柘榴の影8




「な、何だ?!」

死ぬほどビックリしたラエスリールは突然、自分の肩を掴んだ謎の手を突き飛ばした。

「だ、誰だ?!」

そのまま、その手の主を睨みつけ、そして、またしても死ぬほどビックリした。

「あ…闇主?」

目の前には近々退院する予定だと聞いていた闇主がいた。
透けるように綺麗な赤っぽい髪に切れ長な瞳を持つ美しい美貌の青年。
少々逆光とはいえ、これは間違い様もなく闇主のような気がした。
しかし、この間の件もある。闇主に似た青年にここで一回出会っているのだ。その時とは大分印象が違うが、彼でないとも言いきれない。不安な気持ちがラエスリールを襲った。


「ラエスリール……ラスだろ?」


にこやかにそう語る青年の声。これは絶対に間違いようがない。闇主だ。これは闇主本人そのものだ。


「闇主…闇主なんだな?おまえ、退院できたのか?」

「ああ、今日退院だったんだ。その足ですぐここに来た。」

「……わざわざここに来たって………ど、どうして?」


本当は聞きたい事が別にあるのに、なんだか混乱していて上手く言葉が出ない。


「ラス……おまえに会う為に決まってるだろ?」

「おっ……思い出してくれたのか?!私の事、思い出してくれたのか?!」


そういう闇主にラエスリールは思わず叫んでいた。
嬉しい…あれだけ絶望的な気持ちでいたのだ。これからどうすればいいのだろうと真剣に悩んでいた。
それがこんなに簡単に解決するなんて…!心の底から嬉しいと思った。


「良かった…!本当、これからどうしようかと思ってたんだ。まさかおまえにあんな事言われるなんて…。これから会うのも怖いと思ってたくらいだ!」

「心配しなくても良いよ。俺がおまえの事を忘れる訳ないだろ?2年3組ラエスリール。俺の大事な生徒だ。」


そう言って自分の身体を優しく抱きしめてくれる青年のぬくもりにラエスリールは心底ほっとした。
すべての心配事が一気に解決したような気持ちだ。
ほっとした途端、ラエスリールはとあることを思い出した。


「あ……そういえば、職員室に呼ばれてたんだった」


そう思い闇主から身を離した途端、ラエスリールは再び彼の胸に引き寄せられた。


「?!」

「大丈夫だよ。呼んだのは俺だから。」


そう言って耳元で囁く青年にびっくりした。


「あの放送はおまえだったのか?だったら別に職員室でなくても……」

「俺がこの学校に戻ってきてるって悟られたくなかったからな。ラスに会う為だけに来たんだから。」


そう言って熱いまなざしで自分を覗きこむ青年にラエスリールはふと違和感を覚えた。


「闇主?」


その違和感の正体はすぐに分かった。突然、目の前の青年に唇を奪われたからである。


「なっ何するんだ?!」


そう暴れるラエスリールに青年はとんでもない事を言った。


「あれ?俺達はそういう関係じゃなかったっけ?これはしくったな。」


そうブツブツ言う目の前の青年にラエスリールは信じられないものを見たような気がした。


「……おまえ……記憶が戻ったと言うのは嘘か?」

「まあね。あんたの事なんて一切、記憶の片隅にもないよ。」


そう断言する目の前の青年にラエスリールは死ぬほどショックを受けた。
この間言われた台詞以上に身を裂かれる想いがした。


「だったら何でこんな事……。」


喉から掠れた声が出てくる。


「だってあんた、俺の事好きなんだろ?もう少し遊べるかと思ったんだけど?」


期待はずれだったな、と彼の目が語っていた。
あまりのショックにラエスリールは目の前が一瞬暗くなった。
こんな事するのは闇主じゃない。あの優しかった闇主は一体どこに行ってしまったんだ?
それともこれが本質か?今まで自分が信じてきた闇主は何だったんだ?
ラエスリールは闇主の豹変にくらくらしていると、そんな事は構わないとでもいうように青年がとんでもないことを言い出した。


「まあいい。どっちにしろここに俺がいる事は誰も知らない」


そう言って保健室の鍵に手を伸ばす。


「俺の事、好きなのは事実だろ?だったらいいじゃないか」


それだけ言うと青年は突然ラエスリールを横抱きにした。


「!!」


硬直状態に陥ったラエスリールをいとも簡単にベッドに放り投げる。


「何をするんだ?!」

「ベッドの上で男と女がする事は決まってるだろ?」


そう囁いて男がラエスリールの身体にのしかかってくる。
何が何やら分からないのが本音なのだが、ラエスリールは本能的に危機を感じた。

「馬鹿!!何するんだ!止めろ!」

「…静かにしろ。」


暴れるラエスリールにそう囁いて青年が再び唇を塞ぐ。
唇の隙間から何やら異質なものが口内に忍び込んできた。


「!」


一瞬身体が硬直する。なんなんだ、この気色悪い感触は!
本能的に嫌悪感を感じた。


「……っ、なっにするんだ!!放せ!」


それだけ呟くと、ラエスリールはありったけの力で自分に覆い被さる青年の腹部に蹴りをいれた。
一瞬よろめく青年に、これがとどめだと言わんばかりに自由になったばかりの両手で彼の頭を殴りつける。


「この恥知らず!!おまえがこんな事する奴だなんて知らなかった!!」


そう叫ぶとラエスリールは素早くベッドから身を起こした。


「おまえなんて大ッ嫌いだ!自惚れるのもいいかげんにしろっ!」


それだけ言うと少女は素早く保健室の扉へ駆け寄った。


視界の隅に痛そうに頭を押さえながら起きあがってくる青年の姿が目にはいる。


「こんな所、もう一生来ない!馬鹿っ!」


それだけ言い置いてラエスリールは保健室を飛び出した。
あんな男、もう知らない!一生、信用しないんだ!
裏切られたような、なんだか空しい気持ちに襲われ、ラエスリールの瞳から自然と涙が溢れた。
男の追ってくるような気配は感じられないが、一刻も早くこの場から離れたくて、少女は校舎の外へと一心不乱に走り抜けた。
ちょうど校門の所まで差し掛かった時、そこに佇む男の姿に少女はぎくりとした。


「……闇主?」


さっきまで保健室にいたはずの男がもう校門に立っている。
どう移動したのか、早すぎはしないか?
そのまま踵を返そうとしたラエスリールに、事もあろうか校門の男が気付いたらしい。


「あ!!美人さん!!待ってたんだ美人さん!!」


そう叫ぶ青年にラエスリールはまたもや足を止めた。

……闇主じゃない?

そう、校門に立っていた男は闇主に似た雰囲気を醸し出してはいたが闇主ではない。
よく見れば髪の色が闇主と比べれば大分黒いし、声も違っていた。


「おまえはこの間の……」

「前は名乗り損ねたね。鎖縛って言うんだ。」


そう言って駆け寄ってくる男にラエスリールは一瞬警戒体制を取った。


「そんなに警戒しないでくれよ。今日は単にデートに誘いに来ただけなんだから。」

「……デート???」

「何?もう帰り?ちょっと早いじゃない?」

「……ちょっとな。」


その言葉にさっきの闇主を思い出し、ラエスリールは嫌な気持ちになった。


「まあ、もう帰ろうと思ってたんだったら俺と一緒に食事でもしない?良い店知ってるんだ。」

「……さっき昼ご飯を食べたばかりだ。」


ラエスリールは冷たく青年の提案を跳ね除けた。


「分かってるよ。俺が言ってるのは夕ご飯。今から行けばちょうどいいんじゃないかな?」


そう言いながら、男が時計を見る。


「あいにくだが、今その顔と、顔を合わしていたくない。悪いが諦めてくれないか?」

「……何かあったの?」


そう問う男にラエスリールはぎくりとした。


「べ、別に……!」

「ああ、あったみたいね。」


慌てふためくラエスリールをよそに自分の背後を見つめている男に気付いてラエスリールははっとした。
後ろを振り向くと、そこには先ほど殴り倒してきたはずの青年がいた。

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お待たせしました。萌え萌えの第8話。
久々に闇ラスで絡みが書けたよ〜(>▽<)/<…なんか違う(笑)
記憶を無くした闇主さんは鬼畜です。ラスだって遊びの対象にしちゃうんだい!
鎖縛まで出てきちゃって大混戦!!次は鎖縛と闇主のしがらみ編?かしら。
そろそろラストが見えてきた。頑張れ私!

16年6月7日 レン