認すると、了解の意を伝えて電話を切る。
「星診、か。久々に行ってみるかな」
そうつぶやいて、聖に頼まれた事を手早く準備しだす。
刃は簡単な昼食をとった後、目の前を通りかかった老人に緋月家の場所を聞いた。
「あぁ、ならそこのバス停からバスに乗るといい」
人の良さそうな老人はそう教えてくれた。
「どうも助かりました」
刃はそう言うと、バス停の方へ向かって歩き出す。
バス停に着くと、時刻表を見つけその前に行く。
「えーと、………無い」
刃はあまりにも空白の多い時刻表に愕然とする。
「嘘だろ、30分に一本しかない……」
時刻表の前で頭を抱えそうになる刃。
「…………待つ、か」
溜息混じりにそう言うと、バス停に備え付けてあるベンチに腰掛ける。
しばらくすると、バスが駅前のロータリーを一周しながらバス停に来る。
「やっときたか」
刃はそう言うと、緋月家へ向かうためのバスに乗り込み手頃な場所に腰をおろす。
「さてここまできたのは良いが、……素直に帰るわけねぇよな」
真の性格を知っているだけに、刃は気が重くなるのを自覚した。
バスに揺られながら、真を説得するためのセリフを考えるがどれも真の首を縦に振らせるとは思えない。
(だいいち、取り合ってくれるかどうかも怪しいしな)
そう考えるとなおさら気が重くなる。
「はぁ、考えてても仕方が無いな」
しばらくバスに揺られていると、親切な老人が教えてくれたバス停の名前が告げられる。
「お、ここだ」
そう言って停車ボタンを押す。
料金を払いバスから降りると、程よく寂れた住宅街にたどり着く。
「えーと、この道をまっすぐで良いのか?」
老人に教えられた道と思われる道を見ながらあたりを見渡す。
「まぁ、そんなに離れちゃいないだろ」
適当に見当をつけると、見知らぬ土地を歩き出す。
しばらくすると、ほかの家とは違い一回り大きな家が目に入ってくる。
「ここか?」
表札を見るために玄関のほうに向かおうとする刃の真横を、日本ではあまり見ることの無い、小柄なスポーツカーが通り抜けていく。
刃の横を通り抜けていった車は家の前に止まり、中から人が降りてくる。
「ん、あれは」
刃の目にうつったのは、確か咲夜といった――あの夜、真と一緒に現れた女だ。
咲夜が車の中の人物に言葉をかけると、車は発進してすぐに見えなくなる。
それを確認してから咲夜が刃のほうに向き直り話し掛けてくる。
「やれやれ、来客が多い日だな」
嘆息交じりにそう言ってくる。
「……居るんすか?」
目の前に立つ、人を超越した者に向かい刃がそう訪ねる。
「まだ帰ってきてないようだな。で、何の用だ?」
家のほうをちらりと見てから咲夜はそう返す。
「直接話したいんすけど」
咲夜に向かってそう答える。
「ふむ、ではどうする?」
顔には笑みを浮かべながら刃をからかうように言ってくる。
「……また来ます」
刃はそう言うとその場を去ろうとする。
「少年、携帯ぐらいは持っているのだろう? そんなに話したいのなら、あとで電話をかけさせるが?」
刃はそれには答えずただ首を縦に振るともときた道を引き返す。
咲夜の姿が見えなくなった所で、刃は大きく息をつく。
「……まさかアレが出てくるとは予想外だったな」
咲夜の事を思い出しながらそうもらす。
「まぁ、ここに居ることが確認できたしそれでよしとするか」
そう言ってバス停への道を歩き出す。
刃が去った数十分後に、真が操るS2000が緋月家に到着する。 |