くすっ… くすくす…
ふふっ… あはは…

何か聞こえたような気がして、幼な子が振りかえったが何も見つからなかった。
誘しげに眉をひそめるが、すぐ考えるのを止めてしまう。
一輝はといえば、幼な子の指し示す方角にただ黙々と歩き続けていた。
いくら歩いても自分達を取り巻くこの景色はいっこうに変わる様子を見せない。
一面の枯草の原はただ目の前に開けるばかりで、最後にはもうどの位歩いたかも、そして
いったいどこを歩いているのかすら解らぬ程になってしまう。
それでも、黙って一輝は歩き続けていく。

くすっ… くすす…
うふふ… あはは…

微かに子供の笑い声のような響きが聞こえ、一輝が突然立ち止まる。
手を引いていた幼な子も立ち止まり、彼をまねるように耳をすました。
笑い声はどんどん近くなり、それはいきなり現れる。
それでも最初は黒い染みのようなもの程度にしか解らなかったが、それが何であるか判別
がつくようになるまでには、そう時間はかからなかった。

あの町この町 日が暮れる
日が暮れる
今来たこの道 かえりゃんせ
かえりゃんせ

どこか懐かしい、それでいてもの悲しい歌を歌いながら、小さな子供が二人じゃれあい歩
いてくる。
 『─────。』
ときおり何か話しかけるように小さい方の影が大きい方の影にまとわりつき、そのたび大
きい影ば立ち止まり身を屈めるが、すぐに離れてまた歩き出す。
本当に楽しそうに笑っている姿が微笑ましい。
遥か遠くにいるように思えた子達だが、こちらに近付くにつれ彼らの目鼻だちがはっきり
と見えてくる。

── 一輝の目が僅かに険を帯びる。──

黒髪の大きい子の方は一輝に、淡い緑の髪の子は彼の弟である瞬に似ているのははたして
偶然なのだろうか…。
幼な子も何か感じるのか、しきりに二人の顔を見比べるように視線を往復させる。
彼らには一輝達の姿は見えないのか、ただ楽しげな笑い声だけが響く。

くすっ… くすす…
ふふっ… あはは…

一輝の服の端に、幼な子が思わずしがみつく。
おびえているのか、かすかな震えが握り締めた手から伝わってくる。
矢心させるように、くしゃりと幼な子の髪を手ですき、ただ一輝はその光景を見つめる。
わずか数メートル先まで彼らが近付いたとたん、ふっと子供達の姿が空気に溶けた。
そう、まるで匿気楼が風に流されてしまったかのように消えたのである。
 「……!」
彼らが近付くにつれ、ますます強くぎゅっと身をすり寄せていた幼な子が、はっとした顔
で一輝を見上げる。
 「お兄ちゃん。」
小さく名を呼ぶ声も、彼の耳には届かないようだった。
どこか辛そうな表情を浮かべ、二人の子供が消えた後からまだ目を離さぬ彼に、何か言い
たげな表情を浮かべたが、結局黙って自分の足元に視線を落とす。
何か、聞いてはいけないような気がしたので。
いつかきっとこの男なら自分にも解るように教えてくれそうな、そんな確信にも似た思い
が幼な子の胸にあった。
 「行くぞ。」
いきなり声をかけられ、びっくりして再び彼の顔を見ると、微かに口許に笑みを浮かべて
こちらを見ている。
少し安心して自分も笑い返すと、そっと一輝に尋ねた。
 「…今の…なに…?」
 「幻、と言うのが一番近いか…。」
 「まぼろし?」
 「ああ。」
呟くように答える一輝に、幼な子は首をかしげた。


それから幾度となく一輝は幻を見た。
昼といわず夜といわずいきなり現れては、捕らえきれぬうちにふっと消える。
それはまるで蜃気楼のように、手を延ばせば触れられるのではないかと思うほど限り無く
現実味をおびて…。
いや、これは『現実』であったものである、といった方がより正しいのだろう。
なぜなら…これらの事は全て彼の弟の"記憶のかけらなのだから。
決して幻でもまやかしでもなく。


そう、この世界は…この世界は…。









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