−それぞれの幸せ−
9
「ユークリッドに行くのも、ほんと久しぶりだね。……でも、ほんとにみんなが騒ぐほどのお店なんてあるのかなぁ〜」
ホウキにまたがって空を飛びながら、アーチェはついそんな独り言を言ってしまった。
冒険から帰って来て、すぐに一人旅に出てから数年。アーチェはついぞ寄る事の無かった、ユークリッドに向っていた。何でも、旅先で聞いたある噂の事を確かめに来たらしいのだが。
「……まっ、噂が嘘でもほんとでも別にどーって事無いけどね。……それに、久しぶりにクラースの顔も見ておきたいしね」
ユークリッド近くの上空で、アーチェはにこやかに笑った。そして、程なく彼女はユークリッドの町に着陸した。
「ほえぇ〜………あれから何年も経っていないのに、結構変わっちゃったねぇ〜」
ユークリッドに着いてすぐ出た台詞が、以前と変わってしまった町並みに対する驚きの言葉だった。
「…と驚いている場合じゃないよ。とりあえず、その店とやらを見つけなきゃ」
感嘆していたのも束の間、彼女は当初の目的である噂の店探しにとりかかった。
……と、その時。
「そこの君っ!!」
どうやらその声は、アーチェに向けて発せられたらしい。声の感じからして、成人男性のものであろう。
「アタシに何か用?」
少し不機嫌そうな様子で、アーチェは渋々振り向く。
「……やっぱりアーチェか。ピンク色の髪の毛なんて、そうそう無いからな」
「あっ、クラースじゃない。久しぶりだねぇ〜」
アーチェに声をかけた男性。クラースは、彼女の事を確認すると笑顔で歩み寄って行った。一方のアーチェもクラースだと解ると、ぱっと笑顔になって再開を喜んだ。
「まったく、今迄どこに行ってたんだ?…お前がいない間に、私達は結婚式を挙げて、子供まで生まれたって言うのに」
「あはは…ごめんごめん。ちょっと旅をしていたもんで」
久々の再開だと言うのに、クラースはアーチェにそんな文句をつける。当然アーチェは困ったような顔つきで、必死に弁解していた。
「…まったく。今ごろ何用でここに来たんだか」
本当は再開を喜んでいるのだが、何となくひねくれた言葉が出てきてしまう。
「えへへ……実は、最近評判のお店が出来たって聞いて……あはははは」
アーチェは、わざとらしく頭を掻きながら恥ずかしそうにそう言った。
「……へぇ、結構広まっているのだなあの店。……お前はその噂をどこで聞いたんだ?」
「え〜とねぇ〜……オリーブヴィレッジだったかな。……それがどうかしたの?」
「そんな所まで広まっているのか!?……凄いな」
クラースはアーチェに少しばかり質問し、かえってきた答えを聞いて驚いていた。どうやら、彼の思っていたよりもかなり広まっていたらしい。
「…ところでクラース。そのお店って、美味しいの?」
アーチェが核心に触れるような質問を投げかける。どうやら、さっきから聞きたかった事らしい。
「そうだな………皆が美味しいと言うのなら、きっと美味しいのだろう」
クラースはアーチェの問いかけに、凄く曖昧な答えをかえす。
「何なのよぅ〜。それじゃあ答えになってないじゃん」
「そう言われても、私には何とも言いようがないのだよ。とにかく、来てみたらわかるさ」
当然、アーチェは怒る。しかしクラースには、そうとしか言いようがなかったのだ。
「大体、知っている店なんでしょ?だったら、もうちょっと詳しい事教えてくれたっていいじゃない」
詳しい事を教えてくれないクラースに、アーチェは少し腹がたっていた。
「味の事に関しては、私はどうとも言えない。……何故なら、私のやっている店だからだ」
「………はい?………あの……今なんて?」
「だから、その店は私がやっていると言ったのだ。私としては美味しく作っているつもりだが、それを決めるのは食べてくれたお客さんだ。私がとやかく言う事でもないだろう」
「……あはは。…………そうなんだ」
クラースが話した真実に、アーチェはしばし放心状態に陥った。お目当ての店は、実はクラースが経営していたと言う事実は、アーチェにとってこの上ない驚きを与えた。
「まぁ、こんな所にいつまでも突っ立ってるのも何だ。とりあえず、店まで行こうか」
「……あっ…うん、そうだね」
そう言うが早いか、彼等は目的の店へと向って行った。
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