夕暮れ時、織姫真が緋月家の庭に面した窓を開けると、そこには一羽のカラスと戯れている咲夜の姿があった。
「……ふむ、真か」
こちらに気づいても振り返りはしない彼女を見ながら……真は、あなたに似合う鳥は他に居るでしょうに、と思う。
しかし彼女が食パンをちぎって、それがわざわざカラスが食べやすいようにして与えているのだとすると、やはり最近の咲夜は妙に人間らしくなったと感心するところもあった。
ただ相手がハト、或いはスズメ……ではなく、カラス。
その点においてはまだ常人とはかけ離れているのかもしれないが。
「咲夜さん……もう夕飯だそうですよ」
周りにいる人々は、みな彼女を人間であると信じて疑わない人ばかりだ。
こんな咲夜に対して微笑む自分を見られたら、明らかに異なる意味で取られるのだろうなと思う。
そして人間らしい咲夜の方が好きな事に変わりはないが、自分自身でその感情に対する肯定はしないだろう、とも思う。
「ふむ……。そういうわけだ。お別れだな」
向かい合うそれに名残惜しくしながら、咲夜はパン屑のついた手を、少し払う。
もっとも依然こちらに振り向く気配はないので、真には彼女の表情までそうかはわからなかった。
「なぁ、真……済まないが、あの仏舎利塔のある山まで連れて行ってはくれないか?」
「え?」
先程の自分の言葉はしっかり聞こえていたはずだが、それでもそんな申し出をした咲夜に、真は少々呆気を取られてしまった。
「……真?」
「あ、ええ」
だがいつまで呆けていても仕方なく、真は少し姿勢を正す。
「今から、甘木山に行くんですか?」
こぼれ落ちたパン屑を最後まで突付くカラスを、咲夜はまだ見やったままだ。
「ああ」
もう夕食はできている、というのに。
まだこの家の嫡子・澄馬は学校から帰宅せず、また咲夜までもが家を出ると言い出す。
こちらとて氷浦から飛び出したとはいえ、今は緋月家に世話になっている身だ。
だからそうそう自由のみを主張する立場でもないだろう、と真の方では認識していたのだが。
「咲夜さん……」
「なんだ?」
「もし私が『駄目』と言ったら、あなたはどうしますか?」
咲夜の答えは解りきっている。
が、真はいちおう彼女に尋ねてみる。
ここで咲夜の足元から、カラスは飛び立っていった。
それを見送って初めて振り返った、彼女の顔は「笑顔」だった。
「……お前が、『駄目』などと言うのか?」
最近、彼女は頻繁にこの顔をみせるようになった。
それも以前のような冷たい感じではなく、温かみを持った、まるで人のような。
彼女は「人」ではない。
「……それでは答えになってませんよ」
彼女は「人」ではないのだ。
だが、真は彼女に対する感情が顔に出るかもしれなかったので、咄嗟に背中を見せ、素直に車のキーを取りにいったのだった。
同じ頃、ここは藤丸真理(旧姓・白神)の実家・高嶋家になる。
穏やかな西日を浴びつつ盆栽をいじっているのは、マリの義兄・高嶋慎一と、詩狼である。
「詩狼、その松は切るな」
「……切る」
この2人の会話は少々ダークに進行中であった。
「重要なのはバランスだ」
「……風流、だ」
お互い日常が無口である上、姫であるマリを奪った奪われたの関係にもあるから、些細なことでもなかなか性質の悪い喧嘩をする。
今日は植木鋏しか持たないから平和的ではあるが、数年前までは慎一の銃口が詩狼の額、詩狼の小刀が慎一の喉元、というのも日常茶飯事の如くあったものだ。
最も、二人の仲がそうなる理由を全く解しておらず、ただ「仲良くしてくださいね?」と微笑むだけのマリにも責任はある。
「ネェネェ、マリのママさん! 御飯マダ、御飯マダ? 私、お腹空イたヨ!」
そしてそれを傍目に、先程まで縁側で昼寝していたはずのレイファが、正にその生態活動を全開にしはじめたところだった。
「あらあらあら、年頃の娘さんがそんなはしたない格好で寝てたのかしら?」
対する最終兵器は、マリの叔母であり養母でもあった高嶋照美(52)。
ちなみにこの2人だが、こちらの方は会話というもの自体が成立などしない。
「私今日は、お昼食べテから何も食べテないのヨ」
「そうね、もう梅雨だし、やっぱり星診は蒸し暑いでしょうね」
でもレイファは大陸育ちだし、照美も日本人だから……とかいうレベルではないのだ。
「云。私ノオナカ、御飯、御飯、言っテるネ」
「じゃあそうね、今日のおかずは八宝菜に決まりね」
だが最終的には、笑顔で頷き合う。
結果がよければ過程など、最早どうでもいいらしい。
まあ詩狼達よりかは幾分ましなのかもしれないとマリは思う。
それに数年ぶりにこの家に帰ってきた身だが、少なくとも自分はここまでひどいコミュニケーションはしなかっただろうな、とも思う。
「あらやだ」
溜め息交じりに眺めていた、壁に掛かった大きな古時計が突然音を出したので、マリはふと我を取り戻した。
「もう六時?お義母さま、そろそろ夕飯の買い物に行きませんと」
その妻の台詞に、詩狼は手にしていた鋏を静かに置く。
「……マリ」
「はい?」
彼はマリの方に振り返ったが、母屋には上がらずそのまま門外へと歩んでいる。
「……少し、出掛けてくる」
このときマリは返事をしなかった。
マリには彼の表情がきちんと見えていたわけではないが、彼が少し嬉しそうにしている気がした。
それもさも嬉しそうに……不純な喜びでも見出したかのように。
そんな感覚が、妙に自身の中でひっかったのだ。
「詩狼……飯の後には将棋だ」
だが慎一は特に気にしているふうでもなく、鋏を置き、鋭い目で詩狼を睨み付けているだけだ。
どうやら詩狼が忠告を無視して枝を切ってしまった事に、相当腹を立てているらしかった。
「……マリを頼む」
それを詩狼はというと、背中越しにさらっと流し、やはり外へ出て行こうとする。
「し、詩狼さま?」
マリは途端に夫の名を呼んだが、そこにもう彼の姿は無かった。
そう、彼はいつも消えるようにいなくなるのだ。
だが少なくとも自分達が星診に来た目的を考えれば……。
遅ればせながら、何の目的で出て行ったかはマリには見出せた。
「……詩狼さま……駄目……」
一台の車が、高嶋家の車庫からゆっくりと走り出る。
もう自分が彼の後を追ったとしても、追いつくことなどできはしまい。
「マリ……?」
「行っては駄目、詩狼さまっ!」
珍しく取り乱した義妹に驚く慎一。
彼をよそに、マリには何処かへと去った夫の名を叫ぶことしか、いまできる事は見当たらなかった。
さらに場所と時間は流れ、陽もほとんど西に沈みかけてきた頃。
「午後6時30分、このまんまだと飯抜きにされるな」
学校帰りの緋月澄馬は、川沿いの道路で額の汗を拭いながら必死に自転車のチェーンをはめ直していた。
乗っていたのは2年前に自分で購入した21段シフトのMTBだ。
だがこんな時は逆にその機能が疎まれてならない。
「ここが、なかなかはまんねぇんだよ……」
しかし今日に限ってはそんなことも言ってられなかった。
なんせ現役の高校生で退魔士でもある『織姫真』に、彼の氷浦における退魔活動について大いに語ってもらう約束を取り付けてあるのだ。
(もちろん一方的にだが)
その従兄から、彼自身が最前線の退魔士として活動していることを初めて聞いたとき、あぁこいつがJGBA施設の教官から聞かされていた「特別なやつ」だったんだな、と澄馬は認識した。
特に教官の「お前とは違う『特別な』人種」などという表現。
それに苛立ちを覚えたりもしたが、それは自分が『凡人』と言われたからではなく、むしろ『凡人』な自分自身に対してだったのかもしれないとも今になっては思う。
ある人物が若くして、彼自身の退魔士としての素質をJGBAに評価されたとしよう。
そしてさらに彼も自分が将来JGBAに所属する『退魔士』になることを心に決めたとしよう。
すると、まずはJGBA施設に所属して一定期間の研修を受けることが必要である。
彼はそこで退魔士としての資質を徐々に伸ばし、そして苦心の末に研修期間を無事終了することができたとしよう。
だがまだ彼には現場での実地訓練が待っている。
そこでは調子に乗って先走ったら、命を落とすかもしれない。
予想外のものに出会うことで、自分がそれに立ち向かうことに強大な恐怖心を覚えるかもしれない。
しかしそれすらも立派に克服したなら、彼はJGBAより退魔士ライセンスを交付され、引き続き現場へ正式に配属される。
こうして、彼は晴れて一人前のJGBA所属『退魔士』と認められるのだ。
だが振り返れば彼が『退魔士』を志して、既に5年の月日が過ぎていた……。
これがJGBA所属退魔士の、そのほとんどが歩む道だ。
それを知っていてもなお目指そうとする者、そしてそれに伴う退魔士としての資質を有し、その為の修練をしっかりと積んだ者。
その人物に対して、JGBAは「彼の者は退魔士である」と認定してくれている。
もちろん退魔士を志す澄馬はその過程上に居るわけだが、現在の教官による評価は十人並みぐらいがいいところで、ともすればそれより低いかもしれなかった。
だからなおさら、その方法に則って退魔士になったわけではない、この自分にとっても周囲にとっても特別な存在である『織姫真』という人物に対してはコンプレックスを抱いていないでもない。
如何せん彼が自分の従兄であり、しかも歳が二つしか離れていないという親近感からくるものもあるのだろうとは、当の本人も気付いては居ないが。
だが同時に湧き上がってきた興奮と期待は、真が自分の家に居る限り、澄馬の中ではまだまだ続きそうではあった。
「おっ、直ったか?」
緋月澄馬はさらに滲み出してくる汗を拭いながら、満面の笑みを浮かべた。
どうやらチェーンは小気味よい音を立てて、うまくスプロケットに引っかかってくれたようだった。
「よぅし、あの夕日まで駆け抜けろッ!」
実際に夕日を背負って声を上げているから、ある意味、絵にはなっている。
そして彼はいざ、力いっぱいにペダルを踏み出した。
そういえばこれは余談だが、澄馬のマニアな友人によれば、彼が乗るMTBのチェーン駆動方式は「クロス」という種類らしい。
なんでもペダル側が一番小さいスプロケの時、車輪側は一番大きいスプロケに切り替わるためそこに余計な負荷がかかり……つまり無理をするとチェ−ンが切れてしまう事だってあるそうだ。
だから2年前はともかく、現在は使われるのを善しとされていないタイプらしかった。
「……え?」
そんなことを思い出していたら、股下で何かが切れる音。
無理をやっちゃうと、チェーンが切れちゃうこともあるらしかった。
「マジで……?」
無理をやっちゃうと、ある、らしかった。
「それで、本当は何をしに来たんですか?」
山頂の駐車場で、真はやや不機嫌そうに咲夜に尋ねてみた。
「だから先程も言ったろう……食前の運動、だ」
だが車から降りようとする咲夜の答えは、緋月家からここに至るまでの間なんら変化はしていない。
大体夕食は既にできているのだから、いまさら運動に出かけることもあるまい。
だったら自分も付き合う、と言えば咲夜はすぐに笑ってはぐらかすから、なおさら真は不機嫌になるものだ。
「一刻くらい後に迎えに来てくれ。それまではしっかりと運動しておく」
咲夜はドアを閉めて軽く背伸びをする。
「晩御飯を抜きになっても、私は知りませんよ」
真が窓を開けてそう言うと、少し風が吹いてきたようだった。
咲夜の美しい髪が、西の残り陽を浴びて柔らかに揺らめいている。
「そうだな……その時は、夕飯をお前に作ってもらう口実ができる」
そう言ってまた真に微笑む咲夜。
「……な、何を言ってるんですか!」
そんな咲夜に見とれて赤面させられたせいか、溜め息一つで、真は緋月家へとハンドルを戻したのだった。
「……ん?」
がっくりと夕日を背にうな垂れていた澄馬の目の前に、いつのまにか、見知らぬ男がいた。
気付かぬうちに澄馬と夕陽を遮るように、そして彼を見下ろすように、その男は無言で立っていたのだ。
「な、なんだよ、あんた」
自分に影を与えるその男に対して、澄馬は身構える。
もう半袖のシャツを着ている人も多いというのに、長袖を着たこの男は、さらに全身を黒で統一していたのだ。
「…………」
男は黙って自分の背後を指差す。
澄馬がみやると、一台の黒いバンが、いつの間にか停車している。
「……え、もしかして乗っけてくれるの?」
男は何も言わず、ただ車の方へと歩いていく。
「じ、じゃあさ、こいつも乗せていいかな?」
「……好きにしろ」
はじめてその男の声を聞いた澄馬は、またも満面の笑みを浮かべ、颯爽とその黒いバンにMTBを乗せ込む。
「失礼しまぁす! いやぁ〜助かった! 大体さ、買った時からカタカタ変な音が出てて変だと思ってたんだよね。でもせっかく貯めたお年玉叩いて買ったし……」
緋月家の長男坊は、人見知りをあまりしないタイプの少年だった。
現在、織姫真が身の拠り所として居るのは彼の実家であるが、ここからそう離れているわけではない。
押して帰るしかないと諦められる距離でもあったから、場つなぎに会話していれば辿り着けるというのが澄馬の算段でもあった。
「だからさぁ…………えっ?」
澄馬がドアを閉めシートベルトを着用し終えた時、男は何の前触れも無く澄馬の右肩に触れてきた。
「や、やだな、もしかしてそんな趣味の人?」
そう言って澄馬が身体を反らし逃げようとした時、途端に彼の全身に激痛が走った。
「ぐっ、が……!」
「……大人しく……寝ていろ」
その男……藤丸詩狼は少年が気絶したのを確認すると、緋月家とは反対方向にある甘木山へ、その黒いバンを走らせていった。
「ん?」
先程まで緋月家の庭で愛でていたカラス、それと思しきものが頭上を飛び回っているのに咲夜は気がついた。
「どうしたお前。主の下へ帰ったのではなかったのか?」
だがそれも一台のバンが自分の方へ向かってきていることを認識すれば、自ずと理由がわかった。
もちろんその車から降りてきたのは、気を失っているらしい澄馬を肩に担ぎ、黒尽くめの格好をした藤丸詩狼である。
カラスはその男の空いている肩に留まると、いとも嬉しそうにして彼に語りかけている様であった。
「ほう……式に鴉を飛ばすとは、いささか趣き深いことをしてくれる男だと思ったが……やはりその少年を用いたか?」
「……これが早い」
「まぁ、そうだな」
咲夜が不意に微笑む。
「で、お前の用向きは真に対するものか? 或いは、この私に対するものなのか?」
口調はさほど変わらなかったが、彼女から放たれる明らかな殺気を詩狼は感じることができた。
「両方……だが、今は貴様ということしておく」
その台詞に咲夜は声を出して笑う。
「今までお前のように声を掛けてきた男は、みな私に命乞いをして逃げていったぞ。それも、正視に堪えぬ醜態を晒しながら」
様子は常人ならいささか正気を失ってしまったかのようにも見えるだろうが、詩狼は無言でそれを見つめているだけだった。
「それは、さぞ女冥利に尽きるな」
そして詩狼は、澄馬を少し冷えてきたアスファルトへゆっくりと降ろす。
「むろん貴様が『女』であればの話だが」
その言葉に、咲夜の眉が少しつりあがる。
「人間であるならと思うても、なりたいと思うことはない。それに……お喋りの過ぎる男は女に嫌われる、らしいぞ」
「興醒めさせたか?」
咲夜が、足元に落ちていた50センチほどの小枝を拾う。
「いや、迎えが来るまであと半刻ある。それまで、楽しませてもらおうか?」
それを見た詩狼は身構える。
「……10分あれば、いい」
陽も沈んだ甘木山の公園は、今日は特に人が居ない。
だが徐々に風は強くなり木々が揺れ始め、鳥がざわめき立っているのだけは詩狼には感じ取れた。
「行くぞ!」
声と同時に詩狼は袖箭(しゅうせん)を放ち、その袖口から放たれた10本の矢は、二方向から咲夜の喉元へと襲い掛かっていったのだった。
「もうそろそろ、ですか」
真は約束の時間が迫ってきたので、また車のキーを取って玄関へと向かっていった。
靴を履き、そしていままさに外に出ようとしたとき、急にドアが開く。
「え……?」
そこには服のいたるところが破れ、その白く美しい肌を惜しげもなくさらしている咲夜が立っていた。
脇には気を失っているらしい澄馬が横たわっている。
「ど、どうしたんですか澄馬君! それに咲夜さん、その格好は!?」
だがらしくなく大声をあげて騒ぐ真に対して、咲夜はふっと微笑むだけだった。
「小石に躓いた……ということに、しておこう」
そして咲夜は何事でもなかったように緋月家へと上がりこむ。
「私は先に風呂を頂こう。真は夕飯を頼む。それを摂ったら、今日は早めに休むとしよう」
真は何が起こったか分からぬまま、とりあえず咲夜を追う。
「なんだ? 一緒に入りたいのか?」
だがその言葉に回れ右をさせられて、結局真は、緋月家の台所でそわそわする羽目となったのだった。
「詩狼さまっ、詩狼さま!」
先程までこの場に在った特異な感覚、それに伴う恐怖。
藤丸真理には詩狼の用いる術において触媒の代わりとなる、「依女」としての強い潜在能力が備わっている。
だがそれは、自身では感情が昂ぶったとき以外はさほど感じられるものでもなく、またどうこうできる物でもない。
術者が用いて初めて発揮できるそのマリの秘められた力で、重傷を負った詩狼は命拾いをすることとなった。
「お前がここまで……」
マリの義兄・慎一は絶句した。
「甘木山に行って!」
そう必死に叫ぶ義妹にただならぬ予感はしていたが、まさかあの詩狼が、甘木山で立つ事もままならぬくらいの怪我を負っているとは。
しかも彼の傷は普通ではない。
刃物で刺されたような切り口をしている割に、傷口は奥の方が広いのである。
だがさしてえぐったような形跡もまったく見当たらない。
つまりこれが刃物による切り傷であったなら、その凶器は「刺されたあとに切っ先が広がるナイフ」ということになる。
「可能性としては、俗に言う『Japan Ghost-Busters Association』の関係者か……」
「日本退魔士協会のコト?」
眼を丸くして言うレイファに、詩狼は軽く吐血しながら首を横に振る。
「……あれはおそらく、化生、もしくは変化の類やもしれん。だが……」
「もしくは、お前のような……か?」
「……ああ」
そう言うと詩狼は横になる。
「……あの『女』は自分に素直すぎる……織姫に付き添っている時点で、これはおかしいとは思ったが」
詩狼はまたも喀血する。
おびただしい量の液体がレイファの右手を多い、マリの白い着物を赤に染め上げた。
「いや……。詩狼さま、しっかりして!もう喋らないで!」
「くっ、つかまってろよ……!」
こんなときに限って饒舌になる夫を制し、涙をこらえ切れなていないマリを見て、慎一は職業柄最も尊守すべきものを打ち破ってでもこの男を助けるべく、救急病棟へと自分の車を走らせたのだった。 |