−それぞれの幸せ−
13


(……私も、ついにおじいちゃんか。………不思議なものだな)
皆が寝静まった頃、クラースは一人書斎で物思いにふけっていた。
(……孫………か。…気がつけば、もうそんな歳になっていたんだなぁ)
椅子に深く腰掛けながら、彼は自分自身が年老いてしまったことを改めて実感していた。
(…ミスト。……お前も、大きくなったんだな。………お前は、私の誇りだよ)
そしてクラースは、自身の息子に感謝した。


「………………………………」
時刻はそろそろ真夜中になろうとしている時、皆は一様に黙り込んでいた。普段お喋りで賑やかなアーチェですら、その時は口を硬く閉ざして黙り込んで、その場から一歩も動こうとしなかった。
アーチェが尋ねてきた翌日の、昼近く。リネットは産気付き、もう間もなく生まれるであろう状態だった。
皆かたくなに無言であったが、落ち着いてなどいなかった。一番冷静なミラルドですら、胸を押さえながら時々深呼吸をする程である。リネットに付き添っているミストに至っては、呼吸も動悸も乱れて目元が潤んでいた。
(……もうすぐだ。…………もうすぐ、私の孫が生まれる。……頼む、無事に生まれてくれよ)
両手をがっちり握り締めながら、クラースはその時を待った。
(もうすぐ、ミスト君の子供が産まれる。………ついこの間までは、生意気なガキんちょだったミスト君が、もうすぐ父親になるんだね。……早いもんだね)
アーチェはふとそんな事を考えた。
(頑張って、リネットさん。……頑張って、元気な子を産んでちょうだい。………辛いだろうけど、頑張って)
ミラルドは心の中で何度も何度もリネットを励ましていた。
ミストは苦痛に耐えるリネットの手を握りながら、何度も何度も彼女の名を呼び続け励ましていた。苦痛に歪むリネットの顔を見るたび、ミストは耐え切れない気持ちになったが、それでもリネットの手を握り締めながら励まし続けた。

そして、その時は来た。

「ホギャァァ〜」
響き渡る産声は、元気な赤ちゃんが産まれた事を何よりも語っていた。
「やった!やったよリネット!!元気な男の子だよ!!」
まわりの事も気にしないくらい大きな声で、ミストは喜びを表していた。
「…………………生まれたのか。…………ふぅ」
「………みたいですね」
その声を聞いた時、クラースとミラルドは安堵のため息を吐いた。それは、何か大きな事を終えた時の様な、そんな感じのため息であった。
(………とりあえずは、おめでとうだね。…………あはは、クラースもミラルドさんもよっぽど心配していたんだね。…泣いちゃってるよ)
安堵の微笑みを浮かべながら、アーチェはクラース達を見ていた。自身の頬を伝う、一筋の涙に気付く様子もなく。

…………………

「…な訳。あの時は、ほんとみんな感動で涙うるうるしていたんだよ」
「そうなんですか。……意外ですね」
アーチェの語る昔の出来事に、レナードは興味深く聞き入っていた。
「……あの後、みんなでレナード君の取り合いになったりしたんだよ、確か。こぞって奪い合っては、抱いたり撫でたりと大忙しで。……よっぽど嬉しかったんだろうね」
「へぇ〜。私を取り合って、みんなで喧嘩ですか。……あはは、想像もつきませんね。祖父も祖母も、それなりに落ち着いた人でしたし、両親もそれなりに威厳がありましたから」
祖父母と両親の意外な一面を聞いて、レナードは少しばかり驚いていた。
「でも、クラースさん達の気持ち、何となく解るよ。なっ、チェスター」
「………はぁっ!?……なんで俺が?」
「……忘れたのかい?……エーチェちゃんが生まれた時の事」
「クレスゥ〜。その事は恥ずかしいから、ここで言わないでよぉ〜」
「ほえ……ねえパパ。エーチェが生まれた時、何かあったの?」
「ははっ……いずれ話してやるよ。…いずれな」
クレスの何気ない一言に、チェスターとアーチェは凄く焦った。そしてその様子に、クレスは苦笑していた。
「ははは。……クレスにミントも、生まれた時にきっと解るよ。お前達の事だから、きっともの凄い甘やかしになるだろうな」
「いいえ、いくらなんでも甘やかしてばかりにはなりませんよ。……この子は、厳しく育てるつもりです。」
チェスターのちょっとした反撃に、ミントは自らのお腹をさすりながらそう答えた。
「たとえミントがそのつもりでも、クレスがいるじゃないの」
「何を言っているんだ。僕も、ミントと同意見だよ。……愛情を持って、厳しく育てるつもりだよ」
「さぁ、どうだか?……お前達って、甘やかしの天才だからなぁ」
「あはは。言えてる言えてる」
「そんな事はありません、なるべく甘やかさないよう育ててみせます」
「アンタ達には、無理よ。あははははは」
暫くの間、クレス達はそんな下らない事で言い争っていた。傍目から見たら大人げない行為であったが、本人達はそれを楽しんでいるようにも見えた。
そしてそれを、レナードは微笑みながら眺めていた。きっと、自分の親達もこうだったのだろうと想像しながら、止めようともせずにずっと眺めていた。


その日クレス達は、レナードの家に泊めてもらった。レナードの好意である。
そして、その日もまた、クラースの夢を見た。
アーチェが語らなかった、悲しい記憶の部分を、彼等は見た。

…………………


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