![]() 駐車場からは今登ってきたベルガモンの町が一望できた。 |
駐車場からは今登ってきたベルガモンの町が一望できた。ベルガモの町は各種の店舗が道の両側に軒を連ね、近隣からのたくさんの人でにぎわっていたビッグ。バザールをはじめ電機店、銀行、食料店、さまざまな店が軒を連ねていた。 前方の小高い山がベルガモ遺跡だろうという見当はついていたが、一向に道路標識が出てこない。 このため小高いいい山に登る登り口も見つからない。 町のメイン道路と思われる通りをゆっくりと町並みに沿って車を走らせている、広場に出てきた、それと同時にベルガモン川を渡った。 ここで道は、両方に分かれていたが、それほど広くない石畳の道が左側の丘陵地に続いていたのでとにもかくにも車をこの道に乗り込ませていった。道は坂道であった。 両側には個人の小さな商店が軒を連ねていた。 このイエナみをとおり抜けたあたりからあまり大きくない道であったが小高い丘に向かって坂道の登り道になっていった。どうやらこれがベルガモン遺跡への登り口への道であるらしい。 |
駐車場の前には土産物店が軒を連ねていた。道路はアスファルト舗装されていた。対向車の車が来ると通りぬけるのはしんどいといった広さの道であった。朝が早いせいか対向車線の車は坂道を登る間ほとんど見かけなかった。かなりの時間この坂道を車で丘陵地を回転するように登り続けると、前方にダムらしき建造物が見えてきた。 ベルガモの町の水源地であった。 さらにこれを下手に見ながら車を坂道に沿ってのボラしていくと、 車の下方にベルガモの町が一望するように拡がって見えてきた。 小高い丘陵地のほぼ頂上近くまで車を登らしてみると、いきなり観光バスやら土産物店が並んでいるスペースに到着した。ベルガモ遺跡の入り口であった。 猫の額みたいな小さなスペースに大型の観光バスが何台も駐車をしていた。そしてその横にタクシーやら個人の車が駐車していた。 |
駐車場の前には土産物店が軒を連ねていた。 |
切符売り場の入場口、女性がいて入場券を販売していた。 |
切符売り場の入場口、女性がいて入場券を販売していた。われわれも空いているスペースに車を駐車させていると、1人のトルコ人が何やらブツブツ言いながら我々の車に近づいてきてどうやら駐車料金をくれと言っている。 たいした料金ではないので駐車料金を手渡し、いよいよベルガモ遺跡の観光に入ることにした。 レンターカーを借りるときに1番心配したのは、車の盗難と車の破損である。車の盗難保険や傷害保険、搭乗者保険など各種保険はつけるだけつけていたが、最低保証金額として事故があった場合50,000円ほど利用者が払わねばならない仕組みであった。窓ガラスを割られて車を破損されるのが1番心配だったので車の中に品物を残さないようにみんなに言って車の盗難に万全な対応を行った。またあまり人通りがいないところに車を止めると、これまた事故に遭う恐れがあったのでできるだけ、人通りの多いところに車を駐車させた。駐車場の前には土産物店が軒を連ねていた。店の売り子は盛んに知っている限りの日本語を使って私たちに土産物を売りつけようと頑張っていた。 |
入場口から坂道をのぼって遺跡に入っていく、後方には駐車場とベルガモの町が眼下に広がっていた。意外であったのは、この売り子が中学生や高校生の子供であったことである。 学校はどうなっているのか・・・・ 大人も販売していたが、このような小さな子供が露店で店を開いて土産物を売っているのは意外であった。 トルコに来てつくづく感心させられたのは、ちょうど日本の戦後に当たるような光景が展開していたということであった。人々は生活の糧を売るために精いっぱい働いているという感じであった。日本の若者が現在見られるような金髪の髪型をしたような浮ついた光景は一切見られなかった。 そこには、手当たり次第に商売になることは貪欲にチャレンジするという真摯な姿であった。 |
![]() 入場口から坂道をのぼって遺跡に入っていく、後方には駐車場とベルガモの町が眼下に広がっていた。 |
![]() 今登ってきたベルガモンの町が一望できた。そしてこの町のかなたに地中海の海も見えていた。 |
今登ってきたベルガモンの町が一望できた。そしてこの町のかなたに地中海の海も見えていた。現在の日本人がどこかに忘れてしまった光景であった。トルコの平均的サラリーマンの月の給料がアメリカドルで300ドルということであったので、いかに現在の日本が金持ちの国になったがということを痛感させられた。見るとトルコらしい珍しい品物が店舗に並んでいたがとにもかくにもヘレニズム文化を代表するベルガモン遺跡を見学することが大事であったので、土産物の見物は遺跡見物が終わってからということで先に入場口に急いで行った。 土産物店の連なりが終わったところにちょうど切符売り場の入場口があった。建物の中にひとりの女性がいて入場券を販売していた。われわれがキップを購入しているとつぎつぎに大型の観光バスが駐車場に入ってきていた。 やはり人気の観光地だ。 このベルガモ遺跡は3つの部分からなっており、われわれが最初に到着した丘の1番上に展開する部分と、これに続く坂の中段に展開している遺跡と、丘陵地の下手に展開する医療施設の遺跡からなっている。 |
ここに紀元前4世紀前にアレキサンダー大王が亡くなった後に、古代世界屈指の大都市が築かれた入場口から緩やかな坂道を登っていよいよアクロポリスに道が続いていた。 駐車場からは今登ってきたベルガモンの町が一望できた。そしてこの町のかなたに地中海の海も見えていた。 天気も快晴で雲ひとつなく、はるかかなたまで見渡せる素晴らしい景観であった。 ここに紀元前4世紀前にアレキサンダー大王が亡くなった後に、古代世界屈指の大都市が築かれたということを考えあわすと感無量の感じだった。 その後ローマ帝国に併合されたり、アラブの侵略によって遺跡が破壊されてしまったが・・・・・・・・ |
![]() ここに紀元前4世紀前にアレキサンダー大王が亡くなった後に、 古代世界屈指の大都市ベルガモが築かれた |