朝6時に起きて、朝食もとらずにバスに乗り込み、イタリアの中央部にある小さな修道院の街アッシジへ向かいます。今日はアッシジ経由ローマまでの長いバスの旅です。朝食はビニール袋に入っているマドレーヌとパンです。もう少しゆっくりと回りたいものですね?でも冬時間のヨーロッパは日中は短いので、早朝から深夜まで旅をしないと日にちばかりが過ぎてしまって方々みられないんでしょうか。
早朝の出発で延々と走るバス、暇なので外を見あげると長い飛行機雲が見えます。この方角だと日本行きかな?
山間の畑の霧も徐々にはれてきました。山間部は越えて、この辺りから盆地です。
畑の中にあるドライブインでトイレ休憩、ここではおみやげを調達、この辺りはワインの産地だそうです。あたしゃレーズンチョコレートを買いました。
道路の看板に『ペルージャ』(その下にローマと書いてあります)の標識が出ています。目的地『アッシジ』はペルージャの隣町です。ペルージャも古代都市だそうです。道路からは、丘の上にペルージャの町並みが見えました。
ペルージャをすぎて田舎道に曲がると行く手前方の山の中腹に目的地『アッシジ』が見えてきました。右の写真では左手にわずかに見える部分です。
アッシジは山の中腹にあり、左右に広がった小さな街です。この街の左右に駐車場があり、向かって右手のバス停でバスを降りて街を右から左へと歩いて行きました。街の端から端まで歩いて15分ほどでしょうか。
下の写真はアッシジの中央通りを歩くツアーのメンバーです。
写真の奥(山に向かって右)には女性の修道院があります。いま歩いている方向(山に向かって左)に男性の修道院『サンフランチェスコ教会』があります。
いかにも修道院らしい質素な雰囲気と、厳しい掟が漂う(そういう気がしただけかも?)教会ですが、2年前の大きな地震で屋根が崩れ落ちてしまったそうで上の方は見学できませんでした。ジョットの壁画という有名な壁画(天井画?)があったそうですが完全に崩れ落ちてしまったそうです。
写真の右端(手前)が神戸にお住まいの石屋さん、その後ろ写真中央の男性は一人で参加してサッカー見物をしていていた男性、その後ろ写真の左端の女性は大阪のOL(このあと出てきます) 石屋さんとサッカー青年の間に見える白い服の女性は卒業旅行の女子大生でその右に見える年輩の女性は浜松のおばさん(かな?) いや女子大生の相棒かな?
教会を出てBARで一休みし、駐車場のおみやげもの屋さんで十字架を買って、アッシジ観光を終わりました。
アッシジは今回の旅の中では一番素朴な街です。一番気に入りました。なんでもない小さな街に一晩泊まってのんびりするのも良いのではないだろうか?と思います。
再びバスに乗り込み、最終観光地ローマへ向かいます。途中、山の上にはいくつかの街が見えます。写真では工場らしい建物がありますが、その奥の方の山の上に街が広がっているのがおわかりいただけますか? イタリアにはこのような山の上の街がそこら中にあります。
がけの上や、山の上に街ができたのは病気を予防するためだそうです。たぶん水のせいでしょうね。伝染病と外敵から自分たちを守るためにこんな都市が形成されていったそうです。
サンピエトロ寺院の外観は4月のページをご参照ください。
(4月参照される方へ:4月と10月を混同しないようにね〜)
午後からサンピエトロ寺院に入ったので寺院の内部には夕日が差し込んできました。写真の中央に左から差し込む日の光がおわかりいただけますか?現代のような灯りが無い時代はお日様の明かりや月の光を取り込む技術が発達していたようです。(春の旅行のページのポンペイの部分をご参照ください)
この寺院は実際に入ってみないと実感がわかないと思います。天井のドームに書いてある絵なんかも良いですよ。周囲にある大理石の彫刻も立派ですし。
奥に向かって右手の壁にピエトロの像があります。ピエトロさんの足に触ると幸せになれる?というので足に触って記念撮影しました。
春来たときは大変な混雑で、ピエトロさんの足に触りたい人が列を作って居ました。しかし10月も末になるとご覧の通り人も少なく、ゆっくりと見て回ることができます。これならバチカン美術館もゆっくりみられたりシスティーナ礼拝堂もゆったりとみられるのかもしれません。ピエトロさんの右足は、何百万人もの参拝者に触られてすり減っています。寺院を警戒するスイス兵も、春よりリラックスしているように見えました。
ローマでの夕食はピザとサラダ、それにパスタのみ。宿はローマから南へ15Kmほどのピサナパレスというホテルでした。今日はタクシーがストライキで市内の交通渋滞はありませんでしたが普段のローマは狭い道路に車がひしめき合っており大変な交通渋滞です。明日は終日フリーです、タクシーが動かないと明日のローマ見物に支障が出ます。さてどうなることやら。