−それぞれの幸せ−
14


「なぁアーチェ。………今の私を見て、どう思う?」
ベッドの上で上半身だけ起き上がった状態で、クラースは唐突にそんな事を聞く。
「どうって、どう言う事?」
「………どんな風に見えるか……だ」
「…………こんな事言っちゃ悪いかもしれないけど…………もう長くないと思う」
「………………………………そうか」
アーチェの答えを聞いた後、クラースは落ち着いたため息とともに目をつぶる。その様子は、近い内に来る自らの死を微塵も怖がってなどいないようであった。

クラースが病に倒れてから、四ヶ月の時が経っていた。普通の人ならば、多少休めばよくなる病なのだが、高齢のクラースにとってはそれが命取りになるのであった。
実際その四ヶ月で、クラースは見違えるほどに痩せてしまっていた。もう、病気に対抗する体力すらも残されていないくらいに、彼はやつれてしまっているのだ。
クラースに残された時間は、もうほとんどなかった。

「……クラースは辛くないの?」
クラースのその様子に耐え切れないと言った感じで、アーチェが聞く。握り締めた拳は、何もできない自分に苛立ちを感じわなわな震えていた。
「………そんな事は無い。………私だって、死ぬのは恐い。……辛く無い訳は無いんだ」
「それじゃあ、どうしてそんなに落ち着いていられるの?……恐くて辛いのに、どうして落ち着いていられるのよ?」
「…………私はもう十分に生きたし、やるべき事もやったからな。……悔いなど無いからかな」
アーチェの投げかける疑問に、クラースはただそうとだけ答える。その様子は、どこまでも落ち着いていた感じだった。
「……そっか。………クラースは、もう十分に生きたんだよね。……………なのにアタシったら、一人勝手にとり乱したりしちゃって」
「………気にする事はないさ。…………私だって、初めの頃は同じようなものだったからな」
「えっ!?………クラースが?」
「そんなに驚く所か?………私だって、いつも冷静沈着ではないさ。…………己の死期を知った時には、動揺だってするさ」
「…………そう……だよね」
クラースの態度と言葉に、アーチェはかけるべき言葉も投げかけようとした疑問も、すべて失ってしまった。クラースが落ち着いていられる訳を知ったアーチェは、もうそれ以上の追求は止める事にした。
「……………アーチェ…………これで拭け」
と、クラースはハンカチを差し出す。
「えっ!?……………あっ!!」
ハンカチを見て、一瞬何の事を指しているのか解らない様だったが。自分の頬に伝わる感触が、クラースの差し出した物の意味を知らせてくれた。
「………せっかちだな。………まだ、泣くのは早いぞ」
クラースは、そう言って少し悲しそうな微笑みを見せた。そして、すぐ後にしまったと言う顔をした。
「………そんな事言っちゃ嫌だよぉ」
クラースの言葉を聞いた後、アーチェは泣き出してしまった。

彼女にとって、クラースは共に戦って来た仲間であり、また親友でもあった。
クラースが死ぬと言う事は、アーチェにとっては再び親友の死を見る事になるのである。その昔、リアを失った時の様に。
だが今回は、無理矢理命を奪われるのではなく、人として必然的に迎えてしまう死なのである。こればかりは、たとえアーチェがどれだけ手を尽くしてもどうしようもない。
自分にはどうしようもないと言う事が、アーチェに深い悲しみを与えた。
そして、この時になって。アーチェは、ハーフエルフとして生きる事の悲しさを知った。


BACK←     →NEXT


BACK