アクロポリスの丘はアテネ市街を一望できる展望台

頂上の台地に続く大きな入り口の門

いよいよアクロポリスの頂上に、頂上の台地に続く大きな入り口の門にさしかかった。


まことに巨大な門である。
一方、門の1本1本の柱も非常に太く見事な大理石で作られていた。
ちょうど大理石の柱中を何本も次ぎ重ねてこの大きな門柱は作られていた。
この門の部分も全面的な改修工事が行われている最中であり、いたるところに改修工事をしている人夫の姿が見られた。
この門を過ぎると、いよいよ目の前にパルテノン神殿が飛び込んできた。
アクロポリスの丘の頂上の台地は予想以上に広く、かなりな面積を持っていた。
この頂上の大地の中奧に見事にそびえたつのは白亜の殿堂であるパルテノン神殿である。

歴史の教科書に何度となく写真や話で紹介されていたパルテノン神殿


小学校から、歴史の教科書に何度となく写真や話で紹介されていた建物で、今目の前にその姿を拝むことができた。
誠に感無量の感じであった。
パルテノン神殿までは大理石の石畳の道が続いていた。
ただその道もはるかかなたな歴史の重みの中に真ん中はすり減って凹んでいた。
頂上にもたくさんな観光客が既に観光に訪れていた。
やはりこの頂上まで登ってくると、なんと言っても目につくのはこのパルテノン神殿である。
ちょうどこのアクロポリスの丘はアテネの市街のちょうど真ん中、中央に位置する場所にこの丘がたたずんでいた。
従ってこのアクロポリスの丘からはアテネの市街が一望のもとに見渡せることになっている。
この建物を作った、すなわちパルテノン神殿を作った時の統治者であるペリクレスはこのことを意識して、アテネ市民がアクロポリスの丘の神殿を眺めるような形を意識して、この建物を有名な真ん中が膨らみを持つ見事なエンタシス設計を成し遂げたものである。
パルテノン神殿
プラカ地区からオリンピックスタジアム、ハドリアヌスの門そしてオリンピアゼウス神殿展望

ハドリアヌスの門そしてオリンピアゼウス神殿展望


建物の頂上の破風の部分が、そっくり彫刻部分がイギリス人に持ち去られてしまっていて、大変残念であった。やはりこのような彫刻物の見事なものは実際の現地の国の実際の建物で見て初めて価値があるので、いくら見事なものであるからといって、そこから縁もゆかりもないイギリスの大英博物館に展示しても、やはりイギリスで見る限りにおいては興ざめである。このようなものは現地で見て初めて意義があり、意味があるのである。ペリクレスによって完成されたこのパルテノン神殿はドーリア様式の最高傑作といわれるもので、これを作ったのは当時の大彫刻家フィディアス有名である。このパルテノン神殿の内部にはアテナの女神が設置されていたといわれている。アテナの女神は従ってアテネの守護神である。このアクロポリスの丘はアテネ市街を一望できるまことに素晴らしい景色の展望台である。我々が訪れたときは、空は快晴で雲ひとつなく素晴らしく眺めのいい、展望にはもってこいの日和であった。多くの観光客がアクロポリスの丘の台地の縁まで出てきて、このすばらしい絶景の景色を楽しんでいた。アテネのちょうど中心市街地に立っているので、非常にアテネの市街が一望できる好都合な位置にあった。 アテネ市街一望(ビデオ)

リカピトスの丘がアテネの最も高級住宅街


そしてその上にこのアテネの街は非常に特色があるいろいろな建築物や遺跡そして山などがあり、位置関係が非常にわかりやすいところである。
このアクロポリスの丘の下が観光客が最もショッピングに訪れるプラカ地区であった。
ここはいろいろな商店街が軒を連ねて、夜遅くまでにぎわっている場所で、それに合わせてレストランなども狭い路地に混とんとした様相で貼り付いている場所である。いわばアテネの下町の混とんとした様相がここに集約されている地区であるといえよう。
アテネを訪れる日本人の観光客がいつもトラブルにあうところはこの地区である。
だまされたり、盗難にあったりする危険な地区でもある。
このプラカ地区から右がわきに目を転じると、シンタグマ広場があり、この広場中心に政府の建物が軒を連ねている。
われわれが今日から3日間このアテネに宿泊することになっているホテルはこの広場に面したまさにアテネの中心市街地に位置するシェラトンホテルであった。
プラカ地区からリカピトスの丘を展望する。
シンタグマ広場からオリンピックスタジアム、ハドリアヌスの門そしてオリンピアゼウス神殿展望

アクロポリスの丘の下が観光客が最もショッピングに訪れるプラカ地区であった。


ちょうど国会議事堂の目の前にこのホテルは一致していた。
広場のすぐ前が国会議事堂で、デッント腰を据えている。
そしてそのすぐ横に無名戦士の墓があり、ここはギリシャの衛兵がギリシャの伝統の衣装をきており、何と靴は木靴であるという。まことにおとぎ話に出てくるようなかわいらしい衣装であった。
この一帯が大きな公園になっており、かなりグリーンが大きな面積をとっている。
裏に広大な面積の国民庭園が広がっている。
この国民庭園はさんで反対がわきに大統領官邸が設置されていた。
このグリーンにいっぱいの国民庭園をさらに右に目を転じると国際会議場や展示会場として利用されているネオクラシック様式の見事な建物であるザッピオンがそびえており、さらにその右がわきにはハドリアヌスの門そしてオリンピアゼウス神殿が遺跡として残っていた。
これがよくアクロポリスの丘から見事な景観で見えていた。
その向こう側にはオリンピックスタジアムも視界の中に入ってきていた。
このオリンピックスタジアムは近代オリンピックの第1回目の開催地である

アクロポリスのすぐ下にディオニソス劇場やペリクレスの音楽堂が遺跡跡として眼下に見えていた。


このシンタグマ広場のさらに遠方に目を転じるとひときわ目立つ大きな高い山がそびえている。
山の地形が非常に印象的な特色のある地形をしている。
ちょうど2分の1ぐらいの高さのところが地滑りで落ちて中抜きの地形をしているって山であった。
これがリカピトスの丘といわれているアテネ市内で最も目立つ丘であった。
この丘の一帯がアテネの最も高級住宅街であった。
この丘はまた車で登ることもできて、頂上には展望用のレストランもあり、またケーブルカーもついており観光客用にはこのケーブルカーがよく利用されているようであった。
ここからの眺望もまた非常に素晴らしいといわれている。
この丘の左下の方に、ちょうどわれわれが本日どうしても訪問したいと思っていた国立考古学博物館がある。
ここはアテネの歴史的な遺物の宝庫である。
アクロポリスのすぐ下にディオニソス劇場やペリクレスの音楽堂が遺跡跡として眼下に見えていた。
また、このアクロポリスの丘は夜はライトアップされており、非常に運夜空の中に切りと浮かび上がって幻想的な雰囲気をたたえていた。
アクロポリスのすぐ下にディオニソス劇場やペリクレスの音楽堂が遺跡跡として眼下に見えていた。

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