入場券を購入してわれわれもこの野外博物館に入っていた。入場料325万TL一人当たり |
ギョレメ岩窟教会観光やはりガイドに案内してもらって、しかも運転をして観光地を案内してもらうのはいかにも楽であった。 自分で道路地図を頼りに観光地を探す苦労もないので、この日は大変楽な観光めぐりであった。 やはりカッパドキアは観光のトルコ観光の目玉の地域で、訪れる先々でたくさんな観光客に出くわした。 奇岩景勝の場所である。世界遺産にも指定されている場所でもある。 次にガイドさんが案内してくれたところは、ギョレメの野外博物館であった。ここはギョレメ岩窟教会があることで有名である。 洞くつも隅々に教会が無数に作られているのである。 その教会の数は365の教会がつくられたといわれているが、現在公開されている数は30カ所であった。 一枚岩の凝灰岩を掘り進んでその中に教会が作られていた。 そもそも、この教会の起こりは、人方離れたところで宗教の修業する共同体としてここに作られていったということであった。 もちろん1枚岩の凝灰岩を奧に掘り進んでいくために、男性の教会、そして女性の教会といった2種の教会ができていたとの説明であった。 野外博物館地図 |
ギョレメ岩窟教会入り口付近の駐車場 |
![]() ギョレメ岩窟教会入り口付近の駐車場 |
現在公開されている数は30カ所であった。 |
一枚岩の凝灰岩に365の教会がつくられたといわれている |
キリスト教の信仰のメッカともいうべきところ当初は男女混合の生活が行われていたということであったが、ある時期から別々に暮らすようになったということである。 このキリスト教の修道士たちによって凝灰岩の洞くつがほられて、ここへ住みつき始めたのは4世紀前後ということであった。 洞くつの天井そして壁には無数のフレスコ画が描かれていた。 キリスト教の信仰のメッカともいうべきところであったのであろう。ところが、現在は全くここにキリスト教の修道士ー信者は住んでいない。 ビザンチン帝国時代にキリスト教徒がここに住みついてこのようなものを作り上げていった、ということを考えあわせると、その後セルチュクトルコ・オスマントルコの時代になってイスラム教が入ってくると、このキリスト教徒信仰のメッカともいうべきところは一斉にキリスト教信者が駆逐されていたということは、非常に興味深い現象であった。 現在は無人の教会というのは、無数にここに存在していた。 残っているのは教会内に描かれた無数のフレスコ画の数々であった。 それだけイスラム教の浸透が激しかったということであろうか。 |
ビザンチン帝国時代にキリスト教徒がここに住みついて |
イスラム教に駆逐され、現在は無人の教会 |
イスラム教に駆逐され、現在は無人の教会ギリシャとトルコが仲が悪いということは、現在も厳然と続いている。 それはガイドさんの説明からも現在もガイドさん自身の中に、あまり印象が良くないという言動がそこここに読み取れた。 古代の昔からギリシャとトルコはいくたびか戦争を繰り返してきている。侵略戦争の数々である。 古代のアナトリアに興ったヒット文明、そしてギリシャ連合軍によるトロイへの進行、さらにはアレキサンダー大王による征服、続いてローマ帝国による支配、さらには東ローマ帝国すなわちビザンチン帝国の成立、セルチュクトルコによる支配、オスマントルコによる東ローマ帝国の陥落などなど、ギリシャとそしてトルコの興亡の歴史である。 それはヨーロッパ的なものとアジア的なものとの興亡の歴史がこのトルコの国、そしてイスタンブールの場所を中心にして行われてきたということであろう。 ヨーロッパ的なものの振興が及んできた時にはキリスト教が盛んになり、アジア的なものが盛んになってきた時には、イスラム教が盛んになってきたという宗教的な波の繰り返しもあったようである。 もともとトルコ民族はその起源を突厥という遊牧民族に起因している。 |
ギョレメの野外博物館もたくさんの観光客でごった返していた。このような歴史を考えあわせると、このアナトリアという大地にカッパドキアという教会が無数に作られていたというビザンチン帝国時代の隆盛が、今は跡形もなく廃虚となっているという現状に、非常に興味深いもの、あるいは歴史の流れを感じた。 この日ギョレメの野外博物館もたくさんの観光客でごった返していた。 ガイドさんがついて観光客のツアーをこの中にある教会の洞くつに次々と案内をしていた。 無数の教会があるためにそれにひとつひとつ入って説明をしているわけであるが、全部説明をしていると時間的な余裕がないため、代表的な教会の案内をするようであった。 入場券を購入してわれわれもこの野外博物館に入っていた。 この野外博物館は、いわばキリスト教会のオンパレードを見るツアーのようでもあった。 ここでたくさんの修道士が生活をしていたという生活の後を見る場所でもあった。 果たしてこの凝灰岩の中の住み心地はいかなるものであったあろうか、住み心地はよかったのかどうなのか、非常に興味があることからである |
ギョレメの野外博物館もたくさんの観光客でごった返していた。教会に入る順番を待っている。 |