−それぞれの幸せ−
15


その時は、もうすぐ訪れようとしていた。
「……次に発作があった時が………最後だと思って下さい」
クラースの寝室から出てきた医師が、沈痛な面持ちでそう家族に伝えた。
「………そう…………ですか」
医師の言葉に、ミラルドはそうとだけ答えた。その様子から、来るべき時に対する覚悟は出来ている様である。

その数時間後、クラースの発作が始まった。……そして、発作がおさまると同時に、クラースの命は少しずつ終わりへと向っていった。

「……みんな…………来ているな」
とても苦しそうに。しかし、物凄く落ち着いた様子でクラースは言葉を言う。
最後の発作の後で、息も切れ切れで、見ている方も苦しくなってしまうくらいに辛そうであった。だが、そこに焦りは微塵も見られなかった。
そして、クラースはその場にいる全員に声をかけ始める。
「……ミスト」
「父さん……」
「………お前には………感謝している…………お前は……私の……誇りだよ」
「私も……父さんの事……誰よりも尊敬しています……誰よりも」
「……後の事は………頼むぞ」
「……はい」
「……リネットさん………ミストを……頼みます」
「はい……お義父さん」
「………レナード」
「ここにいます、お爺さん」
「…………お前は……ちゃんと…ミストや……リネットさんの………言う事を聞くんだぞ」
「はい」
「………そして……良い人を見つけて………幸せになるんだ」
「……はい」
クラースは、息子夫婦と孫に簡単に言うべき事を言う。それを受けた彼等も、素直にその言葉に頷いた。

その後、クラースは軽く深呼吸をする。そして、アーチェに話し掛ける。
「……アーチェ」
「…………………」
「……アーチェ………もし…クレス達に会う事があったら……………私は……ちゃんと人生をまっとうした……と言う事を……伝えておいて…………くれないか?」
「………解ったよ。………絶対に、クレス達に伝えるね」
「………アーチェ」
「……何?」
「…………お前は………よき親友だったよ……………最後まで……つきあってくれて…………ありがとう」
「……クラースも……友達でいてくれてありがとう……だね」
「………どういたしまして」
アーチェは、なるべく落ち着いた素振りでクラースの言葉に応えていた。しかし、流れ出る涙を拭おうとはしなかった。

そんなアーチェとは対照的に、ミラルドは至って冷静であった。自らの夫が、もうじき人生に幕を下ろすと言う場面において涙すら流していなかった。
『覚悟は出来ている』
その言葉に、偽りはないようである。
「………ミラルド……いるか?」
「…さっきから、貴方の手を握っているわよ」
「……そうか」
「……何なら離す?」
「…………いや………握っていてほしい」
「……言われなくても、握っているわよ」
「…………そうか」
「……私には、何も言わないの?」
「……言うべき事は………昨日……言っただろう」
「…ふふ…そうね」
「……今更………何も言う事はないさ」
「……それじゃあ、お話でもする?」
「……………………そうだな」
その後、クラースとミラルドは最後のお喋りを楽しんだ。
二人がまだ小さかった頃の話。
二人で一緒の学校に通っていた頃の話。
クレス達が来る前までの、二人の生活の話。
戦いが終わり、ここに帰って来てからの話。
いずれも、二人にとって忘れる事の出来ない思い出話を、時が訪れるまで楽しんだ。


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