梅雨空幻燈
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19
星診駅から数分歩いたところにマンションが建ち並んでいる一角がある。
星診市の中でも比較的に栄えている場所で、街の所要の建物が並んでいる。
そんな場所に立っているマンションの部屋に、星診の情報屋『響子』の事務所の一つがある。
さして広くも無い部屋は、小奇麗に片付けられており持ち主の性格を端的に表しているようだ。
何時もは誰もいない部屋の中に、部屋の主が訪れたのは昨夜の事だった。
深夜に部屋にやって来た響子は、部屋につくなり情報の収集を始めたのだった。
今朝方まで情報を収集していた響子は、今はベッドの中で睡眠をとっていた。
気持ち良さそうに寝返りをうっていた響子を、電話の呼出音が無骨に安らかな睡眠を台無しにする。
「うーん、誰。……知らない」
一時は起きた響子だったが、そう言って電話の受話器を上げて直ぐに戻す。
「おやすみー」
誰にとも無くそう言い放ってまた寝ようとすると、また呼出音が鳴り響く。
暫くそのまま眠っていたのだが、相手は辛抱強く電話を掛けているらしく音がやむ気配はまったく無い。
枕を頭からかぶってシカトを決め込もうとするが、相手も切る気配が無い。
そんな不毛な争いに終止符をうつべく、響子は電話線を引き抜く。
「ふふふっ、勝った」
誰に勝ったのかは謎だが、満面の笑みを浮かべながらそう言って三度ベッドの中に滑り込む。
しかし、今度は玄関のドアをガンガン叩く音が聞こえてくる。
さすがにこう何度も起こされては、目が覚めてしまう。
仕方なく玄関へと向かう。
外には弥侘が立っている。
「おーい、起きろー」
相変わらずそう叫びながら弥侘はドアを叩いている。
そんな弥侘の顔を見たら、無性に腹立たしくなってきた響子は音を立てないようにドアに近づくと、不意にドアを力いっぱい押す。
ガンッ、と凄い音がする。
「誰?」
わざとらしい顔でそう言うと、弥侘の方を見る。
「どうしたの?」
顔を押さえてしゃがみ込んでいる弥侘を見て、一言だけそう言う。
「っー、お前思いっきりわざとらしいぞ」
何とか立ち上がると、響子にむかって悪態をつく。
「ふん、私の睡眠を邪魔するからよ」
ジロリと弥侘を睨む。
「ホントかわいくねぇ奴」
弥侘はそういい返す。
「あんたに可愛く思われたくないわ、で何?」
弥侘の悪態をさらりとかわした後にそう言って、部屋へと上がるように言ってくる。
中に入った後、コーヒーメーカーに水を注ぐ。
「ブラックでいい?」
「あぁ、頼む」
勝手にソファに座りながら弥侘が答える。
ベッドの横には、響子の安眠を妨害した電話機がひっくり返っている。
引き抜かれた電話線を元に戻していると、コーヒーを入れる間に、トースターにパンをセットしながら響子が質問してくる。
「それで、今日は一体何なの? つまんない用事だったらはったおすわよ」
語尾に微妙な殺気を匂わせつつ響子が用事を聞く。
「ちと調べて欲しい事があってな」
「織姫真の事、それとも昨日の甘木山の事件?」
響子がそう聞くと、弥侘は少し驚いた様子を見せる。
「相変わらず早いな」
「仕事だからね」
後ろの方でトースターがチンと音を立てる。
「まぁ良いわ、その話の前に食事させて」
そう言うと、キッチンの方にいき二人分のコーヒーと自分のパンを持って弥侘のむかい側に腰を下ろす。
テーブルにカップを並べながら、
「で、何が知りたいの?」
パンを食べながら響子が弥侘に質問する。
「そうだな、甘木山で何が起った?」
弥侘はストレートに聞いてくる。
「それは、現場を直接見た人間じゃないと分からないわ。ただ……」
響子はそう言うと語尾を濁す。
「ただなんなんだ?」
「ちょっと気になる事があるんだけど、ね」
軽く嘆息しながら響子が答える。
「まぁしょうがないか、現場を見ただけじゃまったくわかんねぇんだもんな」
弥侘はそう言って昨日の事を響子に話す。
「聞けば聞くほど見当のつかない話ね。…それよりも、その後輩が言ってた心当たりって何なの?」
響子は興味を持ったらしく、正確には気になる事に近そうな話だったためだが、続きを促す。
「あぁ、その心当たりってのは『咲夜』って奴らしい。俄かには信じられねぇけど、噂の『織姫真』の守護霊みたいなもんらしい」
弥侘は、夢人から聞き出した咲夜の存在をそのように仮定していた。
「守護霊ね、確かに俄かには信じられないわね」
響子は、半信半疑で頷く。
確かに話で聞くだけでは信じられないような事であるし、第一に情報屋を営んでいる響子は、正確な裏付けが無い情報は信じられない。
「だけど嘘をつくような奴じゃないし、嘘をつく理由も無い。そいつがやったとしてだ、相手は誰だと思う?」
弥侘は、響子にそう聞いてくる。
「もう知ってると思うけど、氷浦二課では無い事は確かね。昨日の晩に織姫真に潰されてるから。そうなって来ると今の所話せるだけの情報は無いわね」
響子はそう言うと、両手を上げてお手上げの格好をする。
「そうか」
弥侘は短く答えてソファから立ち上がる。
「この件については早めに調べておくわ」
響子が出て行こうとする弥侘の背中にそう言うと、優雅にコーヒーを飲み込む。
響子がコーヒーを飲み終わり、仕事に取り掛かろうとすると、本日二度目の電話のベルが鳴り響く。
「もぅ、電話が多い日」
溜息混じりに言いながら電話を取ると、響子には聞き覚えの無い声が聞こえてくる。
「もしもし、田尻さんですか?」
「誰?」
聞き覚えの無い声に、響子はそう答える。
「えっと、聖さんの知り合いなんっすけど。そう言えば分かるって聞いてたんですけど?」
電話の相手は刃であった。
「あぁ、話は聞いてるわ、確か……榊君だったっけ?」
「そうです」
「で、どうしたの?」
ソファに座りなおして、艶かしく足を組みなおす。
「少し、調べて欲しい事があるんですよ」
当たり前といえば当たり前の事を刃が口にする。
「何を調べればいいのかしら?」
響子は口調こそ変えないものの、少し苦い顔をする。
「聖さんにも頼んであるんですけど」
刃は、そう前置きする。
「ここ2、3日の間に星診に入ってきた人間の中から身元を割り出して欲しい奴がいるんです」
刃はそう言うと、一息ついてから続きを話す。
「その中から、海外の退魔士関係か裏の世界の人間を…」
 「…探し出せば言い訳ね」
 響子は刃の話の続きを引き継いで話す。
 「早めにお願いします」
 「出来るだけ早めに調べてみるわ、連絡はこっちからするから」
 響子はそう言うと、仕事部屋の方に歩き出す。
 「それじゃ」
 刃はそう言うと電話を切ろうとする。
 「あ、そういえば君の友達の織姫君の事なんだけど。昨日の晩に氷浦2課に襲われたらしいわ。まぁ返り討ちにしたみたいだけどね」
 響子の言葉を聞いた刃は軽く舌打ちする。
 「死人はでたんすか?」
刃は当たり前のように聞いてくる。
「今の所、そう言う情報は入ってきてないわね」
「そうですか。……それじゃ」
「えぇ」
そう言うと、電話を切る。
「どうやら、織姫って子はかなりの危険分子の様ね」
刃の質問の内容と今までに入ってきている情報を統合して、響子は真の存在を危険分子と判断する。
「さて、どうしたもんかしら」
そう呟いた響子は、怪しく微笑んでいる。


氷浦2課が真を襲った、という情報が葛城達のもとに入ったのは次の日のことであった。
「アミアは一体何をやっているの!」
ゆかりの口からそう罵声が飛び出す。
「落ち着け、今の真君には誰が行っても返り討ちに会うだけだ。それよりも、今は出来る事をしたほうがいい」
あくまで冷静に葛城は言うと、ゆかりの肩に手を置く。
「でも……」
あくまで反論しようと葛城の方を振り返ったゆかりだが、葛城の言葉に素直に従うことにする。
葛城が怒っていないわけはない、自分よりも真との付き合いが長い分怒りも相当なもののはずだ。
「それよりも、変だとは思わないか」
「なにがですか?」
ゆかりは葛城が何を言おうとしているのか分からずにそう聞き返す。
「氷浦二課の行動だよ。真君の力は、直に見ていなくても簡単に想像がつくはずだ。」
「確かに、そう言われてみれば……。何か対抗策でも見つけたのかも?」
「いや、それは無いだろう。あの力は人が対向できるものとは考えにくい。時間的にもそんな余裕があったわけでもない、とすると……」
ゆかりがいくつもの状況を考え出す。
「……まさか!」
ゆかりが一つの結論を導き出した。
葛城も同じことを考えていたようでゆかりを見て頷く。
「まだそうと決まったわけではないが、可能性は強いな」
ゆかりが落胆したように椅子に座る。
「急いで情報を集めなければな」
葛城はそう言うとゆかりを着いて来るように促がす。
「どこに行くんですか?」
「言っただろ、情報を集めなければ結論は出ない。ここであれこれ考えるよりも少しでも出来る事をするんだ」
葛城はいつも以上に冷静にそう言ってくる。
葛城にそう言われ、ゆかりも立ち上がる。
「はい」
ゆかりが立ち上がる様をみて、葛城は満足そうに頷く。
二人は各々の愛車に乗り込み船津八幡神社から飛び出していく。


星診に来て、3日目。
刃はそろそろ大きな賭けに出ようとしていた。
そのための布石は先ほど済ませている。
後は向こうのアクションを待つだけの状態である。
「ってか、そろそろ帰らんと進級できないぞ」
当たり前と言えば当たり前のことであるが、普通の高校生である刃が平日にウロウロしているという事は、学校はさぼりである。
「さて、ちゃっちゃと済ませるか」
そう言うと、単車にまたがりエンジンをかけて吹かす。
いつもの愛車とは違うが単車が奏でるこの音を、刃は事の他気に入っていた。
駅の駐輪場から刃が颯爽と滑り出す。
「まずは、……だな」
刃は、やっと覚えた国道を南に目標を向けて単車を操る。
昨日の夜、真が二課に襲われた時には刃の方にもそう言う情報は入ってきていた。
先ほどの響子との電話のさい、響子の性格を考慮した上での言動である。
もちろん、刃にそう言う入れ知恵をするのは聖である。
実際の所は、刃が望むべく方向に現実が動き出している。
今の刃の行動理念と言えば、真を無事に氷浦につれて帰る事。
 「そううまく行けば良いけどな」
 刃はそう愚痴ると、単車を星診駅裏に止める。
 あたりを見渡しながら駅の近くにある喫茶店へと入っていく。
 その後、刃は今後を決める重要な話し合いを始める事になる。
 その相手とは、まず一人目が押上日出男。
 ひょんな事から知り合いになった、同級生の父親でもある。
 そして二人目、……アミア・ベル・レイジーン。
this page: written by syu.
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