柘榴の影 9
「闇主……。」
「どうしておまえがそんな所にいる?」
青年の瞳はラエスリールを見ていなかった。
「おまえこそ、もう身体は良いのか?」
目の前の青年がそれに応対する。
「おまえに心配される覚えはない。質問に答えろ。どうしておまえがそんな所にいるんだ?鎖縛。」
威圧するように背後の青年が男の名前を呼ぶ。その声に目の前の男は少したじろいだ。
「この子をデートに誘いに来たんだ。おまえはもういらないんだろ?」
それだけ言うと、鎖縛は突然ラエスリールの身体を拘束し始めた。
「な、何するんだ?!」
突然、羽交い締めにされ、ラエスリールは慌てふためく。
「彼女を放せ。おまえには関係ない事だろ?」
そう言いながら、闇主はじりじりとこちらに近付いてくる。
ラエスリールにしてみれば、どちらが近付いてきても妖しいに変わりはない。なんとかこの場を離れたかった。
「おまえ、彼女に関する記憶がないんだろ?だったらもう、どうだっていいじゃないか。」
そう言う鎖縛にラエスリールは驚く。
サティン達にさえ話してなかったのにこの男はどうして知っているのだろう?
「おまえには関係ないと言ってるだろ。彼女を放せ。」
そう言いながら近付いてくる闇主に鎖縛はじりじりと後ろに下がる。
「そうやって威圧するのは止めろ!何様だと思ってるんだ?おまえが家を出てから俺がどういう目にあってきたか知ってるのか?!」
何を錯乱したのか、鎖縛が意味の分からない事を叫び始めた。
「両親はおまえの行き先ばかり気にして、本当の息子である俺の事など無頓着!俺が何したって誰も俺の事なんて認めてくれないんだ!」
「それはおまえに実力がないからだろ?俺のせいにされるのはお門違いだ。」
「居候のくせに!!本当の兄じゃないくせに俺の人生をめちゃくちゃにしやがって!!」
そう叫ぶ鎖縛に、ラエスリールはすべての事に納得がいった。
どうやらこの青年、闇主の養親の本当の息子らしい。
そういえば、闇主は孤児だという話を聞いた。彼は貰われ先の息子だったのかもしれない。
どう捻じ曲がったのか、そこで繰り広げられた骨肉の争いは想像したくない。しかし、その争いでこの青年は捻じ曲がり、すべての憎しみが闇主に向かってしまったのであろう事が容易に想像できた。
しかし、ラエスリールからしてみれば、それは単なる八つ当たりとしか思えない。上手く行かない理由をすべて義兄のせいにしてしまうのは、あまりにも心が軟弱なのではないだろうか?
ちょっと情けない奴なんだな、と思いながら、ラエスリールは自分を羽交い締めにしている青年をちらっと盗み見た。しかし、そんな骨肉の争いに自分が巻き込まれるのは心外である。一体、私に何の関係があるというのだ。そんな事を思っていた矢先、闇主が鎖縛に声をかけた。
「―で?おまえは俺からそいつを奪ってそれで満足なのか?」
「おまえの鼻を明かせるかと思うだけで満足だ!現に今もこの少女に固執してるじゃないか!」
そういう鎖縛にラエスリールはむかっ腹が立った。
「……さっきから聞いてれば……、兄弟喧嘩に私を巻き込むんじゃな〜〜〜い!!!」
それだけ言うと、ラエスリールはありったけの力を込めて自分を羽交い締めにしている青年に背負い投げをくらわした。男が宙を飛ぶ。
「私はおまえ達の道具じゃないんだ!勝手に巻きこんで、こっちの意思を無視して話を進めるな!」
校庭に転がってる男に向けて啖呵を切る。
「闇主もむかつくが、おまえもおまえだ!自分で努力した事が報われないからって人のせいにするな!!そっちが駄目なら違う事で自分のよさをアピールすればいいじゃないか!」
突然、説教を食らわす少女に投げ飛ばされた青年がぎょっとする。
「あっあんたに俺の気持ちが分かってたまるか!」
「ああ!分かる訳がない!私はおまえじゃないんだからな!」
真理を突かれて男が黙る。
「まったく、子供じゃないんだから取った取られたって喚くもんじゃないんだろ!一番腹が立つのはおまえの性根だ!全く関係ない事で鼻を明かすなんてゲスのする事だ!」
そうびしっと言われ、校庭に転がってる男は一瞬硬直した。
「勝手に私を巻き込むんじゃない!しかも、その男と私は全く無関係だ!こんな風に利用されるなんて心外だ!」
そう言ってラエスリールは、今度は背後の青年を睨みつけた。
先ほど、少女を襲った男なのだ。関係者扱いされては困るというものだろう。
そんな青年も、少女の行動に呆気に取られていたが、突然笑い出した。
「な、なんだ?」
「いや…やっぱラスって最高。まさかここまでするとは……意表をついた。」
そう言いながら、未だに目を白黒させている鎖縛の側にしゃがみこむ。
「確かにこいつも馬鹿な男だ。俺への執着でいつも行動が空回りしている事に気付いてない。」
そう言って鎖縛の頭を掴む。
「あまりにも俺を意識するものだから離れてやれば、こんな馬鹿をしでかす。本当、頭の悪い男だよ。」
青年の酷い言葉に反論しようとした鎖縛を青年はぽかりと殴り飛ばす。
「悪かったな。変な事に巻きこんで。まさか、こんな奴にまで絡まれてるなんて知らなかったよ。」
そう謝る闇主にラエスリールは何か違和感を感じた。
「……闇主?」
目の前にいるのは先ほど自分を襲った男なのである。
自分の期待を裏切った嫌な男のはずである。なのにさっきよりも愁傷に見えるのは気のせいだろうか?
「こいつの言ったとおりだ。俺はおまえに固執しすぎている。記憶を失ってまでまた嵌るとは思わなかった。」
「闇主、おまえ……?」
「おまえの一発、かなり効いた。真っ白な頭ん中、すっかり元に戻ったよ」
「……おまえ……記憶を取り戻している………?」
そう問う少女に青年はにこりと微笑んだ。
「悪かったな、色々と」
「………闇主っっ!!」
そうにこやかに笑う美貌の青年にラエスリールは思わず飛びついていた。
今度こそ本物の闇主だ。自分の事を覚えているあの優しかった闇主だ!
突然、飛びついてきた少女のいつもと違う行動に少々驚きつつも、青年は愛しげに彼女の頭を撫でた。
「本当に悪かった」
「本当だ!一体どれだけ心配したと思ってるんだ!おまえは私を何だと思ってるんだ?ひどい!あまりにもひどすぎる!」
今まで抱えていた想いが溢れてきて、なんだか分からないけど気がついたらラエスリールは一方的に青年を責めていた。
そんな自分にも青年は優しげな笑顔を見せてくれる。
―闇主が戻ってきた―
ラエスリールはひしひしとその実感を味わった。
とそこへ、聞いた事もない男の声が割って入った。
「お取り込み中、大変申し訳ないのですが、その少女、こちらに渡してもらえませんか?」
ふと気付くと、二人の回りを性質の悪そうな連中が囲んでいた。
「?!」
「おまえらは……」
闇主はその男達に見覚えがあった。
「おまえらは俺を襲った連中じゃないか?」
「覚えてましたか。さすが柘榴の元総長。記憶力は確かでいらっしゃる」
そう告げる青年は、先日、繁華街で闇主に闇討ちをしかけた張本人だった。
「私達の主がその少女を求めてらっしゃいます。大人しく引き渡して頂けませんか?」
「……そう言われて俺が素直に渡すとでも?」
そう言って闇主は腕の中のラエスリールを背中に隠した。
「いえ、予定ではあなたはここにいないはずでしたが、しょうがない。もう時間がない。力づくでも頂きます」
そう言いながら男は鉄の棒を構えた。
「この間は上手くいったと思ってるだろうが、今日はそうはいかないぞ。事実、あの時点ではおまえ達は負けていた。勝てたのは運が良かっただけじゃないか」
「今回の目的はあなたに勝つことじゃない。その少女を連れて行く事です。それさえ果たせれば、犠牲はしょうがないと思っています」
その男の言葉に周囲の男達も武器を構え始めた。
「それが出来ると思っているのか?」
「やらせていただきます」
それだけ言うと、男達が一斉に襲いかかってきた。
「闇主!!」
思わずラエスリールは叫ぶ。そんな彼女を青年は押しやった。
「鎖縛!!聞こえるか!ラスを連れて逃げろ!」
「!?」
突然、呼ばれた鎖縛は目を白黒させた。
「ここで頼れるのはおまえだけだ!頼むぞ!」
そう言われ、鎖縛は焦った。
「本気で言ってるのか?俺にこの娘を託すと?」
「ここではしょうがない!そのかわり奪われでもしてみろ?タダじゃおかないぞ!」
襲いかかってくる男達をばたばたと倒しながら闇主が叫ぶ。
「……分かった。善処する」
それだけ言うと鎖縛は、突然ラエスリールの腕を掴んで走った。
「!?」
「悪いな。そういう事なんで一緒に逃げるぞ!」
「逃げるって……!だって闇主は?!あいつはどうなるんだ?!」
「あいつがそう簡単にやられる訳ない。あんたさえいなきゃ勝つよ」
そう言う鎖縛にラエスリールは考え込む。
本当にそうなのか?私がいなければ奴は勝てるのか?そんなにあいつは強いのか?
でも、あいつは病み上がりじゃないか。まだ怪我だって残ってるはずだぞ?それなのに本当に勝てるのか?
戦う闇主というものを見た事がないラエスリールは本気で悩んだ。
「大丈夫だって言ってるだろ!あんたは知らないかもしれないが、奴は元暴走族の総長だ。あれくらいの喧嘩、日常茶飯事だったんだよ!」
「!」
「だから本気で走ってくれ!あいつらの目的は君だぞ!ほらっ追手がこっちにも!!」
気が付くと、男達の大部分がこちらに向かって走ってきてた。闇主の足止めは失敗に終わったようだ。
「分かった。とりあえず、あいつの迷惑にならないためにも逃げる。それが一番良い方法なんだな」
そう納得してラエスリールは全速力で走る事にした。今は追手から逃れる事に集中しよう。
と、突然、目の前に髪の長い美しい青年がはだかった。
その一挙一動がまるで絵画を見ているように美しくて、ラエスリールの足は思わず一瞬止まってしまった。
「!!」
「お嬢さん。申し訳ないが、あなたには私達の傀儡として私達の元に来て欲しいと思ってるんだよ」
「あなたはっ!」
その青年はラエスリールも見た事ある青年だった。
いつぞや闇主の見舞いに行った時に彼を見守っていた美しい青年。それが彼だった。
その彼が今、目の前に立ち塞がり、自分に着いて来いと命令していた。
「あなたは誰なんですか?なんでこんな事……っ!!」
「理由は簡単だよ。今も千禍と一緒にいたいからさ」
そう言って青年は優しく微笑んだ。
怒涛の第9話……ジェットコースタードラマだ……!
闇主と鎖縛の関係が明らかになった上、なんと記憶まで取り戻したちゃった。
展開早いというか……なんちゅうか厚みが……。<いや元からないけど(苦笑)
でもでも、久々にラスが暴れてくれてスッキリしたわ♪内に貯めちゃうタイプだからキレてくれないと動きが・・・アクションが・・・。
とうとうくぐらんも動いてくれたし♪もうすぐクライマックスだにょ♪頑張れ闇主〜頑張れラス〜(ついでに鎖縛も?)
まだ鎖縛と謎の男(覚えてる?)の繋がりとか色々ハッキリしてないし……。続き楽しみにしてくれると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
2004・6・19 レン