−それぞれの幸せ−
16
そして、その時は訪れた。
ミラルドとの話の最中に、段々とクラースの意識がもうろうとしてきたのである。
その証拠に、ミラルドとの会話も少しずつ続かなくなってきていたのだ。
「……どうしたの?クラース」
「………すまない………ミラルド…………………眠くなってきて………しまったよ」
「………そう………それなら、寝た方がいいわね」
眠りに就いたら、もう二度と目覚めない事を知りながら、ミラルドはそう言った。
彼女も、出来る事ならクラースともう少し話を続けたかったのだが。これ以上は、クラースを苦しめる事になるので止める事にした。
彼女が求めているのは、妻としてクラースに安らぎを与えてあげるる事であった。
「………話の……途中なのに…………すまないな」
「…いいのよ別に。……また、いつでも話せるわよ」
「…………そうだな」
「………だから、今は寝ましょう」
「…………ああ………そうする」
「……おやすみなさい」
「…………ミラルド」
「………何?」
「………この手………出来れば…………ずっと握っていて…………ほしい」
「いいわよ。……ずっと握っていてあげる」
「……すまない」
「気にしなくていいのよ……気にしなくて」
「………………最後まで………わがまま……ばかりで………すまないな」
「いいのよ……慣れているから」
「………お前には………いつも…………世話…………かけていたな」
「………どうしたのよ?…急に改まっちゃって」
「…………何でもない……………おやすみ」
「ふふ……おやすみなさい」
そのやりとりの後、クラースは静かに目を閉じた。
「…………ありが…とう……………ミラル…………ド」
最後にそう言った後、クラースは深い眠りへとおちて行った。もう二度と目覚める事の無い眠りへ。
「……………どう……いたしまして。…………おやすみな…さい………クラー……ス…………ううっ……クラースゥ……クラース……うううっ……」
クラースが眠りに就いたのを確認した後で、ミラルドは消え入りそうな声でそう呟いた。そして、今迄ためていたものが溢れ出るような感じで、ミラルドは泣き崩れてしまった。少しずつ温もりを失って、段々冷たくなっていくクラースの手を握りしめ、ミラルドはその手にすがるように泣き続けた。
クラースの死顔は、どこまでも安らかであった。
愛する者に見送られ、彼は幸せであったのだろう。
そうでなくては、こんな風に心安らかな顔にはなれないであろうから。
そして、沢山の人が彼の為に泣いてくれるのだから。
…………………
「………クラースさん……とても…安らかだったね」
「……それだけ……幸せだったのですよ」
「……そうだよな。クラースさんは、凄く幸せだったんだ」
「……ええ」
クレスとミントは、目覚めた後暫くの間、今朝見た夢について話し合っていた。クラースが、その人生に幕を下ろした時の事を。
「………僕も………あんな風に死ねるのだろうか?」
「……あなた」
「……ごめん、ミント。………こんな事、言っちゃいけないよな」
「………そうですよ。…………それに、あなたも私もクラースさん達に負けないくらい幸せではないですか」
「あはは………そうだね。僕とミントは、誰にも負けないくらい幸せだよな」
と、そんな事を言っていたら、急に寝室のドアが開いた。
「朝っぱらから、何見せ付けてるんだ?お前等は」
「そうそう。……見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうわよ」
ドアから覗くような感じで、チェスターとアーチェはそんな事を言っていた。
「うわぁっ!!…チェスターにアーチェッ!!……まさか、聞いていたのか?」
「一応ノックはしたんだが、反応がなかったから。……で、開いてみたらその…」
「お目覚めのキスの邪魔しちゃってごめんね」
「ア、アーチェさんっ!!……そんな事言わないで下さい」
「そ、そうだよ。夫婦なんだから、キスくらい……って何を言ってるんだ?僕は」
「あはははははは。……夫婦になっても、そこら辺はかわんないんだね」
チェスターとアーチェの乱入で、その場はすっかりいつもの雰囲気になってしまった。
その後、彼等は朝食までの空き時間に、今朝の夢の話をしたりしていた。どうやら、四人とも同じ夢を見ていたようである。
「それにしても、不思議な事ってあるもんだな。…全員がまったく同じ夢を見る……それも、クラースさんの出てくる夢」
「しかも、それは確かに現実に会った事なんだろ?……どういう事なんだろう?」
クレスとチェスターは、とにかく悩んだ。
「……多分、クラースさんとミラルドさんが、私達に見せてくれたのですよ。……きっと、そうですよ」
「まぁ、ちょっと信じられないけど……そう考えた方が、つじつまあうもんね」
「そうだね。……きっと、僕たちに見せたかったんだろうね」
先ほどまでの悩みも、ミントのその一言ですぐに解決してしまった。
そして、その話が一段落ついた所で彼等は朝食を食べに行った。
その日、クレス達はまたクラースとミラルドの墓参りに行った。この町に来てから見させてもらった、夢のお礼を言うのと、ミゲールの町に戻る前の挨拶を兼ねて。
そして、彼等はユークリッドを後にした。かつて、共に戦った仲間の思い出とともに。
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