「久しぶりだな……、まさか盆前に帰ってくることになるなんてな」
星診駅に降り立った夢人が、目を細めながらあたりを見渡す。
見慣れた街並み、相も変わらないその街並みを見て懐かしさが夢人の胸をほんの一瞬だけ包み込む。
「さて、感慨にふけってる訳にはいかないな」
腕時計を見ると、午後3時半を回ろうとしている。
時間を確認すると、携帯を取り出して電話をかけ始める。
「…………」
携帯から呼び出している音が聞こえるが、なかなか相手が出ない。
「おっかしーな、何やってんだろ?」
星診に着いたことを刃に知らせる為に電話をするのだが、刃が電話にでない。
電話をかけながら星診駅前のロータリーを歩いていると、夢人の真横を単車が通り過ぎてすぐに止まる。
「あ、やっぱ夢人さんだ」
そう言って単車から降りて近づいてくるのは刃だった。
「え、まさか単車できたわけじゃないよね?」
夢人は分かりきった事を不意に口にしてしまう。
夢人がそう言うと、刃は笑い出してしまう。
「てそんなわけ無いか? どうしたんだい、その単車」
夢人は苦笑いしつつそう口にする。
「あはは、いくら俺でもさすがに星診まで単車ではこないですよ。こいつは聖さんが手配してくれたんで、ね」
そう言いながら、単車をポンポンと叩く。
「なるほど、ね。まぁよく考えればそうだよなー」
二人は笑いながら会話を交わす。
「で、どんな感じなんだい?」
夢人がそう言うと、あからさまに刃の表情が曇る。
「まぁ、一応は会う事は出来ましたよ」
あからさまに不機嫌な顔をして刃が答える。
「その様子じゃ、うまくいかなかったみたいだな。まぁ立ち話もなんだし場所を変えないか?」
夢人がそう提案すると場所を変えるべく刃が単車にまたがり、後ろのシートを叩く。
「メットは?」
刃の言わんとする所は分かった夢人がそう聞き返す。
「コイツ、良いですよ」
そう言って先ほどまで自分が使っていたメットを夢人に投げる。
「で、刃君のは?」
「……」
「………」
「ははは、田舎だからつかまんないっすよ」
刃は笑ってごまかす。
「おいおい、仮にも俺の出身地だぜ。まぁ、否定のしようが無いけどね」
夢人はそう言いながら刃の後ろにまたがり、メットをつける。
「何処にします?」
刃は夢人が後ろに乗るのを見てからそう聞く。
「そうだな、目の前の国道を右に行ってくれ」
夢人の言葉を聞くと、直ぐに実行に移して単車を発進させる。
「………なるほど、真君らしいと言えばらしいか」
刃から事のいきさつを聞いた夢人がそうもらすと、妙に納得した顔でうなずく。
「ったく、何考えてんだか」
いきさつを話していた刃は、その時の事を思い出したのか不機嫌そうな顔をしている。
「それで、どうする? このまま帰っちまうかい?」
「……そう言う訳にもいかないでしょ」
むくれながらそう答える。
「で、監査部の動きはどうなってるかは?」
夢人の問に、首を横に振って答える。
「うーん、今の所は手詰まりだな」
夢人がそう言って両手を上げるようなジェスチャーをしてくる。
「おっと、そういや枝葉司先輩に連絡入れとくか」
「誰ですか?」
刃が間髪居れずに相手を聞いてくる。
「うーん、昔の知り合いの人がJGBAに居るんだよ」
「あぁ、そういやそんな話してましたね」
刃に断ってから携帯を取り出して電話をかける。
しばらくしてから、電話がつながったらしく声が聞こえてくる。
「枝葉司先輩、今さっき着いたんですけど……」
星診市街を巡回していた弥侘と河原がそれを目撃したのは、少なくとも本人たちにとってはどうやら不幸だったらしい。
「おい河原よ、あれは何だと思う?」
「見たまんま、じゃ無いのか?」
要領を得ない会話を短くない間パートナーとしてやってきた二人が交わしている。
「どうする?」
「どうするったって、どうしようもないじゃないか」
「……だよな」
二人がこんな間の抜けた会話をしているのは、先ほど眼にしてしまったとある『モノ』のせいである。
「引き返すか?」
「ヴィッツでか?」
そう会話を交わしながらも、河原が操る愛車は先ほど目にした『モノ』からは遠ざかっている。
「まさか出くわすとは思わなかったぜ」
「俺もだ」
先ほど目にした『モノ』とは、何を隠そう織姫真であった。
「まぁいいか。どうせうちは不干渉決め込むんだしな」
おもむろに懐からタバコを取り出し火をつける。
「おいおい、職務怠慢だぞ」
「へいへい、じゃあやっぱり引き返すか?」
「……、連絡だけでも入れとけば良いんじゃないか?」
河原はそう言うと適当な場所に愛車を止める。
「そんじゃ、連絡入れますかね」
弥侘はつまらなさそうにしながら、携帯を取り出し連絡を入れる。
真の事に関しては、不干渉に徹すると決めた弥侘だったが仕事は仕事である。
真を見つけた場所や乗っていた車両を報告し、電話を切る。
「まぁこんなもんか」
弥侘が電話をしている間黙って聞いていた河原が眉を少し吊り上げながら話し掛けてくる。
「所々情報が違ったようだが?」
「ん、そうか? まぁ良いだろ、誰にも間違いはあるさ」
「お前の場合は、意図して間違ってるようだが?」
河原はやれやれと言わんばかりに首を振る。
「まぁ、いいか」
自分で自分を納得させると、再び愛車を発進させる。
何だかんだいっても、河原も今回の事に関しては不干渉に近い態度をとろうと決めている。
「所で、問題が一つばかりできた」
弥侘はいきなりそんな事を言い出す。
「何だ、ろくな事じゃなさそうだな」
「どういう意味だ、そりゃ?」
「聞いたまんまだろ」
河原は半ば呆れた感じで答える。
「おいおい、それじゃいつもろくな事してないように聞こえるんだが」
「してないだろ。だいたい、例をあげればきりが無いじゃないか」
「ははは、そうでもないぜぇ」
「ま、それは置いといてどうしたんだ?」
話を途中できって、本題に入る。
「んー、何でも氷浦の広特の人間が今日こっちに来るらしいんだがそれを出迎えろとさ」
「広特を何故俺たちが出迎えるんだ?」
河原が疑問を口にする。
「今回の事件に関しては、うちとの共同戦線ってのが決まってんだからその関係だろ」
弥侘がだるそうな顔をして説明する。
「なるほどな、それで俺達に白羽の矢がたったって分けだ。で、何時に到着するんだ?」
「3時半の特急に乗って来るらしいから、4時半ぐらいだろう」
弥侘はそう言うと、タバコの火を消す。
「ま、これも仕事だな」
河原の方はあっさりと答える。
二人が乗るヴィッツは、一度事務所に戻るべく方向を変える。
一本の電車が星診駅に到着する。
福岡県内を横断するように走っている路線の終着駅にあたる星診は、特急が止まるにしてはさびしい街だった。
ほんの少し前までは炭鉱があり、そこで働く就業者たちが少なからず居たのだが、今に至っては炭鉱も閉山し失業者があふれ返っている状態である。
「ここが星診か」
同僚から聞いた星診の知識を思い返しながら、星診駅に降り立ったのは押上日出男である。
「JGBAの方から迎えが来るらしいが」
改札をぬけて、あたりを見渡す。
すると構内のコンビニから、二人ほどの男が近寄ってくる。
「押上日出男さんですか?」
片割れの男がそう言って確認を取ってくる。
「えぇ、そうです。そちらは?」
少し形式ばった物言いをしながら答える。
「JGBA星診一課の河原です」
河原と名乗った男はそう言うと名刺を差し出してくる。
「あっと、名刺名刺」
もう片割れの方はと言うと、慌てて名刺を探し始める。
「えー、同じく一課の弥侘です」
少し角が折れ曲がった名刺を差し出してくる。
「広域特務課の押上です」
二人の名刺を受け取った後、押上も名刺を差し出す。
「では、ご案内します」
河原はそう言うと、車を止めてある方に誘導するため歩き出す。
しばらく進むと、弥侘が足を止める。
「ん、どうかしたか?」
河原はそう言うと、怪訝な面持ちで弥侘の方を向く。
「あー、後輩が……居る」
しばし考え込むと河原の方へ近づいていって耳打ちする。
「すまん、後は任せた」
そう言うと、押上のほうへ向き直り
「申し訳無いですが、後は河原の方がご案内しますので」
それだけ言うと、後輩の方に走り出す。
取り残された形になった二人は暫く弥侘が走り去った方を見つめる。
すると、押上が驚いたような声をあげる。
「ん、あれは確か……。申し訳ないが少し時間はあるかな?」
押上は河原にそう言うと、返事を待たずに弥侘が走り去った方へと歩いていく。
二人に置いていかれた河原は呆然と立ち尽くしている。
「どうなってるんだ」
ブツクサ言いながら河原も二人の後を追う。
「お前はいったい何やってんだ?」
「いやぁ、色々あってですね」
弥侘と夢人が会話をしている横で、刃と日出男が話をしている。
「君は確か榊君だったよね」
「えぇ、…あぁ押上の」
4人が二組に分かれて会話をしているのを、河原は少し離れたところで見守っている。
どうやら時間がかかるとみた河原は、自販機で缶コーヒーを全員分買い込んで話をまとめようと近づいていく。
「おい、弥侘」
そう言って缶コーヒーを投げてよこす。
「おっ、サンキュ」
「そっちが後輩か?」
夢人のほうにも缶コーヒーを渡しながら尋ねる。
「あぁ、コイツは梓瞳だ」
「どうも、始めまして」
弥侘に紹介された夢人は、河原に向かって頭を下げる。
「俺は河原。不幸にもコイツのパートナーだ」
軽く会釈を返しながら自己紹介をする。
「所で、そっちに居る君の連れは押上さんとはどういう繋がりなんだい?」
少し声を潜めながら河原が夢人に刃と日出男の関係を聞いてくる。
「はぁ、俺も詳しくは知らないんですけどね。同級生の親父さんらしいですよ」
刃から聞いた話をそのまま伝える。
「ふぅん、なるほどね」
そんな話をしていると、刃と日出男の会話が終わったらしくこちらに近づいてくる。
「終わりましたか?」
河原が日出男にそう尋ねる。
「あぁ、申し訳ない」
そう言うと、弥侘に向き直る。
「どうする?」
「うーん、俺も行く。って事だ、後で連絡する」
夢人にそう言うと弥侘も二人の後をついて行く。
三人がさっていくのを見送ってから、刃が口を開く。
「世の中ってせまいっすね」
「はぁ、そうみたいだ」
刃の呟きに夢人は溜息をつきながら答える。 |