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3
 そして、当日。
 「メリークリスマス!」
 極めて陽気な表情で、澪がクラッカーを鳴らす。
 パン! という音と共に飛び出したリボンが、もろに刃の顔を直撃した。
 「ってぇな! 何すんだよ!?」
 「あ、ごめーん」
 きゃらきゃらと笑いながら、澪がペロリ、と舌を覗かせる。
 「お前、わざとやっただろ」
 「えー、そんなことないよぅ。刃君がそこにいるのが悪いんじゃない」
 空になったクラッカーをヒョイ、とゴミ箱に捨てながら、澪が口を尖らせる。
 「はいはい、せっかくのパーティーなのにケンカしないの」
 クリスマス料理が所狭しと並んだトレーを運びながら、澪の姉――深雪が苦笑いを浮かべる。
 「わ、すっごーい! これ、全部お姉ちゃんが作ったの?」
 「1人でこんなに作れないわよ。半分は真君」
 「へ? 真が?」
 心底意外そうな表情で、刃が台所のほうに首をめぐらせる。
 「私が料理なんて、そんなに意外でしたか、刃?」
 何故か思いっきり少女趣味に走ったエプロンをつけたまま、真がこれでもかと料理が並んだトレーを持って現れる。
 「ぷっ……そのエプロン、どうしたんだ?」
 「ああ、それね。私が真君に貸したの」
 「えぇ!? お姉ちゃん、ああいう趣味だったっけ?」
 「まさか。今年買った福袋に入ってたのよね、あれ。堂々とつけるわけにもいかないからどうしようもなかったんだけど、真君が料理手伝いに来るっていうから試しにつけてみたの。どう? もうそろそろ慣れたでしょ?」
 くすくすと笑いながら、深雪が真に尋ねる。
 「慣れません!!」
 耳まで真っ赤にした真が、エプロンを脱ぎながら答える。
 「お姉ちゃん……真で遊んでるでしょ」
 「当然」
 げんなりとした表情で尋ねる澪に、深雪が胸をそらして答える。
 (こいつ……ここを出るまで相当遊ばれたんだろうな……)
 チラリ、と横目で真を見ながら、刃はそっとため息をつく。
 その隣では、真が引きつった笑みを浮かべている。
 クリスマスのパーティーは、まだまだ始まったばかり。


 それより、少し前。
 「つ、司さん。やっぱり、私が着るんですか?」
 引きつった笑みを浮かべて、真の実家である糺宮神社の神職――藤堂恭平が一揃いの衣装を持っている。
 「なんだ、まだ着てなかったのか?」
 クリスマスケーキが入っていると思しき箱を抱えた老人――織姫司が、呆れた顔で藤堂のほうを見やる。
 「そんなこと言われましても……」
 思いっきり躊躇しながら、藤堂は手に持っている衣装に目を落とす。
 彼が手にしていたのは、派手な赤色と白色の生地でできた衣装――いわゆる、サンタ・ルックという奴だ。只でさえこれに袖を通すのにはかなりの勇気がいるが、それに加えて、彼は仮にも神社の神職である。サンタ・ルックの神主など、どう考えても不自然に過ぎるではないか!
 「去年は瀬田君だったが、彼は喜んで着ていったぞ」
 大ウソである。
 去年のクリスマスも、糺宮神社からケーキを持ったサンタ・ルックの神主が車に乗って(さすがにトナカイとソリまでは用意していなかった――というよりは、ソリで氷浦市の街並を走るのには無理があった)遠野家に向かっている。
 その神主というのが、藤堂の先輩格にあたる神職・瀬田俊彦。
 司の可愛い孫娘――つまりは、澪のことだ――のたっての願いを無碍に断ることもできず、涙を飲んで瀬田がサンタ・ルックに袖を通していたのを、藤堂は知っている。
 「ほれ、時間がない。さっさと着らんか」
 世間一般の例に漏れず、司も孫娘――とくに澪には弱い。「修行」と称していつもこてんぱんにのされている真が今の司を見たら、一体どう思うだろうか――クリスマスだというのに律儀に神社で仕事をしていた我が身の不幸を呪いつつ、藤堂は仕方なしにサンタ・ルックに袖を通し始めた。


 同じ頃。
 船津八幡神社の境内では、葛城が一人、年末に備えて竹箒で掃き掃除をしていた。
 と。
 「パパー!」
 という可愛い声と共に、小さな女の子がトテトテと駆けてくる。
 「美弥子、どうしたんだい?」
 一生懸命足元まで駆けてきた女の子を抱き上げて、葛城が尋ねる。
 「えっとねー。サンタさんって、何時来るの?」
 「……あ、あー」
 よもやと思った質問に、葛城は思いっきりどもってしまった。
 「ねー、サンタさん、くるかな?」
 クリクリとした目を輝かせて、美弥子が葛城に尋ねる。
 (近頃の幼稚園という奴はこれだから怖い……)
 まさか「ウチは神社だから基督教の聖人とは何の関係もない」とは言えないし、言っても幼稚園児の美弥子には分かる筈もない。世間並みにクリスマスプレゼントは与えていた葛城家だが、サンタクロースのことについては敢えて触れなかった。それは上の娘に対してもそうだったが、彼女の場合はそういった事情にも薄々とではあるが感付き始めている。世間には「可愛い気のないガキ」として写るだろうが、葛城家ではそちらのほうが何かと都合がいい。ここで日本の宗教風土に文句を言ったところで始まらないのである。
 そんなわけで。葛城もまた、
 「あ、ああ……美弥子は今年もいい子にしてたから、きっと来てくれるよ」
 という、各家庭お決まりの言葉でお茶を濁すことになる。
 「ほんとー? よかったぁ!」
 にこぉ、と笑った娘を、葛城はゆっくりとおろしてやる。
 「……やれやれ」
 再びトテトテと母屋のほうに向かって駆けて行く愛娘の後姿に、葛城はどっと疲れた表情でため息をついたのであった。
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