Scene 2. Wordly(冗舌な、言葉の多い)






side : A
 ちょっと、煙草!! ああ、もう、吸い殻なんか入れないでください。それは灰皿じゃありませんよ! この素晴らしい芸術作品のどこをどう引っ繰り返したら灰皿に見えるんです? そろそろ老眼鏡がご入り用なんじゃありませんか?
 灰皿じゃなきゃ何だって、知らないんですか? これがかの有名な「蚊遣りブタ」ですよ。この焼き物のブタさんのお腹の中で緑色のぐるぐる渦巻き線香を燃やして、煙で蚊をコロリとやっつけるというお洒落な仕掛けです。今はピレスロイド系の化学成分を主とした線香が一般的ですが、僕としては地球に優しい100%除虫菊製のものをお勧めしますね。
 それにしても、どうですか、このブタさんの優美なフォルム!! 女体美を模したかのように艶めかしい曲線、惚れ惚れするじゃありませんか! 思うに、あの極東の島国の人々のセンスにはなかなかユニークなものがありますよね。たかが虫一匹を殺すのにもエレガンスとユーモアを追求するこの感性は、父権的牧畜文化に対する母権的農耕文化の挑戦状とも読み取れて・・・
 ・・・・・・貴方、聞いてませんね?
 蘊蓄はいいからマトモな灰皿はどこだ? これだから芸術に理解のない人は・・・・・・そこにあるでしょ、そこに? ・・・・・・・・・・・・・あれ?
 ・・・ああ、そっちそっち、ほら、植木鉢の陰で拳銃と一緒に書類の重石になってますよ。
 は? ひと前に軍統括本部から消えた機密書類がなぜこんなとこに埋もれてるのか、って? 知りませんよぉ、そんなこと。天界の七不思議って奴ですかねえ。
 それより、ね、いいでしょ、この銃! コルト・パイソン.357マグナム・レボルバー、6インチモデル!! 「仮面ライダー・ク●ガ」の一条クンの愛銃とおんなじですよ! うーーん、このバレルと一体化したベンチレイテッド・リブの美しくも鋭いラインvvv 磨き抜かれたロイヤルブルーフィニッシュの深い色合いvvv まさに「拳銃のロールスロイス」! やはりコルト・パイソンの最も高貴だった時代は60年代ですよね。残念ながら現在はもう昔日の面はありませんけど。ああ、この手触り、いいなあ・・・vvv
 ・・・何ですか、その刃物を持った要注意人物を見るような眼は? もちろん弾は抜いてありますよぉ。いくら僕がズボラだからって、仮にも軍人が武器を管理するのに杜撰な真似をするはずないじゃないですか。
 ほーら、この通り、弾倉は空・・・

 ・・・・・・えーと・・・・・・すこぉ〜〜し部屋の風通しがよくなっちゃいましたね
 いいですよね、天界に大雨や大が降るわけでもなし、天井に穴ぐらい開いたってねえ。
 どしたんです、死体みたいに青い顔して? マグナム弾の2・3発おでこをかすった程度のことで、天下の暴れん坊将軍がみっともない。
 うわっ!! そんなどーでもいいことよりっっ! 僕の大事なアーティスティック・コレクションがぼこりで真っ白じゃないですか! さっさと掃除して下さい!! 俺のせいじゃないぃ? じゃあ、一体誰のせいだって言うんで・・・・・・あっ!!
 どこにやったのかと思ってたら、こんなとこに隠れてたんだ〜〜〜♪
 ほら、ほら、見て下さい、腕時計型の日時計ですよ! 珍しいでしょ? このあいだ、マチュピチュ遺跡の土産物屋で買っちゃいました♪
 マヤ文明には太陽崇拝の信仰があって、天体観測の技術は現代の目から見ても驚くべき水準に達していたんですが、これは、インカ帝国第9代皇帝パチャクティが愛用していたという曰く付きの品なんです!!
 ピカ●ューの文字盤が可愛いでしょう?vvv この尻尾のところがノーモン(日影棒)になってるんです それにしても、15世紀にはもうポケ●ンって海を渡っていたんですねえ。これぞ東洋の神秘ですねえvvv
 あれ? 何、ため息ついてるんですか?
 は? ええ、もちろん、我らが天界には太陽は存在しないですから、これも残念ながら時計としては使えませんけれど。それじゃ何のために買ったのかって? ・・・貴方、「芸術における無用の用」という真理をご存じないんですか?
 そもそも時間を視覚化しようとする試みは、神の摂理を理解しようとする人類の歴史的悲願の一端であって、永遠を細分化することにより有限の一瞬に還元せしめんとした古代人の(ロマン)に思いを馳せれば・・・
 ・・・って、ちょっと、話はまだ途中・・・・・・何です、この手は? いいから、もう黙れ!? 失敬な! いいですか、そーやってソシュール言うところのパロールを・・・軽視する風潮が・・・ランガージュの総体的低下を招き・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・

side : B
 おや、こんな時間からどちらにお出掛けです? トイレ? だったら、少し我慢して下さいね。
 話があるんです。そこにお座りなさい。違います。椅子にじゃありません。そう、そこ、床の上。
 漏れちゃうって? 僕はちっとも構いませんよ?
 ねえ、僕、何度も何度も何度も、口が酸っぱくなるほど繰り返して言いましたよね? 煙草の後始末はきちんとして下さいって? あなた、僕の言うことなんて右から左に聞き流してるんでしょう?
 何です、この枕元のビールの空き缶の山は!? 飲むなって言ってるんじゃありませんよ。オマケ付きの駄菓子じゃあるまいし、たった半日でどれもこれも漏れなく吸い殻が入っているってのは、どーゆーことだって聞いてるんです。分別して洗って捨てるのは、この僕なんですよ?
 ほら、お尻をもぞもぞさせない! まともに正座もできないんですか、あなたは!?
 別に禁煙しろとは言いません。あなたにそんなこと望むのは、スッポンにおさまになれとか、河童に逆立ちしろとか、坊主に涙で鼠の絵を描けとか、お猿にシェークスピアを暗唱しろとか、そーゆー無駄で無為な要求をするようなもんだってことは、よーく承知してます。あなたの肺がタドンのよーに真っ黒黒すけになって、胸部レントゲンにロールシャッハテストみたいなが出よーが、僕の知ったこっちゃありません。でもね、自分が出したゴミぐらい自分で責任もってきちんと片付けたらどうなんですか?
 どうしたんです? さっきからソワソワと、随分時計が気になるご様子ですね? ひょっとして、どなたかとお待ち合わせでも?
 たとえば、夕飯の時、隣のテーブルに座ってたグラマラスなブルネット美女とか? ・・・おや、図星ですか。
 そりゃ、分かりますよ。伊達に3年、寝床の中までご一緒に過ごしたわけじゃありません。あなたのお眼鏡に適うタイプは大抵見当がつきます。あのあと、宿の外で仲良く内緒話なぞなさってたみたいですし、何か今夜の楽しいお約束でもなさいましたか?
 色が白くて豊満で、まるで三段重ねのだるまのように素敵な方でしたものねえ。あんな女性と一緒のベッドで眠ったら、冬山で遭難してうっかり棺桶に片足突っ込んじゃった時みたいに、さぞかし素晴らしい天国のが見られるでしょうねえええ。
 いやですね、僕は別に怒ってるわけじゃないんですよ。大体、怒る理由なんかないじゃないですか。恋人気取りで僕以外の人間を見ちゃ嫌!だなんて泣いて足に縋るような、僕たちの関係ってそんな甘ったるいもんじゃないでしょ?
 せっかく糖を吐くようなクサい台詞を山ほど囁いてクドいたんですものね、その努力を無駄にさせたら勿体ないと思ってますよ。ええ、ほんとに。僕との時は面倒な手順は省くせに、女性相手にはマメなんですから。
 だから、僕は何も了見の狭いヤキモチで小言を言ってるんじゃないんですよ?
 でもね、あなた、この間の町で見え見えの美人局に引っ掛かって、有り金全部巻き上げられたうえコンクリ付きで川に沈められかけたの、もう忘れたんですか? その前は何でしたっけ? 憂い顔の未亡人に言い寄られて舞い上がってみたら、これが飛んでもない性悪女で、危うく情夫殺しの片棒担がせられるところだったんでしたよね?
 あなたの女好きはDNAレベルでの不治の病ですから、今更どうこう言うつもりはありませんよ。ヤキモチだとかそーゆーんじゃなくて、僕の言いたいのは、旅の同行者にまで迷惑を及ぼすなってことです。
 性懲りもなくナンパに励んでるところを見つかったら、今度こそ、あなた、有難い最高僧様の拳銃の餌食ですよ? 蜂の巣河童ですよ? 体中穴だらけで、お風呂に入ったらスポンジみたいにが滲みちゃいますよ? これが本当の水も滴るイイ男なんてサムいこと言ってる頃には、めでたくあの世行きのエスカレーターの上なんですからね?
 ええ、僕はヤキモチなんて焼いてません。
 ただ、そういうわけだから、今夜は部屋で大人しくしてたらどうかと、あなたのためを思って忠告してるんです! お相手の女性には申し訳ないですけれど。・・・・・・ちょうど天気も悪いですし、わざわざ濡れに出掛けることはないでしょう?
 ああ、やっぱり気付いてなかったんですね? 雨が降りそうなんですよ。別にどーでもいいことですけど。
 まだ、立ってもいいなんて言ってませんよ。あなた、最近、僕の言うことなんて、まともに聞いてくれないんだからっっ・・・!!
 ・・・なんです、この手は? ・・・ちょっ!! ・・・・・・そんなんで、僕が・・・ごまかされるとでもっ・・・・・・。・・・・・・そーゆー顔すれば、僕がほだされると思って・・・・・・だから、あなたはズルいって・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・
















『口付けは最も雄弁な沈黙』
















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《言の葉あそび》