−それぞれの幸せ−
4


太陽が赤く染まり、もうそろそろ日没を迎えようとしている頃。彼等はユークリッドへの道中にある、山道を歩いていた。村を出たのが、大体日が少し西側に傾いた頃なので少しペースが遅いと言ったところだろう。この分だと、ユークリッドに辿り着くのは真夜中になるであろう。
「ところでクレス。ユークリッドに行くのは、本当に久しぶりだよな」
「確かにね。色々と忙しかったから、ずっと行ってなかったしね」
「色々な……ハハハ」
「みんなでどこかに行くのも、久しぶりだよ。本当に」
山道を歩きながら交わされる会話。どことなく楽しく、そして悲しそうな雰囲気を醸し出していた。

彼等が戦いを終えて、元の時代に戻ってきてから。彼等の関係は大きく変わってしまった。
冒険中もっともいがみ合い、犬猿の仲でもあったチェスターとアーチェが結ばれ、そして子供も出来た。
冒険中常に隠し続けていた想いを打ち明け、やっと結ばれたクレスとミント。今ミントの中には、新しい命が宿っている。
チェスターとアーチェは、夫婦になっても色々と喧嘩をしたりして、昔とそう変わらない所もあったが、クレスとミントは、恋人同士になったその時から随分と以前との関係が変わってしまった。
まず、喧嘩をするようになった。お互いにはっきりとものを言う様になった。時に、ミントがクレスをぶつ事だってあった。……そして、お互いに本心を言い合える様になった。チェスター達程ではないにしろ喧嘩をするようになった二人は、以前にも増していきいきとしていた。そして、お互いの仲も以前より深まった事は、言うまでもない。
クレスとチェスターは親友同士である事には変わりないが、その付き合い方も以前とは違っていた。二人は、共にミゲールの町を作った者として責任ある立場になったため、以前の様に自由気侭に日々を過ごせる事はなくなっていた。だから、精霊の森へ狩りに出掛ける機会もへったし。常日頃から町人達に頼られたりするため、毎日がそれなりに忙しかった。しかし、それでも二人の間柄は変わらなかった。
戦いが終わり、平和を手に入れてからの数年間。彼等は、本当に変わった。

「ところでアーチェ。……その…クラースさんって、あれからどうなったんだい?」
山道を歩きながら、クレスはアーチェにすまなさそうな感じで聞く。
「……そう言えばあまり詳しくは話してなかったね、クラースの事。でも…実際あまり詳しくは知らないんだ。戦いが終わって、過去に帰った後すぐ、ちょっとした一人旅をしたんだけど、何かその最中に結婚式挙げちゃったみたいでさぁ〜。久しぶりに会いに行ったら、もう既に子供が出来ていたのよ」
「ふぅん。そうなんだ」
「おまけに、知らない間に有名人になっちゃってたし」
「そうなんですか。クラースさんの研究が、世に認められたのですね」
「それもあるけど、クラースったら料理店開いていたのよ。なんか、旅の途中で憶えた料理とか出していてさぁ〜。それが物凄く美味しくて、研究の成果ともども有名になっちゃった訳なの」
「そう言えば、クラースさん料理上手かったな。オマエと違って」
「うっさいなぁ〜。じゃあアンタは、毎日誰の作るご飯食べてんのよ?」
「すまん、アーチェ」
アーチェは、知っている範囲でクラースの事を詳しく話し、他の三人はそれぞれで相槌を打っていた。そして、結局はチェスターの余計な一言から、喧嘩腰になってしまうアーチェであった。

それからまた暫く歩いて。
「……にゅう。……お腹すいた」
チェスターの背中で、エーチェが目覚めがてらそう呟く。辺りを見回すと、もうそろそろ空が闇に包まれると言う時間であった。
「もうそろそろご飯にしましょうか」
「そうだね」
ミントの提案に、みんなが頷く。

山道の出口付近で、ちょっと遅めの晩御飯を食べながら、暫く休んでいた。ここまで来れば、ユークリッドまであと少しである。多分、エーチェがチェスターの背中で心地よい眠りに就く頃には、宿に到着できるであろう。
「えへへ〜。やっぱりミントさんの作るご飯はおいし〜ね」
「ふふ。おかわりならまだありますから、いっぱい食べてくださいね。エーチェちゃん」
「……………」
エーチェとミントのやりとりを、アーチェは何となく羨ましそうな眼差しで見つめていた。悲しい事に、アーチェは娘にここまで料理で喜ばれた事がなかったのだ。
「なあエーチェ。やっぱりママのとは違うか?」
「うんっ」
「………………」
含み笑いをしながら、チェスターは娘にそう聞く。するとエーチェは、子供ゆえの正直さで素直に頷く。
少し離れた所では、アーチェが悲しそうに地面にのの字を書いていた。
「あはははは…」
クレスは苦笑しながらその様子を見ていた。

晩御飯を食べ終えた後、一行は少し急ぎ足でユークリッドへと向かう。そして、彼が宿に辿り着いた頃にはエーチェは既に安らかな寝息を立てて眠っていた。
「それじゃあ、明日昼の少し前に行こうか」
「そうだな」
宿の中で、墓参りに行く時間を決めた後、彼等はそれぞれの部屋へと入り眠りへと就いた。

…………………


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