〜悟浄の逆襲〜


とある朝、できあがったばかりの熱々のお粥をそっと器によそった八戒は、
ふと側の椅子の背に止まっているジープに視線を向ける。
 「ジープ?」
訝しげな声で名を呼ぶと、うなだれていた長くて華奢な首を持ち上げ主人である
八戒の顔を見る。
その紅い木の実のような瞳をうるうるとうるませ、何か言いたげにピイと小さく
鳴き声を上げる。
 「…どうしました?」
優しい声で促すように問われ、ジープは先ほど巻いてもらったばかりのマフラー
にちらりと視線を向ける。
 「ああ、それが気に入らないんですか。」
少しがっかりしたような主人の台詞に、ジープの両目には今にも溢れんばかりに
涙がたまっていく。
赤と黒の微妙なグラデーションで出来たマフラーは、八戒の手製だ。
最愛のご主人様である彼がわざわざ自分のために作ってくれたものだ。
普通なら感激して大喜びしているところなのだが、いかんせんその材料が…。
 「まあ、確かにあんまりかもしれないですね。」
そう、そのマフラーの材料は、先日同居人から無理やり奪ったものだ。
いや正確に言うと、廃品利用といったところなのだが。
 「ほら、泣かないで。すぐに外してあげますから。」
八戒の言葉に、ジープはそっと首を傾げその顔を見つめる。
怒ってない?と聞きたそうな視線に、八戒はくすりと笑ってマフラーを首から
外してやりながら言う。
 「やっぱりいくらなんでも、ヤローの体毛ではね。」
そう、マフラーの材料は悟浄の体毛、さらに詳しく言えばスネ毛だった。
暑い日が続いたせいか、短パンで家の中をうろつく悟浄の足のモジャモジャに
苛ついた八戒が強制的に刈り取ったのだ。
それもわざわざ羊の毛を刈るための特製バリカンを借りてきての。
外してもらって余程嬉しかったのか、ジープはしきりに八戒の手にすりすりと
頬擦りをして甘える。
もとはといえば、そんなスネ毛製のマフラーを巻かれた事自体、イジメとも虐待
とも言えなくはないのだが、当人であるジープも八戒も幸運な事に、そんな些細
な事には気づいてはいないようだ。
 「さて、お粥が冷めないうちに運ばないと。」
優しくそのたてがみを撫でてから、ジープをソファの上に下ろすと、八戒は
お粥を盛った碗をお盆へ乗せた。
      
      
 「悟浄、起きてますか?」
コンコンと軽くノックして部屋の主にそう呼びかければ、返事ともうめきとも
とれる声が入れと言う。
ベッドの上には、悟浄が力なく横たわっていた。
持ってきたお盆を近くのサイドボードに置くと、八戒は悟浄が銜えたままひょこ
ひょこと動かしている体温計を取り上げ、表示を見る。
 「う〜ん、少し熱が出てきたみたいですね。風邪かな?」
 「だりい…う〜っ。」
悟浄は枕に顔を埋めると、痛む頭をごしごしとこすり付ける。
そんな悟浄の姿を見ながら、ぽつりと八戒は呟く。
 「髪を切ると風邪を引くっていう人がいるのは聞いた事がありますけど…。」
まるで他人事のような八戒ののほほんとした台詞に、ぴたりと悟浄は動くのを
やめると、横目でジロリと睨む。
 「…誰のせいだと思ってるんだあ?」
 「えっ?その言い方だと、まるで僕のせいみたいじゃないですか。」
無責任にもあっけなくそう切り返されて、悟浄は再び枕と親交を深めてしまう。
さすがに八戒も、そうは言っても悪いと思っているのか、労るようにそっとその
後頭部の髪を撫でる。
 「…なあ、看病してくんないの?」
 「いいですよ。してほしい事があったら言って下さいね。」
自分の髪を絡めながら滑っていく指の心地良さにひたりながら、悟浄がそう問い
掛けると、八戒が優しい笑みを浮かべながら答える。
 「じゃあさ。」
そう言いながら悟浄が自分の手を握った瞬間、えっ?っと思う間もなく八戒は
ベッドの上に押し倒されていた。
 「ご、悟浄?」
見上げれば、にやりと笑いながら自分を見下ろす悟浄の姿があった。
その笑みの示す内容を瞬時に察し、八戒の血の気が引く。
 「俺、早くよくなりたいから手伝ってくれよな。」
 「あの、まさかとは…おも…。」
八戒の台詞を途中で唇ごと封じて、悟浄はゆっくりとその口腔内を堪能する。
いきなりの行為に、半ば意識が持っていかれた八戒の唇を名残惜しそうに
一度解放すると、悟浄はにっこりと笑う。
 「そのま・さ・か。」
 「ごっ…。」
 「ほら、汗かくと治りが早いってゆ〜だろ?」
そんな事言ったって、悟浄あなたが汗をかくまでこんな事につきあったら、
間違いなく僕が壊れるじゃないですか!
八戒の心の叫びも、すっかりヤル気に満ちた悟浄には届かなかった。
       
       
翌日、妙にすっきりとした顔で全快した悟浄とは逆に、八戒はベッドの住人
となってしまった。
       


第2話は結花でした。
LUNAさんの小説にもろに触発されて、わずか数時間で書き上げたもの。
いやぁ、早かった。いっつもこうならいいのに。(笑)
       
さすがに八戒大好きなジープも、悟浄のスネ毛製のマフラーはイヤ
だろうと思うんですが。ただこれが八戒のなら…げほごほ…。
       
しかし、なんてありがちな展開でございましょう。
そしてLUNAさんのオイシイ話が次に控えております。にやり。
ここでちょっとご注意を。
次に進むルートは一応二通り用意してあります。
「悟浄・治療中」はしっかりそ〜いう話なので「イヤ!不潔よぉ!」
という人と、精神年齢の低い方は飛ばしていってね。
   
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