ざっざっと砂をふみしめるような音と、一定のリズムで揺すられる感覚に幼な子がぼ
んやりと目を覚ました。

ざっ…ざっ…ざっ…ざっ…

無機質な音ではあったが、それでも心地良く聞こえるのはなぜであろうか。
耳を澄ませるように目を閉じると、もたれかかった大きな背中に頼をすりよせる。
 「起きたか。」
 「うん…。」
ふと空を見上げると、今までのどんよりとした白い空が嘘のようなくらいの景色が広
がっている。
真っ赤な夕陽が、二人をオレンジ色に染める。

──初めて見る空の色…。──

ほう、と感嘆の溜め息をもらすと、幼な子がそっと言う。
 「きれいだね。」
 「ああ。」
それ以上一輝は何も言わない。
幼な子もうっとりと目を閉じたまま、頼から伝わる温かさにひたる。
しぱらく互いにそうしていたろうか。
背中の幼な子がもぞもぞと動いたかと思うと、そっと一輝の肩口まで顔をよせる。
何か言いかけてはやめ、また顔をあげては何かいいたそうに口をもぐもぐと動かすの
を何度かくりかえしているのに一輝は気付いていたが、何も聞かず、幼な子が言い出
すまでただ黙々と歩き続ける。
 「…あのね…。」
 「ん?」
 「あのね。…ありがと。」
ようやく決心したのか小さな声で幼な子が礼を言う。
返事の代わりに、一輝が幼な子の頭をなでる。
先程さんざん意地を張っていたのがわだかまっていたらしいが、その行為でそれも溶
けてしまう。
 「怖かったか?」
 「うん。」
言葉短かに答えるが、相当のショックを受けたのであろう。
少し疲れた声であった。
 「でもへいきだよ。」
 「そうか。」
また沈黙が訪れる。
会話、と言うにはあまりにも短い言葉の遣り取りではあったが、それでもその場を包
む空気はとても暖かかった。
 「あの…んと、あいつらはどうなったの?」
先程の獣たちをどう表現していいのか解らないのか、もどかしそうに幼な子が聞く。
 「もう出てくることはないだろう。」
 「ぜーんぶやっつけちゃったんだ。すごいや。」
さらりと一輝が言うと、幼な子が目を丸くして聞く。
一輝は黙ったままであったが、幼な子は微かに彼が笑ったような気がして、なんだか
嬉しくなった。
それ以上話すことがなくなつてしまい、一輝の肩に頼を押し付けるようにしていると
とろとろと柔らかい眠気がが自分を包み込んでいく。
 「ぼく、重い?」
 「いや。」
 「ぼく歩けるよ。」
気遣うように言う幼な子が、一輝の笑みを誘う。
自分は自分なりに一人前のつもりなのだろうか。
 「背中が寒くなる。」
 「えっ?なあに?」
思いもかけぬ言葉に幼な子が間き返す。
 「背中が寒くなるからそこにいろ。」
きょとんと幼な子が首をかしげるが、意味を理解するとくすりと笑って、その背中に
自分の体をぴたりと押し付けると悪戯っぽく聞く。
 「あったかい?」
 「ああ。」
 「ぼくもあったかいよ。」
しゃべっていないと、どうしてこんなに眠くなっちゃうのかなぁ…。
ふっとそんな疑問がわくが、それすらも考えるのが困難なくらい眠たくなる。
でも眠ってしまう前に、どうしても言っておきたいこと…
いや言っておかなければならない事があった。
 「お兄ちゃん。」
 「ん?」
 「あのね…。」
必死に睡魔と戦いながら言葉を続けようとすが、もう目をあけるのもつらい。
 「あのね、ぼく…。」
一生懸命言葉をつなぐ幼な子を助けるように、一輝が軽く揺すってやると、こじ開け
るようにして瞼をあげる。
 「あのね…ぼく…お兄ちゃんのことダイスキだよ。」
 「───。」
一輝が何か言ったような気がしたが、とうとう睡魔に負けてしまった幼子にはもう聞
こえなかった。









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