アヤ.ソフィア寺院見学


アヤソフィア寺院は腰の座った大きな重厚な建築物であった。

アヤ.ソフィア寺院見学

この日いったアヤソフィア寺院は
腰の座った大きな重厚な非常に大きな建築物であった。
全体に遠方から見ると、赤い色が目立つ先頭の丸天井に土台が朱塗りの壁をした重厚な建物が支えているといった感じであった。
この建築はビザンチン帝国の聖教本山として建立した建物で、歴史の古い建物である。
キリスト教が国教として採用されたキリスト教の寺院であった。
写真に見られるように、スペース的にも非常にゆったりとした建て方をしている。
現在は国によって博物館として一般開放されている。
やはりイスタンブールの観光名所で、代表的なたくさんの観光客がこの建物にも押し寄せていた。
写真の背景に座りがよく、観光客のたくさんの人がこのように記念写真を背景にしてにとっていた。
日本の奈良の大仏殿はがらんとした建物であるが、それと同じで中は空洞である。
この時代によくもこれだけの巨大な建築する技術があったものと驚かされる。

その後建築されることになるさまざまなモスクは、このアヤソフィア寺院の建築様式を模倣している

この1角は半島のように突き出た形をしてトプカプ宮殿、アヤソフィア寺院、ブルーモスクなどがT字型になるように並んいる


このボスポラス海峡とマルマン海と金角湾を囲む、このイスタンブールのこの1角は半島のように突き出た形をして、まさに交通の要衝であり、歴代の都市がここに築かれてきている。
この最先端部分に、トプカプ宮殿、アヤソフィア寺院にブルーモスクといった歴史的建造物がずらりと並んでいる。

この歴史的建造物の一帯を海岸通りをぐるっと取り囲むように通っているのがケネディー通りという道路である。
この通りを通って空港へも行くし、ガラタ橋を通ってヒルトンホテルのある新市街地にも行くボスポラス海峡沿いのこのケネディ通りを私たちは何回となくタクシーで通ることになった。
この半島を東西に貫いているイエニチェリレル通りが、突き当たるところが、トプカプ宮殿、アヤソフィア寺院、ブルーモスクなどがT字型になるように並んでおり、この通りに面してグランドバザールやイスタンブール大学などが通りに面して並んでいる。

いよいよ、アヤソフィア寺院の中に入っていくことになった。

キリスト教の総本山として建築されたこのアヤソフィア寺院は、当時は空前絶後の建築物であった。


ちょうどこの辺は小高い丘となっており海岸に面した高台となった位置関係になって非常に展望がいいところである。
東ローマ帝国の故郷であるキリスト教の総本山として建築されたこのアヤソフィア寺院は、当時は空前絶後の建築物であった。
オスマントルコが今コンスタンチノープルを陥落してイスタンブールとしここに都ことになった後も、この東ローマ帝国によって建築されたアヤソフィア寺院に大きな影響を受けている。
この建物に負けない建築物をつくらなければならないということで、歴代の皇帝は建築技術士にこれに匹敵するような建造物を作るように指示を出していた。
したがってオスマントルコによって、その後建築されることによるさまざまなモスクは、このアヤソフィア寺院の建築様式を模倣しているというか、参考にして建てられていることになっている。
すなわちこのアヤソフィア寺院の建築様式を発展させてトルコ独自の新たな巨大モスクを作ったのがちょうどこの寺院の正面に建てられたブルーモスクである。
このようなことから、トルコは昔から世界の建築芸術の中心地のひとつである。

切符売り場には世界各国から観光に来た人が行列を作っており、混雑をしていた。

切符売り場には世界各国から観光に来た人が行列を作っており、混雑をしていた。


天井には金色に塗られた背景の上に鮮やかな模様がきらびやかに描かれていた。
当時は、黄金色の輝きでこの教会の内部が埋められていたことであろうと想像された。
東ローマ帝国の最高傑作の教会といわれるだけあって非常に豪華な、そしてあたかも天上世界を地上に実現したかの錯覚を起こさせるような配慮の行き届いた内部の装飾が随所に施されていた。
これらの装飾も、後のオスマントルコの制服によって上を売られたものを取り去って現在のここにあるような姿を出現させているものである。
トルコは完全に宗教と政治を分離しており、したがってオスマントルコにモスクとしてイスラム教の寺院に改宗させられたこの建物も、このようにして東ローマ帝国に作られた教会の建物として再現すべく努力がなされているものである。
現在では博物館として国の手厚い保護受けている。
他のイスラムの国ではなかなかこのようなことはできないのではなかろうかと思われた。

素晴らしい大理石の柱頭には美しいすかし搾りがあざやかに描かれている。

すかし搾りモザイクがあざやかに描かれている。

ガイドによる案内で円柱に使われている大理石は各地から取り寄せられた素晴らしい大理石が使用と説明

円柱に使われている大理石は各地から取り寄せられた素晴らしい大理石が使用


残念ながらこれらのモザイク画はオスマントルコがコンスタンチノープルを陥落した際にすべて皇帝の命令によってしっくいで上を塗り固め、損傷が激しく、作られた当時の鮮やかな絵を、現在見るべくもないが、それでもなおその当時の素晴らしいモザイクが描かれていたであろうことは、この漆喰を剥がされて博物館となっている現在残されているモザイクから、うかがい知ることができる。
この円柱に使われている大理石は各地から取り寄せられた素晴らしい大理石が使用されており、その中の柱頭には美しいすかし搾りがあざやかに描かれている。

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