−それぞれの幸せ−
10


「へぇ〜、すっごく美味しいじゃん。これは、流行ってあたりまえの味だね」
クラースの店に入ったアーチェは、そこで出された料理に思わず舌鼓を打ってしまった。一つ一つの料理を美味しそうに頬張る姿は、どこか微笑ましい光景だった。
「そう言ってもらえると、作ったかいがあるよ」
エプロン姿のクラースが、そう言って喜んでいた。

暫くして、料理を食べ終えたアーチェは机にもたれかかって唸っていた。どう見ても、それは食い過ぎであると解る。
「……苦しぃ〜よぉ〜」
「それだけ食えば、あたりまえだろう。……まったく、しょうがないやつだ」
クラースも半ば呆れていた。
「あなたも調子に乗ってパカパカ食べさせていたじゃないの」
「うっ……それはその…だな」
しかし、ミラルドにそうつっこまれるとクラースは気まずそうに目をそらした。
「まったくしょうがないわね。…クラースも、あまり調子に乗り過ぎちゃ駄目よ」
ミラルドは、そうクラースに注意した。
「……あはは……相変わらず、尻に敷かれてるんだ………ゲフ」
「うるさいぞ、アーチェ」
辛そうにつっこみを入れてくるアーチェに、クラースは少しむきになって言い返した。
「……それじゃあ私は先に家に帰ってるから、アーチェさんが動けるようになったら連れてきてあげてね」
「解った。じゃあ、晩御飯作って待っていてくれ」
そのやりとりの後、ミラルドは家に帰って行った。店には、クラースとアーチェが残される。
結局その後、アーチェが動けるようになるまで10分程かかったのだった。


テーブルの上に並ぶ料理の数々。その周りに座っている、その家の家族達。その日起こった出来事や、どうでも良い事を話しながら食事をとる、ごく普通の家庭の団らんの風景がそこにある。
ただいつもと違っていたのは、普段は食卓を囲っているのは三人なのだが、今日はそこにピンク色の髪の毛をした女性が加わっていたと言う所である。
「へぇ〜。ミスト君って、もう普通の食事ができるんだね」
「ふふふ。この子、もうすぐ三歳になるのよ。…これから段々忙しくなる時期なのよねぇ」
ミストの食べる仕種を見ながら、アーチェは感心したようにそう言った。それを聞いたミラルドは、息子の成長を喜ぶ母親の雰囲気をにおわせる事を言いながら、嬉しそうに微笑んでいた。実際ミラルドは、ミストの事を話す時はとても嬉しそうな顔をする。
「しかし、三歳にもなると言うのに未だに私に懐いてくれないんだ。父親として、これほど悲しい事は無いぞ。ははは」
「あはははは。何と無く分かるよ、ミスト君の気持ち。クラースって、意外ととっつきづらい所あるからね」
「……悲しい事を言わないでくれよ」
「ふふっ。この子はこの子なりに、貴方に気をつかってくれているのよ。そうよね、ミスト」
(うんうん)
「ねっ。クラースの仕事が忙しい事くらい、この子はちゃんと理解してくれているのよ」
「はは。気をつかってもらえるのは嬉しいが、それでもやっぱり懐いてもらいたいな」
「……幸せそうだね、二人とも。羨ましいなぁ〜」
「いずれアーチェさんにも、素敵な人が表れるわよ。何せ、私達よりずっと長生きできるのだから」
「あははっ。……そう…だよね」
「どうしたんだ、アーチェ。……もしかして、あいつ等の事を思い出したのか」
「……ううん。何でもないよ」
この時アーチェは、クラース達の事を羨ましく思っていた。
『いずれアーチェさんにも、素敵な人が表れるわよ』
確かにこの時のアーチェには、想い人がいた。しかし、その人物に会えるのは百年近くも後の事なのである。その事が彼女の頭の中を一瞬よぎり、多少の寂しさを感じさせたのであった。
「そんな事より、クラースとミラルドさんの事とか色々聞かせてよ。二人がいつ出会って、どういう経路をたどって結ばれたのか、とても気になるしさ」
多少沈んでしまった場の雰囲気を和ませるように、彼女はにっこり笑顔で二人にそう尋ねた。
「教えてやっても構わないが、代わりにお前の旅の事とかも教えるんだぞ」
クラースはアーチェにそう言う。彼の顔も、つられて笑顔になっていた。

そして、楽しい団らんの一時は過ぎていった。

…………………


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