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5
 翌日。
 真は、葛城や瀬名に誘われるまま、氷浦市近郊にあるサーキット場でマシンテストを行っていた。
 ピットレーンでは、葛城と瀬名がじっとモニターを見つめている。その目は、一様に厳しい。
 「……織姫にしては、タイムにばらつきがありますね」
 瀬名の言葉に、葛城は重々しくうなずく。
 「ああ」
 「決して遅いというわけではない。だけど、セッションごとのタイムに大きなばらつきがあるんですよ。さっきから見てると、かなり運転が粗くなっていますよ。だから、ラインどりにも当然ばらつきが出る。……ほら、ココも」
 モニターを見ながら、瀬名が真の車を指差す。
 素人目には何がどう違うのかさっぱりわからないが、瀬名にははっきりとわかるらしい。
 この男、元レーサーという経歴を持っている。主な戦歴は、1994年度、1995年度の全日本F300のシリーズチャンピオン――つまり、国内のトップフォーミュラを二連覇した男である。その後、F−1を目指したが果たせず、レースからは引退。その後の再就職先が桜坂総合警備という、面白い経歴を持つ。
 「織姫、一旦休憩を入れよう。ピットに戻れ」
 何かあった、と見た瀬名は、迷うことなく無線でそう命じた。


 「……何かあったのか? お前にしては、タイムにばらつきがあったし、ラインどりも周回ごとに微妙にずれていたぞ」
 ピットに戻り、車から降りた真に、瀬名が軽いため息とともに尋ねる。
 「いえ、車もタイヤも、問題はありません」
 「……だろうな。テレメトリーデータを見る限り、クルマ自体は何の問題もなく走れてる。となると、問題があるのは……」
 「私自身、というコトになりますね」
 深い溜め息をつきながら、真が答える。
 「……お前がそういうコトを素直に認めるのも珍しいな。一体、何があったんだ?」
 彼の背後になにやらキケンなものを感じながら、瀬名が尋ねる。
 真は観念したようにもう一度深い溜め息をつくと、
 「実は……」
 と、昨日の出来事を語り始めた。


 「……そりゃぁ、ゆかりを誘ったお前が悪いだろう」
 事の顛末を聞いて、瀬名は大きく溜め息をついた。
 「やっぱり、そうですかねぇ……」
 「『そうですかねぇ』って、お前、何も知らないのか?」
 「え? ゆかりさんに何かあったんですか?」
 キョトン、とした顔で尋ねる真に、瀬名は頭を抱え、葛城も声を出して笑い始める。
 「(こいつほどお約束な奴もいないよな……)……あのな。澪ちゃんがお前の事を好きだ、って事は、いくらなんでも知ってるだろう?」
 「あ……ええ……まぁ……その……」
 一瞬間があいて、真が間の抜けた声を出す。それをみて、瀬名はさらに唖然とする。
 (こいつ……まさかとは思うが……)
 そう。まさか、とは思うが。
 真の反応を見ると、それが間違いだとは言い切れないのが恐い。
 「まぁ、それはこの際いいとして。お前の失策は、事もあろうにその澪ちゃんがライバルとして意識してるだろう、ゆかりと一緒にいた事がすべてだな」
 「……………………………」
 一気に、真の顔が赤く染まった。
 「いやだなぁ。瀬名さん、からかわないで下さいよ」
 「阿呆」
 本気で照れているらしい真に、瀬名が真顔で突っ込む。
 「澪ちゃんにしてみれば、お前がゆかりと一緒に街を歩いてるところに出くわせば、裏切られた、と思うだろうさ」
 「でも、それは……」
 と言いかけて、真は口をつぐんだ。
 今になって考えると、思い当たる節がいくらでもある。
 澪はゆかりに対して距離をおいている感じだったし、ゆかりも澪にはあまり近寄ろうとはしない。
 「事情がよく飲み込めたら、とっとと謝ってこいよ」
 瀬名に言われて、真は大きくうなずく。
 が、立ち上がって、あ、と小さく声をあげた。
 「何だ?」
 「瀬名さん、車貸してください」
 「何言ってんだ。自分の車で行けばいいだろう?」
 「それが出来れば何も言いませんよ」
 溜め息をつきながら、真がガレージを見やる。
 つられて見た先には、サーキット付きのメカニックスタッフが、整備のために真の車をばらしてしまっていた。あ、という顔つきで、メカニックたちが顔を見合わせる。
ゆっくりと首を振って、瀬名はポケットから車のキーを取り出した。
 「……あてるんじゃないぞ」
 「瀬名さんみたいな運転はしないから大丈夫ですよ」
 「こいつ……!」
 軽くこぶしを振り上げる瀬名に、真はニッ、と笑みを浮かべた。
 「行ってきます」
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