−それぞれの幸せ−
11
テーブルの上には、結構な量のご馳走が並べられていた。どうやらこのご馳走は、クレス達をもてなす為にレナードが用意した物らしい。
いつもはこのレナードとその妻しか使わない食卓を、今日は7人で囲んでいた。あの時より人数こそ多いものの、その光景はアーチェの記憶にあるそれによく似ていた。
「へぇ。このテーブル、まだ使っていたんだ」
食卓を優しく撫でながら、アーチェは懐かしそうに呟く。
「そう言えば、父が生まれる以前から使っていたと聞いてますね」
「考えてみたら、ミスト君もレナード君も生まれた時からずっと、この食卓を囲って毎日ご飯を食べていたんだよね。…たまに私もその中に入って、楽しくお喋りなんかしたりして……」
レナードの言葉に、アーチェは続けるようにそう言った。どこか悲しそうな微笑みをたたえながら。
「…ママ、どうかしたの?……いつもの元気がないよ」
「ううん、何でもないの。…ただちょっと昔の事を思い出しただけだから」
母の様子を心配するエーチェに、アーチェはそう言って優しく微笑み返した。
「まぁ、昔の事を思い出してしんみりするのも何だ。とりあえず早く食べちまおうぜ」
「そうだね。…ごめんね、一人で勝手に落ち込んだりなんかしちゃって」
チェスターの言葉に、アーチェは本来の明るさを取り戻し、そして楽しい団らんの一時が訪れた。
その団らんの中で、アーチェは色々と昔の事を思い出し、それらをみんなに話していった。
初めてこの家を訪れた時の、あの楽しい団らん風景。自分の知らなかった祖父の一面を聞いて、レナードは少しだけ驚きもし、またその光景を思い浮かべて笑った。
クラース達の代わりに、ミストの面倒を見たり一緒に遊んであげたりした時間。アーチェが子守りをしていたと言う事は、みんな(特にチェスター)を驚かせた。みんなのその態度に、アーチェは少しだけ怒っていたが、またすぐに笑顔で話し始めた。
まだ子供だったミストに、「おばちゃん」と言われてショックを受けた記憶。この話を聞いた時、真っ先にチェスターが大笑いした。その後に、アーチェの平手打ちをうけた事は言うまでも無いが。
クラースの研究が世に広まり、クラースが一躍有名になった事。その話に、レナードはひたすらに祖父の偉大さを思い知った。
ミストが成長して、立派な恋人が出来た時の話。自分の両親の馴れ初めを聞いて、レナードはしきりに感心していた。
ミストが長い時を経て、恋人と結ばれた時の話。その時のクラース達の心情を聞いて、みんなは苦笑した。
そして、その団らんの時間は、みんながアーチェの語る思い出に耳を傾けている内に過ぎて行った。
「……ふぅ、美味しかった。ごちそうさまでした、レナードさん」
あらかたご馳走を食べ終えた後、クレスは代表してレナードにそう言った。
「ははは、こちらこそ祖父母や両親の話を聞かせていただいて有難うございます」
レナードは、微笑みながらクレス達を見た。その顔には、どことなくクラースの面影が存在していた。
「ところでレナード君。君が生まれた時の話、聞いた事ある?」
団らんの後、みんなが応接間でくつろいでいる時。アーチェは突然そんな事を聞いてみた。
「いいえ。…そう言えば、祖父母にも両親にも聞いた事がないですね。…知っているのですか?私が生まれた時の事。」
「うん、実際にその場にいたから憶えているよ。……聞きたい?」
何も知らないレナードに、アーチェは意地悪そうに問う。
「ええ、聞いてみたいです」
「あはっ♪それじゃあ、レナード君が生まれた時の事話してあげるね」
アーチェは、とても嬉しそうに笑っていた。
実際それは、凄く喜ばしい出来事であったから。
…………………
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