星診にて真がJGBAに襲われている頃、氷浦の地でも問題が起きようとしていた。
「どういう事だ!」
声を荒げて怒鳴っているのは、病み上がりの葛城である。
「どういう事だ、と言われましてもね。申し上げたとおりの事ですよ、葛城さん」
歴戦の、と称するに相応しい迫力を持った葛城の一喝は、アミアによって軽くいなされてしまう。
「惚けるな、全てはお前の仕組んだことだろう」
葛城の声は受話器ごしでも普通の人間ならば恐慌をきたしかねない凄みを持っている。
「あら、それは誤解というものではありませんか?」
葛城の怒りを一身に浴びても涼しい声で答える。
「どういう事だ」
「確かにあなた方を騙した事は申し訳ありませんが、ヘッドハンティングなんて事は何処でもやっている事。それに、現状ではそれが最善とも思えますが?」
あくまで冷静にアミアは言ってくる。
「それがEGCの答えと言うわけか」
苦りきった口調で葛城が答える。
「そう解釈してもらって結構です。まぁ、結論は本人の答え次第と言うことになりますがね」
「ここまで追い詰めておいて何を言う」
「あら、それは心外ですね。遅かれ早かれこうなってしまうのは目に見えていたのではありませんか? それが幾分か早まっただけのことでしょう」
あくまで淡々と答えてくるアミアに対し、葛城は次第に冷静さを取り戻してくる。
「何故俺に情報を漏らす? 俺が真君を説得するとは考えなかったわけではあるまい」
「説得で来るのでしたらどうぞ。もし本当に出来るのでしたら、ですけどね。それから、織姫を狙っているのはEGCだけではありませんよ」
アミアの物言いには人をからかうような響が含まれている。
「どういう事だ、お前たち以外にも真君を狙っているものがいると言うことか?」
「そういう事です」
二人の間に沈黙が走る。
その短い沈黙の間に葛城は情報を整理し始める。
(EGCが真君を欲する理由は何だ? 単純に彼の能力が欲しいと言うのならここまで手の混んだ事をする理由が無い。それに、ここまで真君を追い詰めてしまうとなると彼の性格上、長い間協力関係を築くのは難しい。となると、短期間でもいいから彼の力が必要となる事………)
葛城はそこまで考えて一つの答えに思い当たる。
「なるほど、何時ぞやの輩がイギリスで何かをしでかしたと言う事か」
「ふふふ、さすがですね。正確には仕出かそうとしているのですが」
「で、お前の要求は何なんだ?」
「話の分かる人は良いですね。こちらの要求は、織姫がこちらに来るまでの間の護衛、とでも言うのでしょうか」
アミアはまたしてもなぞめいた言葉を吐き出す。
「お前がいれば問題は無かろう。それに、真君に護衛などは必要ないだろう?」
「えぇ、織姫に対しての護衛は必要ありませんわ。あるとすれば、彼の弱点となりうるもの……」
「……澪ちゃんか」
葛城は苦々しく答える。
「えぇ、何だ間だ言っても彼女の存在が織姫の中で大きいのは事実。そうなると、相手も狙ってくる可能性が高い」
「なるほどな、そっちの要求は分かった。しかし、こちらへの見返りは何なんだ? まさか、要求だけしてくるなんて虫の良い事を言うわけではあるまいな」
「織姫の帰国後の彼の居場所、と言うのではどうでしょう?」
「……食えない奴だな。分かった要求を飲もう」
そう言うと、葛城は電話を切ろうとする。
と、後ろで控えていたゆかりが電話を変わるように言ってくる。
素直に電話を渡すと葛城はゆかり先ほどまで座っていた場所に移る。
「ベル! どういう事」
「ゆかり……。ごめんなさい、あなたを騙すつもりは無かったのだけれど」
「騙すつもりは無かったって、信じられると思ってるの」
ゆかりは今にも泣き出しそうな様子である。
「……そう、よね」
二人の間に長い沈黙が訪れる。
「もし、……真君に何かあったら」
「えぇ、彼の身の安全は私が保障する」
「何かあったら、私が絶対に許さないから」
ゆかりはそこまで言い終えると電話を切る。
受話器を握ったまま、ゆかりは肩を振るわせる。
「三名坂君、今は俺達に出来ることをするまでだ」
うつむいたまま肩を震わせているゆかりにそれだけを言うと、葛城が部屋を出て行く。
「どうやら、病み上がり等と言ってはおれんようだな」
そう言うと、深い溜息をつく。
葛城とアミアの会話を聞いているものが、当の本人たち以外にもいた。
一人は氷浦に恐るべきネットワークを誇る情報屋、倉持聖。
「なるほど、そう言う訳か」
アミアと葛城の会話を盗聴しながら聖はそう呟く。
二人の会話と、自分が探り当てた情報を組み合わせ聖なりの答えを導き出す。
「奴の話が本当なら、そろそろアイツらが動き出すな」
アイツらとは、御霊の事件の時の後藤達のグループの事である。
聖との因縁も少なからずある人物である。
これまでの情報を整理しなおすと、真を中心に周りが動いている。
まず、真を助けんが為に動いている刃達のグループ。それから、アミアがメインに動いているEGC(European Ghost-Sweepers Committee=欧州退魔士委員会)。それに、相田の上司でもある後藤のグループ。他には某県警の広域特務課、JGBA氷浦二課、及び中立の姿勢を取っているJGBA星診一課といった具合だ。
「それから詩狼がなにやら織姫の周りにちょっかいを出してるみたいだしな」
考えれば考えるほど事態は複雑になってきている。
「今の所アミアが一歩リードしてるみたいだが、このままではどう転ぶかは分からんな」
現状ではどのグループも決め手に欠ける。
「さて、いったい誰が鍵を握っているのか……。案外と、人ではないのかもしれないな」
聖はそう言うと、新たな情報を手に入れるべくキーボードを叩き出す。
現状では、全ての情報において不確定要素が含まれている。
その不確定要素が消えるまでは情報を他に流す気にはならない。
この時代情報を手に入れるのは簡単だが、逆にその中から本当の情報を手に入れるのは難しい。
皮肉な事に、情報が簡単に手に入るようになってから情報の価値が上がったと言って良い。
だからこそ面白い、聖はそう考えている。
「まずは、こっちから始めるか」
いくつかの情報を画面に映し出して、必要そうな情報をピックアップしていく。
画面には、ここ最近の氷浦及び星診への入国者のリストが上がっている。
画面を見ながらキーボードをたたき出した聖は、しばらくの間休みなしで動きつづける事になる。
少なく見積もっても1週間の間に入ってきた人間を調べるのだから、普通だったら3、4日はかかるだろう。
「ったく、面倒事はこうも重なるものかね」
そうぼやきながらもキーボードを叩くのはやめない。
「っと、そうだ」
ふと思い出したように呟くと、部屋に据え付けてある電話で綾香を呼び出す。
「何?」
「仕事だ。今から送る資料から、そっちでも検索かけてくれ」
そう言うと、綾香がいる部屋へ資料を転送する。
「何、これ? 例の事件がらみ」
「それはまだ分かってないが、その可能性がある。時間が無いんで急いでくれ」
「分かった」
綾香の返事を聞くと、再び自分の仕事を再開する。
刃に関わるとろくな事が無い、前回の事件から言いつづけてきた言葉だが今回も例外ではなさそうだった。
星診市街から少し北に行った所、星診市の境に小さな山がある。
先ほどまで詩狼と咲夜が争った甘木山である。
その甘木山を登っていく車の中に、刃の姿があった。
「ここ、何処っすか?」
一緒に乗っているのは、夢人と弥侘の二人である。
「甘木山って所」
いつもの愛車ではなく、台車を運転しながら答えたのは弥侘である。
夢人の先輩でもあり、JGBA星診一課の人間でもある。
「で、何で登ってんですか?」
助手席に座って弥侘に質問する夢人。
「ん、なんとなくだ」
「は?」
弥侘の予想外の答えに刃は呆然とする。
「そんな事だとは思いましたけどね」
一方の夢人は慣れているのか、首を振りながら答える。
「まぁ、それは置いといて」
そう言って、弥侘が本題を切り出してくる。
「真の事ですか?」
「んー、俺個人的にはちっと興味はあるが、今日はその事じゃない」
予想していない答えが返ってきて、刃は拍子抜けしたような顔をする。
普通に考えれば、真の事についてあれこれ聞いてきても良さそうなものだけに弥侘の本意を測りかねる。
「これからどうしよう」
弥侘は真顔で答えてくる。
「はっ?」
今度は二人してハモッてしまう。
「だから、これからどうするかって聞いてんだろ。取り合えず甘木山登ってるがまさかそれだけって事は無いだろ?」
「なんで山登ってるんですか」
呆れ顔で聞いてくる夢人に、弥侘は力をこめて
「なんとなくだ」
そう言ってのける。
「なんとなくって」
刃もそう言って絶句する。
三人がそんな間抜けな会話をしていると、真横を救急車が下っていく。
「ん、なんでこんな山の中から救急車が?」
弥侘は物珍しげに山を下っていく緊急車両を見て、急に一速ギヤを落として山道を駆け上がる。
「今度は何?」
刃は後部座席で窮屈そうに体を支えながら叫ぶ。
「こーんな山で救急車が来るって事は」
嬉しそうに弥侘が言う。
「来るって事は?」
図らずとも、夢人と刃の声が重なる。
「事件がおきたに決まってる」
俗に言うところの、野生の感というのかもしれない。
弥侘はそう言い放って、頂上を目指してグングン加速していく。
弥侘が操るレヴィンは暫くして、頂上についてしまう。
「ふぁー、いつの間にこんなに綺麗になったんだ?」
夢人は地元の人間らしく、ここには着た事があったがその時とはまるで変わっていた。
「最近だな、こうなったのは」
刃は周りを見渡してみる。
なかなか綺麗な公園になっている。
「へぇー、いい所ですね」
刃はそう感想を漏らすが、それを聞いてる者は居なかった。
景色を眺めていた弥侘は、いきなり走り出す。
それに続いて夢人も走り出すが、途中で立ち止まっている。
「どうしたんですか?」
刃も二人の後を追って走り出すが、追いつく前に何故走り出したのかが分かった。
回り一面が凄まじい衝撃を受けたように悲惨なものになっていた。
「どうなってんだ」
夢人に追いついた時点で刃は走るのを止めていた。
「手抜き工事って訳じゃないよな?」
夢人は追いついてきた刃に向かってそう問い掛ける。
「だったら良いですけどね」
そんな軽口を叩きながら、弥侘のもとへと歩いていく。
夜景が展望できるように造られた場所で弥侘はなにやらしゃがみ込んでいる。
「何かあったんですか?」
弥侘に向かって夢人がそう叫ぶ。
「ちょっと来て見ろ」
先ほどまでの雰囲気とはまったく違った雰囲気を纏った弥侘がそう言って来る。
「何です」
弥侘の雰囲気が違うと分かった夢人が近づいていく。
弥侘がしゃがみ込んでいる目の前には、大量の血が水溜りのようになっていた。
「血、ですね。この量だとやばいな」
後ろからのぞき見た刃がそう答える。
「あぁ、なにやら大事が起ったみたいだな」
弥侘がまじめに答える。
「どうします?」
夢人が至極もっともな事を聞いてくる。
「このままここに居たんじゃ、面倒な事になりそうだな」
弥侘はそう言うと立ち上がる。
「取りあえず場所を変えよう」
そう言うと、車の方へと歩いていく。
3人は黙ったまま車に乗り込み、そのまま甘木山からはなれる。
降りる時、念を入れて裏道から帰ったのが良かったのか警官の姿を見かける事は無かった。
「あれは一体なんだったんだ?」
弥侘が口に出す。
「んー、何か不自然な力が加わってたって事しかわかんなかったっすけどね」
先ほどの惨状を思い出しながら刃が答える。
「……心当たりがあるんですけど」 少しの間考えてから夢人が喋りだす。
「心当たりって何だ?」
「俺も自信があるわけじゃないんですけど。氷浦のほうに居る時に感じた、と言うより目の当たりにした事があるんですよね」
夢人がそう言うと、弥侘が反応を示す。
「織姫真、か?」
「近いですけど、違います。それに織姫君だと俺がやばい事になるみたいなんですよ」
夢人がここまで話して、刃にも話が見えてきた。
「あの、咲夜って人ですか?」
刃がそう言うと、夢人は首を縦に降る。
「多分、ね。さっきの場所にも僅かだけどあの人の、なんていったら良いかな? 存在感、とか気配みたいなのが残ってたんだ。」
夢人がそう言うと、弥侘が相槌を打つ。
「確かに、な。なんとも例えようの無い不気味なモノがあったな。」
「俺には、良く分かんなかったですけどね。人の気配とかもしなかったし」
刃は、夢人たちが感じた何かを察知できていないようで首をかしげる。
「まぁ、一種の霊的磁場と言ったらいいかな。そう言うものがかすかだが残っていた」
3人の間にしばしの沈黙が流れる。
「ところで、その咲夜ってのは何者だ?」
弥侘があたりまえの質問をしてくる。
「さぁ?」
またしても刃と夢人がハモる。
「結局手詰まりってか」
弥侘は深い溜息をつく。
翌朝、甘木山の事件は新聞の片隅に小さく乗っているだけでさしたる興味を引くものではなかったようである。
星診市にあるガーデンホテルの一室で、今朝の朝刊を読んでいた。
「まぁ、普通に考えたらそうだろうけどな」
刃は時計を見て携帯を取り出す。
「澪に電話でもしとくか」
何度か電話の呼び出し音が鳴り響く。
(なんて言ったもんかな?)
澪が電話を取るまでの間、刃はそんな事を考えるのであった。
今日も朝から憂鬱だった。
「はぁ、何なんだろ?」
そうつぶやいては溜息をつく。
朝からそれの繰り返しだった。
「何処に行ったのかしら」
澪は心の中にあるもやもやとしたものが取れないでいた。
真と会わなくなってまだ1週間もたっていない。
だけど、何故か心はざわめいていた。
多分、仕事で氷浦を離れているのは間違いないと思う。
「そう、仕事よね」
自分に言い聞かせるように何度も口に出す。
それでも、分かっているはずなのに心が信じきる事を許してはくれなかった。
そんな感じで澪が悪循環スパイラルに今日も突入しようとしていると、突然携帯から和やかなメロディが流れてくる。
「ん、誰かな?」
携帯をみると、刃の名前が映し出される。
「もしもし!」
刃の名前が映し出された瞬間、澪は携帯を手にしていた。
「よぉ、おきてたか?」
「真は見つかったの!」
刃の言葉など聞かずにそうまくし立てる。
「はぁ、ったく。お前はまともに会話も出来んのか?」
刃は呆れた声で答える。
「あ、ごめん。それで見つかったの」
誤ってはいるが、結局答えにはなっていない。
「まぁ、な。見つけたのは見つけたけどな」
「本当に! 無事なの?」
真が見つかったと聞くと、澪の声は弾むようになる。
「あぁ、今日はその報告しようと思ってな」
「そこに真居るんでしょ? 居るなら変わってよ」
澪は当たり前と言わんばかりにそう聞いてくる。
「あ、あぁ。今一緒じゃないんだ、まだ仕事が残ってるらしくてな」
刃は苦しい言い訳をする。
「そうなの、電話ぐらいしてくれても良いのに」
澪はそう言うと、また暗くなってしまう。
「まぁ、そろそろ仕事も片付くだろうから終わったら電話するように言っとくさ」
刃はそう取り繕う。
「仕事じゃしょうがないか」
「そういう事、じゃあ切るぜ」
刃はそう言うと電話を切ってしまう。
澪は携帯を元に戻しソファに座る。
「そうか、星診に居るんだ」
そう口にして呟くと、また心が安心するのを否定する。
(何で、安心できないの。なにが……)
そうして、澪はまた悪循環なスパイラルに突入していった。 |