エフェスEphesus都市遺跡観光 
ークレオパトラとアントニーゆかりの地ー


剣闘士や野獣の戦いが行われていた大劇場

やっと、セルチュクのエフェス遺跡に到着


やっと、セルチュクの町に到着した。そのまま町の中心部に向かって車を進めていくと、大きな広場に出てきた。みるとそこにエフェスはこちらへという道路標識が出ていた。道路標識に沿って、車を右に回転さして、海がわきに向かって大きな道路に、入った。しばらくその道路を直線に沿ってまっすぐ走っていると、エフェスの遺跡へは左にわき道に入れていう道路案内標識があった。ここは比較的小まめに道路案内標識が道に出ていて非常に分かりやすかった。細いわけ道に沿ってしばらく車を進めると車がたくさん止まっている駐車場みたいのところに出てきた。エフェス遺跡への入り口であった。なるべく、入り口の近くに車を止めようと思って、1番奧の方に車を進めていくと、こちらは個人の駐車場スペースで公共の駐車場スペースはあちらの方だと言って追い出された。追い出されたのはいいが2人のトルコ人が近づいてきて、
1人は駐車場代金の請求であった。
 エフェスの遺跡のビデオ映像
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(こちらで入手可能)

港大通りから
高さ98M収容人員は25,000人の大劇場ヘ
エフェスEphesus都市遺跡

エフェス遺跡観光に1時間しかとれない


いま1人はこのエフェス遺跡は歩いてまわると3時間ぐらい時間がかかるので、車で案内してあげようと親切とも思えるような態度で話しかけてきた。遺跡の全体像がわからないので現在のいる位置と全体の地図の入った図面をその人に見せてくれと言って説明を聞くと、なかなか広い遺跡らしい。料金はいくらと聞いてみると、無料であると説明があった。
料金が無料であるということは、反対によほど用心しなくてはいけない。よく説明を聞くと、案内した後にこの人の知り合いの土産物店に寄ってくれたらいいという説明があった。
まえつばものだと思う。
丁重に断り遺跡の入り口にことにした。
大野よし子さんはこの人の言うことを信用して3時間がかかるのに歩いてみるのは無理だと言っていたが、とにかく遺跡に入って時間内で見て回れるだけ回って帰ってくればいいと私は思っていた。
みんなを誘導してエフェス遺跡の入場口の方に歩いていった。入場券を購入してそれぞれ独自に遺跡の観光することにした。時計を見ると飛行機の出発時間の関係からこのエフェス遺跡に観光にあてられる時間は1時間ほどしかなかった。1時間後に車の駐車場に帰ってくることを約束にお互いが観光に出発した。
港から幅11M、大劇場まで530メーターの距離を、大理石で舗装した港大通り
大劇場から図書館まで美しい大理石の舗装の道が続いていた。

大劇場から図書館まで美しい大理石の舗装の道


われわれがたまたま到着した入り口は昔港に面した入り口であった。入場口を入るとすぐ左手に大劇場が見えてきた。
最初に素晴らしい大理石で舗装された大通りに出てきた。
この大通りの正面の丘陵地の斜面に大劇場が展開していた。反対側は昔の港の入り口であった。港大通り、別名をアルカディアン通りと言われていた。
港から幅11M、大劇場まで530メーターの距離を、大理石で舗装していた。道の両側には街灯、柱が配備されて、昔はおそらく港から上陸した王や貴族たちがこの道をさぞ華やかに行列して入場行進したことであろうと思われた。
大劇場は高さが98メートルで収容人員は25,000人ほど収容できたと説明されていた。22段の観客席には踊り場が作られていて剣闘士の浮き彫りの入った大理石が残っていた。ここで剣闘士や野獣の戦いが行われていたようである。
ガイドが観光客に説明していた古代の売春宿の広告
古代の売春宿の広告

踏むと歴史の重みが伝わってくる大理石の道


この大劇場から図書館まで美しい大理石の舗装の道が続いていた。歩行者のための道も1段高い柱廊式の道がそばに沿って作られていた。この大理石の通りに足を踏み入れ、大理石を踏んだとたん、
何とも言えないやわらかい感覚が伝わってきた。歴史の重みがが伝わってきたと言った方がいいかもしれない。
長年使用された大理石は人馬に踏み固められて滑らかなへこみができていた。その滑らかなへこみが踏んだときに柔らかい感触となって足元に伝わってくるのであろう。
こんな感覚は初めてであった。まさに、歴史の重みが足の裏からずんずんと伝わってくるような感覚がした。
普通石畳の道は、頭の脳髄にキンキンに響くほどの固い感覚しか記憶がないが。
この大理石の舗装の道はまるでクッションの上を歩いているかのような柔らかいソフトな感覚であった。
踏むと歴史の重みが伝わってくる大理石の道

踏むと歴史の重みが伝わってくる大理石の道

古代の売春宿の広告


またはこの大理石の道の下には水路が作られていたという説明であった。
前方でこの大理石の舗装された道で、ガイドが観光客に説明していた。一緒にそばによって話を聞いてみると、女性の顔と人足の形をした落書きが書かれていた。
これは古代の売春宿の広告らしいという説明であった。こちら方向に売春宿がありますという案内と、女性が持っていますという意思表示ということであった。この足形は、この足より小さい人は売春宿を利用できないということを意味しているという説明も合わせてあった。
この古代都市でさまざまな人生が泣き笑いの中で営まれていたということが伝わったてくるようであった。
日本語の解説書の本を買え買えと執ようにトルコ人が言ってきたので購入した。その中の地図を見ながら、遺跡を観光することにした。
どうやらその全体地図を見ると入り口が2通りあるようであった。
とにかく観光客が多い。中に入って観光客の多さに驚いた。たくさんの世界各国から観光地にきた人々で道にあふれていた。
時刻は午後3時ごろであった。

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