半島は平地が少なくオリーブ、ブドウ、たばこ、ピスタチオ栽培


半島内のE-65自動車専用道 コリンソスから243km

コリンソスからパトレまで高速道路が整備されていた


この遺跡もぜひ見学したい遺跡の1つであった。
しかしながら車の返却時間に手間取ったために、ここで高速道路を降りてこのコリンソス遺跡とコリンソス運河を見学する時間が出なかった。誠に返す返しも残念なことであった。
ここコリンソスまではアテネの町から距離にして約100キロの地点であった。
オリンピア遺跡を観光するためにはこの半島をぐるっと一回りしなければならなかった。
そのために道順を事前に検討したのであるが、海岸通りをぐるっと回っていく高速道路沿いの道路ではコリンソスからパトレまでが高速道路が整備されている。
しかし、それからオリンピア遺跡までは一般道となっていた。
これに対して半島の山の中を縦貫する道路はコリンソスからトリポリまでは高速道路が整備されていた。しかしながらトリポリからオリンピア遺跡までが山の中を紆余曲折する一般道となっていた。
山の中を通るか海岸道を通るかでいろいろ悩んだが、高速道路整備区間の長い海岸道を選択することにした。
この山の中を通過するトリポリまでの高速道路沿いには有名なホメロ
スの叙事詩によって歌われてきた幻の王国ミケーネ、そしてこの王国ミケーネがドイツの歴史家シュリーマンの手により発掘された歴史的な場所である。

快適な半島内の自動車専用道

道の両側にはオリーブ、ブドウ、たばこ、ピスタチオを栽培
パトレの街の中心市街地に車が入っていた

交通マナーが非常にいい


しかも、この王国ミケーネトロイ戦争のギリシャ側の総大将となったアガメムノンの王国でもある。トロイ遺跡 ー 世界遺産
ここから発掘された黄金の数々の遺品は世界をあっと言わせた歴史的な発見物として後世に語り継がれているものである。
そして都市国家のスパルタの遺跡、そして世界遺産ともなっている中世ビザンチン文化のミストラなど数々の歴史的な遺跡が点在している半島でもある。
道は半島に入ってからは、自動車専用道路は対面交通の2車線になっていた。
制限速度は80キロであったが、ほとんどの車が時速100キロ以上で飛ばして走っていた。
この島の交通で大変感心したのは、交通マナーが非常にいいということであった。
対面交通なので遅い車が前に走っていると追い抜くことができないが、ここギリシャでは必ずといっていいほど、遅い車は自主的に路側帯に譲るのである。
このため2車線の対面交通区間であるが、常に追い抜くことができる状態で走っていくことができる。

パトレの街の中心市街地で道に迷う

このマナーはぜひとも日本でも導入したいマナーであると思った。
車は常に道の路側帯側を走っているのである。
よく見てみると、日本の高速道路みたいに路側帯がやや広いのである。
車のサービスエリアも一定の区間ごとに整備されていた。
われわれが空港で借りだした車はガソリンが満タンになっていなかったために、すでにガソリンを補給しなければならない状態になっていたので、途中のサービスエリアに車を入れて休息がてらガソリンを補給することにした。
われわれがたまたま車を入れたサービスエリアは、若い女性が1人で切り盛りするサービスエリアであった。
自分でガソリンを入れて、日用雑貨品を販売している店にガソリンを入れた量を報告に行くと、入れたガソリンの値段を請求された。カードで支払いをして、店で販売している道路地図、ミネラルウオーター、菓子類を購入することにした。
トイレも整備されており、非常に合理的な効率の良いサービスシステムとなっていた。
パトレの街の中心市街地で道に迷う
半島は意外に平地が少なく海岸まで山がせり出している

やせた土地に適した農作物が栽培されていた。


車で走ってわかったことであるが、この半島は意外に平地が少なく海岸まで山がせり出していることである。
ギリシャは今でも農業が国の主要な産業のひとつとなっており、国民の3割が農業と漁業に従事している。
ギリシャの土地はいたるところ石灰岩地帯が多い土地柄であった。
土地は大体にやせており、このやせた土地に適した農作物が栽培されていた。
そのひとつがオリーブで、ブドウやたばこ、ピスタチオと呼ばれる木の実の栽培も有名であった。
いずれもこれらの作物はやせた土地に適した作物である。
平野部が少ないために穀物が育ちにくい土地柄である。
車で走っているとこのような作物が植えられて栽培されている風景が次々と展開していた。
高速道路も終点である町に到着した。道路は町の中心部まで入っており、いつの間にか高速道路が終了していたので気がつかなかったが気が付いたときには街の中心市街地に車が入っていた。
だんだんと道が狭くなってきて、しだいに通行するのが難しくなってきてた。

オリンピアの小さな村に到着した。


ギリシャの国で困ったことは道路の標識が非常に少ないことである。この町の中心部に入ったときにも、主要幹線道路の表示がなかったために町の中で道に迷ってしまった。悪戦苦闘の末なんとか主要幹線道に出ることに成功した。
一般国道に入ってからも、ほとんどの車はかなりの速度で飛ばしており、時速100キロで走っている車も珍しくなかった。われわれも同じような速度で車を走らせて急いだ。
半島の西部にある古代オリンピック発祥の地として知られるオリンピアがあるところはかなり平野部が開けた土地柄であった。
やがて車はオリンピアの小さな村に到着した。
この小さな村は道路の両側にレストランや土産物店が並んでいた。
この村のそばを流れている川向こうに目指すオリンピアの遺跡があるのである。
オリンピア遺跡に到着した。

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