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3
 …ずいぶんと変わったつもりでいたけれど君から見たらぜんぜん変わり映えしないのだろうか。2年前のあの事件があって両親を失った俺はこの町を離れ中部地区に住む叔父にひきとられた。それから俺は半年近く記憶を失っていて自分が誰なのかも答えられないような状態だったらしい。どうにか生活が出来るようになってからは叔父の薦めで聖華高校に2年生として通う傍ら精神のリハビリ…つまり記憶を取り戻すための通院を繰り返した。そのかいあって記憶はおおかた取り戻した。しかし、君とは連絡がとれず「自然消滅」ってかたちで縁はぷっつりと切れていた。
 そして俺は高校3年生になった。今回は誰も住んでない実家の整理をして、手放すか貸家にするかを決めるために帰ってきたんだ。


 ひさしぶりに見る星診ほしみの町並みは、なんだか寂しげだった。バイクをとばしながら見えるだけでも、五分の一以上の店がつぶれているかシャッターを閉めている。街を離れあの場所に近づくにつれそういった店が多くなっているように感じた。
 あの場所……君、いや沙耶がそういった場所はこの星診市の東にある診野山みややまにある公園だった。あの頃、診野山公園で放課後をすごすのがふたりの日課になっていた。
 バイクを降りて公園に入っていくと、火のように紅い夕陽が二つ揺らめきながらゆっくりと近づいていた。水平線が二つの夕陽を阻んでくっきりと見えていた。
 「急がないと真っ暗になっちまうな、いくら懐中電灯があってもなー」
 声に出して一度伸びをすると、奥の物見やぐらを模した灯台に向かって走った。


 「しっかし、いっくらなんでもこれはチョット多すぎんじゃねーか……しかもはっきりと。これ普通の霊感ない奴にでも見えちゃうんじゃあないの…ま、確かに夏の風物詩ではあるけどさー」
 何でも無い事のようにつぶやいていた。
 が、正直、心の中で唸った。さまざまな姿をした異形達――それが普通の人間と同じ次元に居るかのごとく視えるのだ。
 「迷惑だが……、全部封じるのも還すのも事だしな……」
 俺は言っちゃ−なんだが霊力がある。ガキの頃はそれが原因で異形に襲われた事もある。しょっちゅうなので独学で「封じ」や「還し」を学ぶ羽目になった。おかげで俺の本棚は怪しい本でいっぱいだ。
 異形の余りの多さにうんざりしかけながら、やぐらの下にたどり着くと流石にやぐらの丘には異形は近づけないらしく、封印の石柱の周りでうろうろと歩き回っている。奴らの眼には巨大な岩がそびえ建っているようにでも見えるのだろうか。
 「よっこらせっと」
 結界の要に触れないように慎重に結界の中に入る。と目の前に30メートルもの櫓がそびえている。
 「なんだよ、またこれを上るのかぁ?」
 ため息をつきつつ上を見上げる。人が居るのか居ないのかすらわからない。夜のとばりが空全体を包み始めている。
 「じゃあ、頑張って登りますかね」
 掛け声をかけでもしなきゃ登る気になりゃしない。


 カン カン カン カン
 靴の鋲があたりの空気を震わせている。
 「何でこんなトコで待ち合わせなんだよ。あいつだってここが今やばい事は知ってるはずなのに……」
 ぶつくさ言いながらふと考えていた。
 この診野山公園では毎年春と秋に祭をやっている。その際に祭祀を引き受けるのが沙耶の実家である星診神宮なのである。そしてその宮司は今でもその類系の中で一番霊力がある人間が務めるようになっていることを昔、沙耶に聞いた覚えがある。
 はっきりと言ってしまえば、沙耶は次の代の宮司候補に挙がっていたほどの霊力の持ち主だった。そんな沙耶がわざわざ高校の頃の決まった場所だからと言ってこんなとこに呼び出すなんて???とボーっとしながらも階段を上っていると、夜空に浮ぶ星が見えた。
 「とっ!!なんだあっ?ありゃあっ!!」
 思わず叫んでいた。いま空に見えていた星が一斉に落ちてゆく……そしてまるで花火か何かのように落ちてゆく途中で消えてゆく。俺は疲れも何も忘れてとにかく駆け出していた。   
 ようやく物見やぐらに辿り着いた俺はすぐに沙耶の姿を見つけた。しかし俺は声をかける事が出来なかった。ありえない事が起こっていた……彼女の後ろの景色、今は月だけが浮んでいる空と、町のまばらな明かりが彼女の身体をすかすようにして見えていたのだ。俺の気配に気付いたのか彼女は何か俺に話し掛けようとしているようだった。
 「なんだよ?聞こえないんだ沙耶!どーゆう事なんだよ?」
 彼女はそのとき初めて自分の身体が消え始めていることに気がついたようだった。そして、なおも何か訴えかけていた。星診神宮の方を指差し、身振り手振りで何かを伝えようとしていた。しかし、その間にも彼女の身体は徐々に夜の闇と同化してゆき……そして消えた。
 「……うそ、だろ。」
 どうゆう事か全く想像がつかず、混乱しながらも沙耶の言わんとした事を思い浮かべようと考えたが全くわからない。とにかくわかっていて手掛かりとなりそうなのは沙耶の実家の星診神宮に行って見る事だけだった。
 

 「……という事なんです」
 星診神宮の一室に通された俺は今日帰省してきて駅で沙耶に逢ったこと、それから今まで起こったことを順を追って説明していった。
 「そうか…」
 目の前には憔悴しきった沙耶の親父さんが居る。俺の話を目を瞑って聞いていた親父さんだったが話を聞き終えるとおもむろに口をひらいた。その話ではこうだ。昨年から今年にかけて星診の霊的磁場が大きく狂ってきているのを知って星診の一族でその原因を探っているところだった。その原因がどうやらわかりかけた所で沙耶がその調査中行方不明になったらしい。
 「それが1週間も前の事だ。沙耶はいまだに見つかっておらん」
 「そんな……じゃあ俺が見た沙耶はなんだったってんですか!幽霊だなんて言わないで下さいよ」
 「……そんなことは言っておらん。ただ、事態はもっと深刻かもしれん。夢人、おまえさん、さっきまで診野山公園におったといったな。そのときどう思った? あの状況をどうみた?」
 「さあ……? わかるわけ無いでしょう。ただ、星診に何かが起こっているって事しかわかんないですよ。大体親父さんの方が本業じゃないっすか。星診に何かが起こってるって事でしょう? 原因自体が星診に在るんですか?」
 「そうだ、沙耶も行方不明になる前に電話でこんなことを言っておったんだ『もしかしたら原因はすぐ近くにあるのかもしれない。伝説はただの伝説で終わらせちゃいけないのかもしれない』……そんな事を言っとった」
 「でも、星診にある伝承とか伝説って何種類もあるじゃないですか。そんなのどれがどれだか……」
 言いながら頭の中に一条の光が差し込んだ。もしかしたら……いや、沙耶が伝えようとした事は……あの身振り手振りは何を示していたのか。
 「おい! どうした。夢人何か思い当たることがあるのか」
 親父さんが肩をつかみ俺を現実に引き戻した。
 「ええ、なんとなくですけど。沙耶の言おうとしていた事が見えてきたんです。あの中で一番古い文献も何も残ってない伝説がありますよね」
 「ああ、谷津の森伝説か。確かに今では祭と伝説の物語としてしか存在してないな。伝説からみて<大祭>の大蛇は蛇鬼か夜刀神かといったところか、まあ根拠地に星診山を山城としていた民がそう呼ばれたのではないか? と俺は考えているがな」
 「伝説ではそれは退治される側ですよね。それならば祭が他の地方と同じように神楽で退治した側を祭る形になってもいい筈です。しかし実際<大祭>は大蛇を祭る祭です。もし親父さんが言うようにこの地方に住んでいた人だったとして、蛇鬼だと夜刀神として貶められたのだとしたら? そして、もしその貶められた民が強い霊力を持っていたとしたら? それが崇り神となっているとしたら?」
 「ふむ、では夢人は今回の件が大蛇を封じている何らかの結界が破られ起こっていることだと考えたわけか……」
 「ええ、これは今思いついた事ですけどね。……それにこっちに居た頃の事ですが。弥侘やた先輩と一緒に仕事をしてたときに星診の霊症って大人たちが考えてるようなものが原因じゃないんじゃないかって調査してたんですよ。その最中で俺は事故に遭って星診から離れましたけど……」
 「弥侘? ああ、枝葉司しょうじ君か。たしか彼は星診のJGBAに務めているはずだ。もっとも彼も今回の事を調査しているかもしれないが…連絡をとってみるか」
 「そうしてみて下さい。俺は心当たりがあるんで、今から行って見ます」
 「一人で行くつもりか、もしお前の考えが当たっていたとしたら相手は崇り神だ死ぬぞ! 待つんだ」
 ……昔、霊力の基本的使い方を教えてくれた時の師としての言葉だ。その言葉には逆らえない、それはわかっているが。
 「しかしそんな事言ってる場合じゃ……」
 なおも言うと頭の上から薄い藤色の袿が被せられた。
 「とにかく枝葉司君に連絡を取るからそのあいだ身を清めて来い。とにかくそれからだ。」
 そういうと親父さんは奥の間に歩いていった。
 「……しゃあねえ、とりあえず言うとおりにしとくか。手掛かりは無いんだしな。」


 なんだかんだ言っても落ち着いて身を清める事ができるはずも無く。そこ10分で部屋に戻るとそこではすでに弥侘先輩と親父さんが座って話をしていた。
 「親父さんお待たせしました。お久しぶりです、弥侘先輩……なんですか死人を見るような眼をして」
 「……いやスマンスマン。誰が帰ってきたのかと思えばお前だったのか、とりあえず親父さんから事情は聞いた」
 「それで何かわかりますか?」
 「多分な。昔つるんで調査していただろう? あれが有ったからわかったようなもんだがな」
 「ということは、診野山にあるアレですか?」
 「そうだ。気付いていたのか……夢人お前あそこに入った事有るか?」
 「いえ、無いですけど……」
 「あそこはかなり厄介なんだ。下手に入るとあっち側に引っ張られる…だから沙耶ちゃんがあそこに入り込んだ可能性はある」
 「そんなに厄介なトコだったんですか。じゃあなぜふさがないんです?」
 「塞がないのではなく塞げないんだ」
 黙って話を聞いていた親父さんが静かに言う。それに続けて先輩が
 「それにな、あそこに目をつけたのが2年前だ。お前が事故に遭ってからは調査しようにもアレに関連しそうな霊症が起こらなかったからまったく手掛かりがつかめなかったんだよ。JGBAに入って資料室引っ掻き回して調査していて辿り着いたのはついこの間だ」
 「じゃあ、急ぎましょう。場所がわかったんなら行ってみないと、どうしようもないでしょう? 先輩、親父さん!」
 「待て夢人。今回の事で親父さんは出れないぞ」
 「なんでですか! 沙耶がそこに居るかもしれないんですよ」
 「今回の事で他に封じてある御霊の結界が危なくなってくるかもしれん。そうなると星診の結界の要である星診神宮の宮司が留守にするわけにはいかんのだ夢人、枝葉司君、本来ならこんな事は頼むべきではないのだろうがあえて頼む。行ってくれるか、そして沙耶を頼む」
 俺は先輩と顔を見合わせて
 「何を言ってるんですか。師匠が霊力の使いかた教えてくれたんじゃないですか。そうそうくたばりゃしませんってば。ね、先輩?」
 「おう。大丈夫ですよ、危なくなったら二人して逃げ帰ってきますから。それに向かう前JGBAの方にも連絡入れるんでどうにかなるでしょうから」
 「すまんな、二人とも。道場の倉庫の獲物使えるだけ持っていけ……生きて帰ってこいよ」
 「「はい!!」」
 二人返事をして部屋を出て道場に向かおうとすると
 「夢人、おまえ自分で使う分だけ道場から取って来い。俺は自分のが在るからいいから。そしたらすぐ来い、表に車まわしてるからな」
 「わかりました」
 俺は走り出しながら返事を返した。
 

 「なんだぁ?こりゃあ……ココから探せってか」
 道場の倉庫の中はさながら陳列されてない骨董品屋か博物館か? と思うほど物であふれていた。頭をめぐらしてふと目にとまった太刀を手に取るとしっくりと手になじみいい感じだ。野太刀なのだろう普通の太刀よりも若干長いようだが、長すぎて使いにくいという感じは全くしない。
 「こんなもんか。下手にいろんなもん持っていってもな……あと札だけ持っていくか」
 そうやって選んだものを手にとり車に向かうと白銀の32スカイラインGT−Rが止まっている。乗り込むと同時に挨拶代わりに
 「派手な車ですね先輩、似合いすぎですよ」
 「中身は別物になってるからな、きっちりベルトしとけよ」
 そういうが早いか俺の身体は加速Gによってシートに押さえつけられる。
 生きるか死ぬかの瀬戸際にはいいドライブだ。そう思いながら星一つ無い空を見上げて息を吐き出した。
 先輩は趣味なのだろう、B’zのTHE GAMBLERが車内に流れ出していた。




 白銀の32GT−Rは山道の中腹のひろばで停まった。目の前には鬱蒼とした木々が立ち並んでいるばかりだ。
 「お前よく平気で乗ってたな。ほとんどの奴等が『二度と乗らねえ』って言うのに、珍しいぜ」
 弥侘先輩が車から降りトランクの中からなにやら取り出しながら声をかけてくる
 「そおですか?でもまあ、いまだにバイクは乗ってますしね。そのせいあるかもしれませんよ」
 言いながら車外に出ると夏だと言うのに少し肌寒い……これも霊症の影響なのだろうか……辺りを見回す。星が出てないために明かりは無く真の闇夜である。準備を終えたらしい弥侘先輩がバックを担いで隣に立っていた。
 「そういえば、お前が瀕死の重症で発見されたのがこの辺りだったな」
 「……そうなんですか?」
 「そうなんですか? って覚えてないのか?」
 「ええ、とりあえず先輩と調査をしていてなんか診野山があやしいと睨んでいた辺りまでは思い出せたんですけど……」
 「そうなのか……どうする、行けるか?」
 「何を言ってんですか! 大丈夫ですよ。それに沙耶の姿を見たのは俺だけなんです、行かずには居られませんよ。」
 「そうか、そうだな。で、お前はその袿のままでいいのか?なんなら俺の仕事着貸すぞ。」
 「そっか……そのまま出てきちゃったんですよね。でも良いですよ動き辛いってわけでもないし」
 「そうか、じゃあ行くか」
 その言葉に頷き返し弥侘先輩の後に続き歩き出した。


 しばらく歩いていると濃い霧が俺達の周りを取り囲むように纏わりついてくる。
 「どうも、剣呑な雰囲気になってきそうだな。気をつけろよ夢人」
 この状況を楽しんでいるかのようにその声には笑いが混じっている。
 「楽しそうですね先輩……俺にはとてもそんな余裕無いですよ」
 答えつつ周りに気を使いながら霧の中を進むと左手に大人がひとり入れそうな洞窟と言うか風穴というか……とにかく先に続いているらしい穴がある。
 「やっと辿り着いたか……さてと」
 先輩は肩にかけていたバックをおろすと入り口の周りに小柄のようなものを刺して廻っている。
 「印ですか?何でそんなことしてるんです?」
 「んー、まあとりあえず他のモノが寄ってこないようにってトコ」
 「ああ、でも中に居るのってそんな程度のもんじゃないんじゃあないですか?」
 「さあな、ただJGBAの連中にも目印は必要なんでな……さ、出来た」
 立ち上がって手を叩く。すると、小柄が一度青白く光ったように見えた。
 「じゃあ行くか、気ぃ緩めるなよ」
 先輩は一言いうと先に穴の中に入ってゆく。後に続きはいっていくと中は思っていたよりも広く、地中だというのに暗闇ではなく青白い光に包まれていた。
 「意外ですね先輩……先輩?」
 いくら周りを見回してもそれらしい影も無く、今入ってきた入り口も見当たらない。これが話に出ていた『あっち側に引っ張られる』ってやつなのだろうか?
 「参ったなとりあえず、先に進むか」
 ……出口が在れば見つけることもできるだろうそう信じて進むしかないか。そう思い歩きだそうとすると何やら先のほうから歩いてくる人影がある。俺は右手を刀の柄にかけ注意深く先を見据えた。相手は異常な速度でこちら側に進んでくる、どうやら人の姿かたちはしているようだが安心は出来ないよな。そう思っていると声をかけてきた
 「御客人、このような場所へ何をしに参られた」
 声をかけてきたのだとばかり思っていたのだが、直接頭に届くような不思議な感覚だ。
 「あんたこそ何者だ!一体俺をどこに引きずり込んだ。それに俺と一緒に居た人はどうしたんだ!」
 叫びながらどうするか考えていると
 「ああ、そう大声を出さずとも主に危害を加えたりはせぬよ。それに引きずり込むと言うがそんな事は出来はせん」
 そう声が聞こえたかと思うと声の主は目の前に立っていた。背が俺よりは少し小さいだろうか。しかしその格好を見て言葉を失った。鬼そのものだったのだ。ただ肌の色などは人間と同じ色をしていたけれども……。
 こいつが沙耶を引きずり込んだのかそう思い刀の濃い口を切ろうとした瞬間。
 「相手が違うぞ、わしではない」
 目の前の鬼が言った
 「……!!」
 俺は何も口に出してない、それなのにこいつは、この鬼はそれに答えた……俺は驚愕のあまり一瞬動きを止めた。すると鬼はにこやかに微笑みながら
 「主の知りたがってる事を教えてやるさ、相方がどこに居るかもな」
 言う声と共に右手を俺の頭にのせるとそのまま頭の中に指を差し込んでゆく。しかし、痛みや違和感それに触れられている感じすらしない
 「……あんた思念体か。そうなのか」
 そう言いながらも頭の中を駆け巡るヴィジョンに身を任せていた。実際には一瞬だったのだろうが俺には何百年という長さに感じられた。すべてのヴィジョンが消えた後、俺は口を開いた
 「そうか、あんたが祭神なんだな」
 質問したのではなく確認だ。
 「主らには、そう呼ばれているな。まあ、名などとうの昔に忘れたがな」
 笑いを含むかのような物言いだ。ただ敵意や害意は感じられなかったし、<祭神>のヴィジョンを観たことでそれだけの力がない事もわかった。
 「あんたが黒幕じゃないんだって事はわかった。それじゃあ、なにが星診をおかしくしてんだ?」
 単刀直入に聞いてみた。答えるつもりが無ければヴィジョンなど見せないはずだ。
 「わしの封印のオモシになっておったやまとのモノが狂ったのか自分の意志をもったのか跳梁しはじめただけよ。御蔭でわしらの地の結界はずたずたになっとる」
 「あんたらの結界? あんたら星診の地霊みたいなもんになってたのか?」
 俺の遠慮ないい方に苦笑しながらも<祭神>は答える
 「それ言う事でもなかろう。わしらは皆死んでから自然、山や川、風や大地そして子孫である者たちを守ろうとしただけよ。今はそのような力も無くこうしてお主のように迷い込んできた者の前に姿をあらわすので精一杯よ」
 「結局沙耶はどこにいるんだ? それにそのあんたの封印のオモシになっていたモノってのは」
 勢い込んで詰め寄ると<祭神>が指を刺した方向の闇の中に映像が見える……沙耶が棺のような石の上に寝かされてる。意識が在るのか無いのか、いや生きているのか死んでいるのかさえわからない。その傍に鬼面をつけた人間らしきモノが2人座り何かやっているようだ。
 「こやつらはあの娘の霊力を喰っているのだ。そうして力を得ているのよ」
 忌々しそうにそして悔しそうに洩らす。意外だった……<祭神>ではあるとは言っても鬼である、なぜそこまで思うのか。その思いが顔に出ていたのだろう弁解染みたことを口にする
 「この土地に住むものは殆どが、わしらの子孫よ。だが助けとうても今のわしには助ける事すら出来ぬ」
 これではっきりした。こいつは敵じゃない。
 「あの面をつけた奴等はこの刀で斬れるか? それとも他の方法でなければ消せないのか?」
 いつまでも話してはいられない、こうしてる間にも沙耶の霊力は喰われていると見ていいはずだ。霊力とは魂の力だ、永遠とあるものではない。<祭神>は俺の手にしている刀を見て
 「やつらを消すには面を断ち割る事だ」
 そう一言いうと影のように揺らめき―――消えた。後にはこの空間の継ぎ目を残して……もう後には引けない。
 「……っつ!!」
 気合と共に刀を振り下ろす。その継ぎ目からまばゆい光が飛び込んできた。
 闇が晴れるとさっき<祭神>に見せられた光景が広がっている。明かりなどは何も無いはずの空間であったがまるで蝋燭が灯されているかのように明るい。
 鬼面はこちらに気付いたのかゆっくりと腰を挙げようとしている。相手に沙耶を人質に取られてはかなわない。そうでなくともやれる最上の策を選ぶべきだ、そう瞬時に判断すると懐に入れていた札を鬼面に対し投げつけた。声すらあげずにそれを引き裂くモノたち。奴等が札に気を取られている間に面を叩き割る!。
 一気に間を詰めて一太刀で終わらせるつもりだった、しかし……「ガッ」という音と共に刀ははじかれ鬼面の角の部分が欠けただけだ。
 「痛…やっぱただ単に斬りかかってもどうしようもないか」
 改めて刀を握りなおし正眼に構える。鬼面は俺に向かい合ったまま石棺の方にじりじりと動いている。
 「させるかぁ!!」
 掛け声と共に一足飛びに沙耶の寝かされている石棺のまえに立ち塞がった。
 「guruuuuu」
 初めて奴等が声を出した。地の底から響くような声。俺に邪魔された事に憤っているようだ。
 「まるで化けもんだな……そうもなるか軽く見積もっても千と5、600年位此処に人柱としてはいってんのか、全くえげつないよなあ」
 そう洩らしながら奴等の着物を確認する。おそらくはそれなりの身分だったのであろう事が見て取れる。今では返り血にまみれ鬼そのものといった風体だが。
 その鬼面がいきなり口の部分から真っ赤な液体を吐き出した。避けるわけにもいかず袂で防ぐとそこの部分が白煙を上げ溶ける。
 「てめーらエイリアンか何かなのかよ!」
 口をついて出た。しかしこれは笑い事じゃない。さっさと片付けなくては、沙耶の気配が感じ取れないくらい弱くなっている……しかし大昔のモノに俺の力が通用するのかね、心の中で皮肉りながらも刀の切っ先で印を結んでゆく。耳の奥で「キィ―ン」という耳鳴りを感じると鬼面を見据えた。鬼面はさっきの液体の攻撃で俺がひるんだと思ったのだろう。また液体を吐き出そうとしている……。
 こうなりゃこっちのもんだ。鬼面二つから液体が俺に向かって飛んでくる。俺はその中を突っ込み袈裟に斬り返す刀でもう一体の鬼面も叩き割った。
 「カラン」という乾いた音がした。二つの面は地面に落ちて真っ二つに割れていた。
 鬼面と言うには穏やかな顔をした面だった。


 俺が入り口から出ると弥侘先輩がボンネットに寄りかかりため息をついていた。
 「先輩……」
 声をかけるとこちらを向き
 「上手くやったみたいだな、地震が起こったんで心配したぞ」
 「地震?それはまた後で、とにかく沙耶を病院へ運びましょう」
 そういうと沙耶を後部座席に乗せ俺は助手席に乗った。
 「わかった。任せとけ」
 そういうと車は走り出した。目の前には星の瞬く空があった。


1999.7.24


 建ち並ぶ墓石の前でノートを見ている男――――変な構図だよなと考えながらノートを閉じた。あのあと沙耶は病院で入院する事になった。今年の正月見舞いに行ったときは口がきける位には回復していた。俺に憎まれ口を叩いていたのだ。……それが
 「まさか死んじまうなんてな。あんなに元気だったじゃねえか。助けに来るのが遅いんだって文句言ってたじゃねえかよ。何でさっさと逝っちまうんだよ」
 呟くように愚痴ってみる。頭をぽかっと殴って『うるさいうるさーい』と言う沙耶の顔が目に浮ぶ。魂を喰われた事で霊力が無くなったと話していた。これからは普通の女の子として生きてゆくんだ。と俺に宣言していた。それから5ヶ月弱。沙耶は20歳の誕生日に死んだ。たった一週間前の事だ。留守電に入っていた連絡を聞いたのが昨日の夜、それからすぐに寝台に乗り今日の朝、星診についたというわけだ。
 星診神宮に立ち寄った俺は沙耶が俺にと残したものを受け取り、此処に来た。沙耶の眠る墓には花が手向けられている。沙耶の墓に向かって、
 「じゃあ開けさしてもらうよ」
といい受け取った袋を開けると袋の中には沙耶が使っていた指輪(対魔用のものだ)そして沙耶からの手紙が入っていた。どうやら、俺があの番人とやりあってる間<祭神>は沙耶に接触したらしい。尽きようとしている沙耶の命に代わって自分の力を代わりにしたらしい。あのすべてが終わった後聞いた地震とは<祭神>の力が弱くなった事によるもののようだ。といった言葉が書いてあり、最後に「ありがとう」と一言書いてあった。
 不意に胸が締め付けられるような思いに襲われてしまい。その「ありがとう」という文字から目が離せなくなった―――――――――――――
 「♪――――♪」
 この場にふさわしくも無い音楽が鳴り響く。音の発信元である携帯を取り出し電話に出る。
 「おい!! 梓瞳、面白いネタが上がってきた。こんどのGWあけの特集でそれやるからさあ、明日からその辺のネタを探ってくれないか!!」
 バイトでやってる氷浦の情報雑誌の編集長だ。頼むと言った調子じゃなくってこれは指令だなと苦笑しながら
 「どんなネタなんですか? 俺、今氷浦にいないんですけど……」
 「で? 今から戻ってくれば明日にはこっちに着くだろ? 詳しい事は投稿されてきたメールと一緒に送っといた確認してくれ。それじゃあ頼むぞ――――――――」
 受話器からはツーツーと言う音が聞こえている。携帯に転送されたメールを見てみると
 「氷浦市のかっこいい高校生2人組の事について調査してください」
 等のメールが30ばかり……詳しい資料を見ると共に聖華学園の制服を着ていて、一人バイクに一人は車に乗っているらしいとの事、身長やどんな顔立ちかというところまでは書いてあったが、名前や写真は無いということだ。うずくまってしまう。
 「どーやってこんなん調査しろって言うんだよ」
 気が遠くなりそうだ、高校生で車に乗っている(留年とかやってりゃ普通にありえる話だ。そうでなくともそんな事が認められてる奴は氷浦には結構いる)。大学の休みと一緒にバイトの休みが取れたって言うのにそれもこれで返上だ。俺はしばらくして気を取り直して立ち上がりそして駅で取ったあの写真を置き、
 「と言う訳だ。また盆か、もしかしたら正月に来るよ」
 そう言って触れた墓石は皐月の空から太陽が降り注ぐ中でひんやりとしていた。

 写真の中の君はあの頃と少しもかわらぬままだった。
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