翌日。
真は、葛城や瀬名に誘われるまま、氷浦市近郊にあるサーキット場でマシンテストを行っていた。
ピットレーンでは、葛城と瀬名がじっとモニターを見つめている。その目は、一様に厳しい。
「……織姫にしては、タイムにばらつきがありますね」
瀬名の言葉に、葛城は重々しくうなずく。
「ああ」
「決して遅いというわけではない。だけど、セッションごとのタイムに大きなばらつきがあるんですよ。さっきから見てると、かなり運転が粗くなっていますよ。だから、ラインどりにも当然ばらつきが出る。……ほら、ココも」
モニターを見ながら、瀬名が真の車を指差す。
素人目には何がどう違うのかさっぱりわからないが、瀬名にははっきりとわかるらしい。
この男、元レーサーという経歴を持っている。主な戦歴は、1994年度、1995年度の全日本F300のシリーズチャンピオン――つまり、国内のトップフォーミュラを二連覇した男である。その後、F−1を目指したが果たせず、レースからは引退。その後の再就職先が桜坂総合警備という、面白い経歴を持つ。
「織姫、一旦休憩を入れよう。ピットに戻れ」
何かあった、と見た瀬名は、迷うことなく無線でそう命じた。
「……何かあったのか? お前にしては、タイムにばらつきがあったし、ラインどりも周回ごとに微妙にずれていたぞ」
ピットに戻り、車から降りた真に、瀬名が軽いため息とともに尋ねる。
「いえ、車もタイヤも、問題はありません」
「……だろうな。テレメトリーデータを見る限り、クルマ自体は何の問題もなく走れてる。となると、問題があるのは……」
「私自身、というコトになりますね」
深い溜め息をつきながら、真が答える。
「……お前がそういうコトを素直に認めるのも珍しいな。一体、何があったんだ?」
彼の背後になにやらキケンなものを感じながら、瀬名が尋ねる。
真は観念したようにもう一度深い溜め息をつくと、
「実は……」
と、昨日の出来事を語り始めた。
「……そりゃぁ、ゆかりを誘ったお前が悪いだろう」
事の顛末を聞いて、瀬名は大きく溜め息をついた。
「やっぱり、そうですかねぇ……」
「『そうですかねぇ』って、お前、何も知らないのか?」
「え? ゆかりさんに何かあったんですか?」
キョトン、とした顔で尋ねる真に、瀬名は頭を抱え、葛城も声を出して笑い始める。
「(こいつほどお約束な奴もいないよな……)……あのな。澪ちゃんがお前の事を好きだ、って事は、いくらなんでも知ってるだろう?」
「あ……ええ……まぁ……その……」
一瞬間があいて、真が間の抜けた声を出す。それをみて、瀬名はさらに唖然とする。
(こいつ……まさかとは思うが……)
そう。まさか、とは思うが。
真の反応を見ると、それが間違いだとは言い切れないのが恐い。
「まぁ、それはこの際いいとして。お前の失策は、事もあろうにその澪ちゃんがライバルとして意識してるだろう、ゆかりと一緒にいた事がすべてだな」
「……………………………」
一気に、真の顔が赤く染まった。
「いやだなぁ。瀬名さん、からかわないで下さいよ」
「阿呆」
本気で照れているらしい真に、瀬名が真顔で突っ込む。
「澪ちゃんにしてみれば、お前がゆかりと一緒に街を歩いてるところに出くわせば、裏切られた、と思うだろうさ」
「でも、それは……」
と言いかけて、真は口をつぐんだ。
今になって考えると、思い当たる節がいくらでもある。
澪はゆかりに対して距離をおいている感じだったし、ゆかりも澪にはあまり近寄ろうとはしない。
「事情がよく飲み込めたら、とっとと謝ってこいよ」
瀬名に言われて、真は大きくうなずく。
が、立ち上がって、あ、と小さく声をあげた。
「何だ?」
「瀬名さん、車貸してください」
「何言ってんだ。自分の車で行けばいいだろう?」
「それが出来れば何も言いませんよ」
溜め息をつきながら、真がガレージを見やる。
つられて見た先には、サーキット付きのメカニックスタッフが、整備のために真の車をばらしてしまっていた。あ、という顔つきで、メカニックたちが顔を見合わせる。
ゆっくりと首を振って、瀬名はポケットから車のキーを取り出した。
「……あてるんじゃないぞ」
「瀬名さんみたいな運転はしないから大丈夫ですよ」
「こいつ……!」
軽くこぶしを振り上げる瀬名に、真はニッ、と笑みを浮かべた。
「行ってきます」 |